心中がないと語るのだった

心中がないと語るのだった

好きになるって、どういうことですか
とやや真っ直ぐすぎる問を発するのである
(ストレートだと分かっていても打たれないストレートとはこのことだ)
好きになってはいけないと分かっているのに
損をすると分かっているのに
それでもどうしても好きでたまらない
私はただそれだけで好きなのだ

そう言って泣く
好きになってもいい人だけを好きになれるのならば
どんなに楽な世の中だろう
昔は心中があったのに今はない
昔は恋愛があったのに今はない
いま私たちが生きているのは何というものなのだろう
おじさんには恋愛なんて実態のないただの記号
おばさんに見えているのは若い体の線ばかり
私の体に飽きたのならばそう言えばいいのだ
私だってそう言われたら身を引く
どうせそのつもり
潔いつもりなのだ
私も仕事で得をしたわけだし
あんたはただで体を楽しめたわけだし
どっちも元手もかからない
どちらも損をしていない
Win-Winだとおっしゃるか
私の体も気持ちも「元手のいらないただのもの」とおっしゃるか
最初からさ、社内不倫って、そんなものでしょ
と「嵐」みたいなイントネーションでおっしゃる
バレたんだから私は辞める
あんたは飛ばされる
春3月の人事の嵐
古風な女の心にあるのは二人を燃やし尽くす炎だけ
なぜ心中がないのかと最後まで言う