「きっと上手くいくに違いない」と思える感覚が、成長させる

「きっと上手くいくに違いない」と思える感覚が、ワガママちゃんを成長させる
 人格が未熟なワガママちゃんは、困難に遭遇すると自分に都合のよい言い訳をして仕事を回避したり、仕事が上手くいかないと他人のせいにして逆ギレして攻撃的になるなどの特徴があることを、これまでの連載で述べてきました。つまり彼らは、自分にとってプレッシャーになるようなストレスを、上手に処理する力が身についていないのです。
 今回は、このような「ストレス対処能力」を育てるために重要な3つのポイントをご紹介します。
強制収容所から生還した人々を研究することで生まれたSOC
 ユダヤ系アメリカ人の医療社会学者A・アントノフスキー博士によって提唱された、SOC(sence of coherence、首尾一貫感覚)と呼ばれる能力があります。博士は、ナチスのユダヤ人強制収容所から終戦とともに無事に生還した人々の追跡健康調査を行いました。この調査によれば、多くの生還者は、あまり長生きはできませんでした。
 ヒトは一般的に、極めて過酷な環境に、ある期間さらされると、心身のエネルギーが消耗してしまい、健康を保ちにくいと言われています。ところが生還者のうちのある集団だけは、心身ともに極めて良好な健康状態を保ち、天寿を全うしたそうです。博士はその集団の性格特性を精緻に分析しました。その結果、その人々に備わっていた能力・性格特性が、SOCという概念に集約されることが明らかになったのです。
 詳しい内容は、アントノフスキー博士の著書『健康の謎を解く』(山崎喜比古監訳、吉井清子監訳、有信堂高文社、2001年)や『ストレス対処能力SOC』(山崎喜比古、戸ヶ里泰典、坂野順子編、有信堂高文社、2008年)などの書籍をご覧いただければと思いますが、現代においてこの概念は、ワガママちゃんを成長させるために大いにヒントになるものだと私自身は捉えています。
ストレス対処能力がなければ激動の時代は乗り切れない
 現代は激動の時代です。ワガママちゃんのみならず、彼らを管理し成長させなければならない皆さんにも高度なストレス対処能力が必要ですね。SOCの構成要素は以下の3点です。
SOCの構成要素その1
 「有意味感」
 あまり興味のない仕事、面白みの感じられないタスクにも、「まあそのうち、なんかの役に立つかもな」「そのうち面白くなってくるかもね」と自然に考えられる特性です。ワガママちゃんには、これが決定的に欠如しています。管理職である皆さんの新人時代は、上下関係が今よりもはっきりしていました。上から言われたことは四の五の言わず、疑問も抱かず、ひたすらやるのが当たり前でしたね。仕事が終わってその完成形を目の当たりにして初めて、私たちはその仕事の意味や意義がわかりました。
 ワガママちゃんは妙に合理的で過剰に論理的ですから、「仕事の意義」がわからないと動きたくないのです。「仕事の意義」を理解させずに、それでも無理に仕事をさせると、いわゆる「やらされ仕事」になってしまい、彼らはそのストレスで直ぐにキレるか潰れます。
 ですから肝要なことは、「彼らに仕事の意味や位置づけ、展望を見せて、意義を感じさせながら仕事をさせる」という一工夫です。彼らは仕事ができないのでもなく、やる気がないのでもありません、論理的過ぎる彼らの思考過程を理解して上手く使うことです。
SOCの構成要素その2
 「全体把握感」
 仕事の展望を時系列的に把握できる感覚のことです。この感覚があれば、「今週の山を越えれば、来週以降はちょっと暇になるので、2日間の休暇がとれそうだな」と、先々を見通すことができます。「全体把握感」を持っていれば、「来月は多忙を極めそうだから早めに支援を求めて、アルバイトの増員をお願いしておこう」といった、先々を見通して早めに適切な援助を求めること(援助希求)ができるので、仕事を行き詰らせずに進めることもできるのです。
 ワガママちゃんにはこのような視点がありません。辛いとなると、このままこの辛さが一生続くと考えてしまいがちです。だから、「もうこの部署では無理だから異動させて欲しい」「この体制は労働基準法違反じゃないですか?」などと短絡的に反応し、攻撃的になっていきます。暗く先の見えないトンネルの閉塞状況では、ヒトは気力が尽きてしまいます。
 上司である皆さんは、先々の見通しを示し、遠い先でも良いですから、トンネルの出口の光を見せるように対応することが効果的です。
SOCの構成要素その3
 「経験的処理可能感」
 「過去に、これだけの仕事は成功させてきた。だから今回のミッションは荷の重いミッションだが、あの経験をもとに、プラスアルファの努力をしてみれば、なんとかいけるかもしれないな」と、自然に思える感覚です。
 プライドが高く、自己イメージが肥大化したワガママちゃんがいる一方で、実は自分に自信がないワガママちゃんも存在します。彼らは、自分が失敗して傷つくのを怖れています。ですから、過去に成功した仕事があっても、「あれは、たまたま上手くいっただけ」「今度は上手くいかないかも?」と常にネガティブに考えているのです。
 これは自己効力感(SE)という概念で、「今の自分は、ここまでの仕事ならきちんとこなせる人間だ」「こんな経験をこなしてきたのだから、ここまではできるはず」と、客観的に自分の能力やサイズを等身大に認識できる感覚です。SEが高い人は他人からの評価を求めません、いつも目線は自分の内側に向けられて、淡々と仕事をこなします。
 しかし、常に他者からの評価を求めるワガママちゃんの言動は、まさに「本当は自信のない自分を褒めてもらって、初めて安心する」、SEの低さの表れなのです。ですから、ワガママちゃんには、「前回はこれだけできたじゃないか、それは十分に立派なことだよ」、「今回はプラスアルファの努力をすればこなせるはず」と、彼らの自信のない部分を支えてあげることで、彼らは安定した気持ちで仕事ができるようになります。
悲観的なワガママちゃんをSOCによってやる気にさせる
 では、SOCを踏まえたワガママちゃんへの具体的な言葉がけを例に挙げます。以下のようなフレーズで、彼らを支援しつつ対応してください。
・「この仕事は、かなり困難な仕事だけど、成長性のある仕事だから君に期待して任せるよ」→(期待を込めて有意味感を持たせる)
・「期限までには辛いこともあるけれど、途中でちょっと楽になる時期もあるから、それまではまず頑張ってみてくれ」→(全体把握感を持たせる)
・「俺でも悩むような、かなり難しい判断を求められるので、もし苦境に立つようなら、遠慮せず、いつでも援助を求めてくれ」→(全体把握から援助希求を促す)
・「君のこれまでのキャリアを見たけれど、なかなか立派な仕事をこなしてきてるじゃないか、今回は未経験の部分についてプラスアルファの努力をすれば、この仕事、きちんと乗り切れると思うよ」→(経験的処理可能感を持たせる)
 一言で言えばSOCは、明確な根拠はないけれど、ある程度、情緒的に楽天的に、「きっと上手くいくに違いない」と思える感覚です。この感覚が、強制収容所生活のなかでも「きっと解放される日が来るに違いない」と過度に悲観的にならず、論理的に突き詰めて考えるのではなく、前回お話したように、情緒的な認知ができるかどうか、に大きく関わっているのです。
 しかし情緒性に乏しく、過度に論理的なワガママちゃんたちは、心の奥底で「きっと上手くいかないに違いない」と思っているのです。その先に「自分のプライドが傷つく」「これは自分のせいではない、会社が悪い、クライアントが悪い」と妄想的な思考が展開して、職場不適応に陥るのです。
 ですから皆さんが、SOCの3つの概念を十分に把握して、ワガママちゃんのSOCを高めるように対応していけば、彼らはミッションを完遂し、その経験を蓄積させることで必ず成長します。そして、柔軟な認知と情緒性、SOCを身につけた、会社の貴重な戦力になってくれるでしょう。