冷え症の診かたと方剤の選び方

冷え症の診かたと方剤の選び方 冷え症は西洋医学にはない概念ですが、漢方では立派な疾患として考えられています。
 街を歩いていると、英語教室から講師らしき白人の方が、冬だというのに半袖で出てくるのを見かけることがあります。そうした姿を見ると、西洋医学に冷え症が存在しないのも無理はないと、妙に納得させられます。
 冷え症には、
(1)手足など末梢が冷えるタイプ(年齢に関係なく女性に多い)、
(2)胃腸の働きの低下を伴い、全身が冷えるタイプ(やせ型で小食の人に多い)、
(3)末梢のうち特に下肢が冷えるタイプ(高齢者に多く、やや男性が多い)、
(4)むくみを伴って冷えるタイプ(若い女性に多く、ぽっちゃりした色白の人に多い)
などがあります。冷え症で来院される患者さんの多くはこの4タイプに分類されますので、以下にその代表的な症例を示します。いずれも検査値などの西洋医学的な所見には問題がない症例で、漢方的所見のみを示します。
【症例1 手足だけ冷える】 患者さんは28歳の女性です。○年1月、手足の冷えを主訴に来院しました。子供のころから、冬になると手にしもやけができる体質だったため、職場でも、エアコンによる冷え過ぎから身を守るため、服装やひざかけ毛布などを使っていました。
 ここ数年、冷えの自覚が徐々にひどくなり、特にこの年の冬には入浴の際、風呂場の床タイルの冷たさで足の裏が痛くなり、入浴に支障を来すようになったため、当科に来院しました。
 手足の冷え以外に、月経不順と排卵時の下腹部痛を自覚していますが、食事、便通、睡眠や、家庭・職場での人間関係には問題ありません。
 身体所見では、身長 158cm、体重 46kgの色白で中肉中背の方です。脈は弱く触れ、腹診ではお腹は軟らかい印象です(虚証)。全体的に皮膚の冷たさは感じませんでした(脾の寒証なし)が、手足を触れると氷のように冷たく感じます(寒証)。舌診では舌の辺縁に歯型(歯痕)を認めず、舌に浮腫(水毒)を認めませんでした。
 以上から、冷えのパターンとしては、四肢末端型の冷え症(寒証)と診断しました。そのため、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう:ツムラTJ-38)の適応と考え、この方剤を日量3パック(分3)で処方しました。
 この方剤は昔からしもやけの薬として使われてきたもので、特に手足の冷えの強い患者さんによく用いられます。長い名前で少し苦い方剤ですが、手足の冷えの強い患者さんに試してください。
 この患者さんの臨床経過ですが、治療開始2週間後の再診時には、なんとなく手足が暖かくなったということでしたので、さらに4週間継続しました。3回目の受診時には、お風呂場の床の冷たさが気にならなくなったと喜んでいたため、さらに6週間継続しました。
 4回目の受診時には、「今まで行くのが嫌だったスーパーの冷凍食品売り場に行ってもつらくないし、排卵時の下腹部痛もなくなりました」とのこと。思いがけない効果に患者さんと2人で喜び合いました。
 漢方をやっていてうれしく思うのは、このように患者さんが元気になって診察室を卒業していくことです。
【症例2 胃腸が弱く全身が冷える】 患者さんは56歳の女性です。全身の冷えを主訴に、○年12月に来院しました。もともと小食で冷え症もあり、無理をして体調を崩すと下痢をしやすい体質だったようです。1カ月前ころから近所付き合いのいざこざがあって、ストレスがたまるようになり、ストレス解消に甘いものを食べ過ぎて体調を崩していました。1週間前から、電気毛布を使っても寒くて眠れなくなったため、当科を受診しました。主婦で夫と二人暮らしですが、特に持病はありません。
 身体所見は身長 152cm、体重 44kgとやせ型で皮下脂肪が少ない印象です(虚証)。体温は36.2℃とやや低体温。血圧は98/74 mmHgとやや低血圧気味。舌は白い苔があり(胃腸虚弱、脾虚)、歯痕を認めました(舌の浮腫、水毒)。腹診では特に下腹部の皮膚に触れると冷たく感じ(胃腸機能低下:恐らく胃下垂があるので、胃のあたりが冷えて機能が低下している、脾虚)、軽くお腹を叩くとチャポチャポと音がする(浸水音:胃の中に水分があるため、軽く腹壁を叩くと水が跳ねる音がする。水毒)。
 以上より、胃腸機能低下による冷え症と診断し、人参湯(にんじんとう、ツムラTJ-32)日量3パック(分3)を処方しました。
 人参湯は胃腸の働きの弱い、虚弱な人に用いる方剤です。「病気の親に飲ませるため、娘を売る」という話が付いてまわるほど、古くから高価でよく効く薬として珍重されてきました。
 摂取カロリーの約7割は基礎代謝として消費されますが、その熱量のほとんどは体温維持に用いられます。エネルギー源は食物として消化管から摂取されますので、胃腸の働きが悪いと、体温を維持するためのエネルギー源を十分に摂取・吸収できません。そのため、胃腸機能が低下している人は冷え症になりやすいと考えられます。
 胃腸機能の低下によって冷え症になっている人に人参湯を処方することで胃腸の働きを高め、エネルギー源としての食物をより多く体内に取り入れることことができます。それによって、体温を上昇させることが期待できます。
 漢方の考え方では、薬の処方だけでは十分な治療をしたとはいえません。食生活を含めた生活指導(養生)が必要です。漢方では、甘いものは胃腸を冷やすことで胃腸の機能を低下させ(脾虚)、消化管の水吸収能を低下させる(水毒)と考えられています。そのため、今回の症状出現の原因となったと思われる甘いものを食べることを禁止しました。
 臨床経過です。治療開始2週間後には、食欲が元に戻りました。しかし冷えはまだあり、電気毛布をかけても寒いと感じるほどひどい状態は改善しましたが、まだ電気毛布は使っているとのこと。治療の方向性は間違ってはいませんが、何かが足りないと考え、再度入念に診察してみました。
 その結果、舌の白い苔は消失していました(脾虚改善)が、若干歯痕が残っており(水毒)、腹診でも浸水音(水毒)が残っていました。そこで、水代謝を活発にし、新陳代謝を高めて冷えを改善させる真武湯(しんぶとう、ツムラTJ-30)を追加しました。
 体に余分な水分がある(水毒)と、いくら体が熱を産生して体温を上昇させようとしても、なかなか体温が上がりません。自動車エンジンが水でエンジンの過熱を防いでいるようなものです。そのため、冷えの患者さんの場合は余分な水分を排除しなければなりません。
 また、せっかく胃腸の働きを良くしてエネルギー源が吸収されるようになっても、細胞レベルで代謝が低下していては、熱は生まれません。そこで、細胞レベルでの新陳代謝を高めるためにも真武湯の追加が必要でした。
 このように2種類のエキス剤を同時に処方する場合、生薬の重複や同一生薬の量が過剰になる恐れがあるため、1日投与量を少なくし、日量として、人参湯2パックと真武湯2パックを分2で処方します。
 2週間後、3回目の来院時には症状は良くなったようで、診察上も体の余分な水分(水毒)が改善していました。さらに4週間分を同様に処方し、その後、4回目の診察を行ったところ、調子が良いので薬を飲み忘れることがあるということでしたので、患者さんと相談の上、終診としました。
 慢性疾患の場合、治療をやめるタイミングが難しいのですが、調子が良くなると患者さんは薬を飲み忘れるようになります。漢方の場合は、症状がなければ、患者さんの判断で徐々に薬の量や服薬の間隔を延ばしてもらい、最終的に中止するようにしています。
【症例3 高齢男性の冷え】 患者さんは68歳の男性です。足の冷えを主訴に、○年2月に来院しました。特に既往歴はなく、2カ月前ころから、足が冷たくて困る、特に夜寝る時、靴下を2枚履き、さらに足元に湯たんぽを入れているが、全く足が温まらないので寝付けないと訴えています。足の冷え以外は全く問題ないとのこと。診察所見も、腹部診察で下腹部を指で押したときの抵抗感が減少している(小腹不仁)以外に特に問題ありませんでした。身長 172cm、体重 68kgと中肉中背です。
 この患者さんでは、加齢に伴う様々なホルモン作用の低下によって熱産生の低下や末梢循環不全が生じ、それによって足の冷えが生じている(腎虚)と考えました。その根拠は、男性高年齢者であることと、下腹部の筋力低下(小腹不仁)です。下腹部筋力低下は、男性ホルモンや成長ホルモンなどの低下による、骨盤周囲のインナーマッスルの筋萎縮と筋力低下が原因と考えられます。西洋医学的に考えれば、ホルモン補充療法を行うという発想になりますが、高価な上、前立腺癌リスク上昇などの心配もあります。
 そこで、このような患者さんによく処方する八味地黄丸(はちみじおうがん、ツムラTJ-7)を日量3パック(分3)で処方しました。八味地黄丸には山薬が構成生薬として入っていますが、山薬には男性ホルモン様活性のある物質が含まれていますので、漢方によるホルモン補充療法といった感じになります。
 臨床経過ですが、治療開始2週間後には、足が少し温かく感じるようになったとのこと。さらに4週間処方したところ、湯たんぽを使わなくて済むようになりました。さらに4週間処方したところ、靴下を履かなくても眠ることができ、掛け布団から足を出しても寝られるようになったとのこと。ただし、既に5月になっていたので気候の影響もあったかもしれません。その後、この患者さんは来院していませんので経過は分かりませんが、きっと元気なことでしょう。
 もしこの患者さんに足のしびれがあった場合は、八味地黄丸の類似処方である牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)を処方していたでしょう。また、むくみがあったり活気がない印象がある場合は、水代謝を改善して新陳代謝を高めるため、真武湯を追加して、八味地黄丸+真武湯または牛車腎気丸+真武湯を処方します。なお、八味地黄丸を処方していて経過中に胃腸障害が出現したときは、八味地黄丸の構成生薬である地黄の副作用と考え、方剤を変更する必要があります。
【症例4 若い女性の冷え】 患者さんは24歳女性です。肩こりと夕方の下肢のむくみを主訴に、○年1月に来院されました。そのほかに症状はありませんが、月経不順と排卵時の下腹部痛を自覚しています。食事、便通、睡眠や、家庭・職場での人間関係には問題ありません。自覚症状としての冷えは強くありませんでしたが、「冷え症ですか?」と質問したところ、「めっちゃ冷え症です」と元気に返事がありました。
 身体所見では、身長 162cm、体重 52kg。色白でぽっちゃりした印象があります。脈は弱く触れ、腹診ではお腹は軟らかい印象です(虚証)。手足は冷えがあります(寒証)。舌診では辺縁に歯型(歯痕と舌下静脈の怒張(お血)を認めました。
 体がやや浮腫状(水毒)で、軽度の末梢循環障害(お血)があり、冷えも存在するので、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん、ツムラTJ-23)を日量3パック(分3)で処方しました。肩こりは肩の筋肉の水分量が多くなること(水毒)で体温を低下させ、体温低下によって末梢循環障害が起こっていると思われます。昔から当芍美人といって、色白でぽっちゃり型の人には当帰芍薬散が効くことが多いといわれています。若い女性の冷え症には当帰芍薬散が第1選択薬です。
 臨床経過です。2週間後には何となく体が温かい感じがすると言っており、改善が認められたので、さらに4週間、継続治療しました。3回目の診察時にはむくみや肩こりもなくなり、月経痛も軽くなったと喜んでいました。現在、3カ月に1度のペースで来院しています。漢方があった方が体調が良いので手放せないようです。
 以上の4症例が典型的な冷え症患者さんのパターンで、8割程度の症例はカバーできます。
 最後に冷え症についてまとめます。
・四肢の冷えにはしもやけの薬である当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)を用いる。
・胃腸機能が低下した冷えには人参湯(にんじんとう)を用い、むくみの所見があれば真武湯(しんぶとう)を追加する。
・高齢者の足の冷えには、漢方のホルモン補充療法と呼ばれる八味地黄丸(はちみじおうがん)を用いる。
・若い女性のぽっちゃり型体系の冷え症には当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を用いる。