クロニンジャー性格理論

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クロニンジャー理論では、自分でも無意識に周りの環境に反応してしまう特徴を「気質」、意識的に自分の行動をコントロールしようとする特徴を「性格」と呼びます。かつて、「気質」は遺伝の影響があり、「性格」には遺伝の影響が少ない、と考えられていましたが、「気質」と「性格」の両方とも遺伝子の影響があるようです。大きな違いは、「気質」は無意識による反応であるのに対して、「性格」は意識的な行動であるということと、「気質」は変わりにくいが、「性格」は変わることもあるし、成長しうる、という2点です。この「気質」と「性格」の関係は、図1に示されています。  「遺伝子と関連性がある」と1996年に発表されたのは、「新奇性探究」と呼ばれる「気質」の特徴のひとつであったのです。「気質」と「性格」を測定する「パーソナリティ質問紙 Temperament and Character Inventory(TCI)」がクロニンジャー博士によって開発されているのですが、この「新奇性探究」の測定値が、脳内の神経伝達物質である「ドーパミン」(図2)の活動に関わる遺伝子と関連があったというのです。  もともと、クロニンジャー博士は「気質」の特徴として、三つの特性を仮定していました。それは、「新奇性探究」、「損害回避」、「報酬依存」です。その後、「固執」を加え、現在では、気質は四つの特性で構成されています。このうち、「新奇性探究」には、ものすごく簡単に言ってしまえば、車のアクセルに近い特徴があります。新しいものを探して、見つけたらそれに向かって行きやすい人もいれば、逆に、自分のやり方を変えようとせず、とても保守的な人もいるでしょう。例えば、衝動買いしやすい人は、「新奇性探究」が高い、とも言えます。この「新奇性探究」は、マウスなどの研究から、脳内の神経伝達物質であるドーパミンと関連がある、とクロニンジャー博士は当初から考えていました。そして、その理論通りに、「新奇性探究」は、ドーパミンに関わる遺伝子と関連性があったと報告されたのです。
 さて、ここで、少し神経伝達物質について、説明しておきたいと思います。脳の中には、脳内特有の神経細胞が100億個以上もありますが、それらがネットワークを作り、様々な情報を処理し、われわれの行動をコントロールしています。神経細胞同士は、情報を伝えるために、互いに神経突起(軸策と樹状突起)を出し合っています(図3)。ところが、驚くことに、その神経突起でも神経細胞は物理的には繋がっていなくて、シナプス間隙と呼ばれるごくごくわずかの「すき間」があります。図4に見られるのが、シナプスの図です。そして、このすき間を前述のドーパミンなどの神経伝達物質が伝わって、情報を処理しているのです。情報を伝える側の神経細胞から神経伝達物質が放出され、情報を受け取る側の神経細胞にある受容体(あるいはレセプター)に神経伝達物質がくっつくと、何らかの情報が伝達される、という仕組みになっているようです。  神経伝達物質にはとても多くの物質があるのですが、ドーパミンはおそらく最も有名なアドレナリンの前駆物質(ドーパミンが酵素の働きで、ノルアドレナリンになり、ノルアドレナリンがさらに、アドレナリンになる)でもあります。ドーパミンは、快感、やる気、痛み、驚きなどの情報伝達に関わっているようですが、ドーパミン・レセプターには現在5種類あることが分かっており、おそらくは、その5つのレセプターには別々の機能があるようです。ドーパミン・レセプター1(DRD1)とドーパミン・レセプター2(DRD2)は、統合失調症との関連性もあるのではないかと考えられていますが、気質と関連があると考えられたのはドーパミン・レセプター4(DRD4)で、このレセプターは注意欠陥多動性障碍(ADHD)との関連性が研究されています。このDRD4の働きに関与する遺伝子自体も複数あるのですが、その中で、variable number of tandem repeats (VNTR:繰り返し塩基配列の繰り返しの数)が「新奇性探究」と関連があるとの研究が初めに報告されたのです。  「新奇性探究」は、前述の通り、車のアクセルに近い特徴があり、ADHDも同様に、すぐに行動を起こしてしまいやすい傾向があります。DRD4との関連性の研究に関しては、「新奇性探究」との研究の方が先に行われたのですが、後に、ADHDとの関連性も研究されたのは、とても自然なことと言えます。  さて、当初は、VNTRという繰り返し配列の数が、人によって2回から7回あり、繰り返しの数が少ない方が、「新奇性探究」が低く、繰り返しの数が多い方が「新奇性探究」が高い、というような結果が報告されていたのですが、その後の研究によって、単に繰り返しの数の多い・少ないと「新奇性探究」には関連性がないことが分かってきました。ところが、実は、DRD4は、VNTR だけではなく、①DRD4 1217G Ins/Del、②DRD4 809G/A、③DRD4 616C/G、④DRD4 603T Ins/Del、⑤DRD4 602(G)8-9、⑥DRD4 521C/Tなどの遺伝子と関係しており、これらのうち、⑥DRD4 521C/Tの遺伝子多型と新奇性探究には有意な相関があると結論付けられています。世界で最初に、こうしたDRD4関連遺伝子の多くを調べ、DRD4 521C/Tが、「新奇性探究」と関連性があると発表したのは、実は日本人の筑波大学の研究者グループで、同じ日本人として何だか嬉しくなります。その他の気質と神経伝達物質 クロニンジャー理論の気質には、他にも「損害回避」、「報酬依存」、「固執」があり、「損害回避」は神経伝達物質のセロトニンと、「報酬依存」は、同じく神経伝達物質のノルアドレナリンと関連性があると当初から考えられています。「固執」に関しては、後から付け加えられた特性なので、クロニンジャー理論では、特定の神経伝達物質との関連性は想定されていません。 

クロニンジャー理論の気質 さて、クロニンジャーのパーソナリティ理論には、「新奇性探究」、「損害回避」、「報酬依存」、「固執」の四つの気質が想定されています。「新奇性探究」は、車にたとえると、アクセルに近い働きがあります。おそらくは、生物が進化の過程で、「動く」ことができるようになるために最初に獲得した性質なのではないかと考えられます。そして、次に獲得した性質が、「損害回避」ではないかと考えられます。つまり、「動く」ことができるようになった生物が、次には「止まる」ことができるようにならなければならなかったのではないかと考えられるからです。従って、「損害回避」とは、車にたとえれば、ブレーキの働きに似ていると言えます。もっとも、実際には、目の前にある危ない(かもしれない)ものを避けるためには止まったり、避けて別方向に動いたりもします。  さて、冒頭に挙げた人たちは、こうしたブレーキの働きが悪いか、あるいは無い人、つまり「損害回避」が低い人たちと言えるでしょう。クロニンジャー博士は、この「損害回避」が神経伝達物質のセロトニンと関係があると想定していました。そして、「新奇性探究」とドーパミン・レセプターに関連性の研究の後、すぐに、「損害回避」とセロトニン関連遺伝子との研究が始まりました。神経伝達物質と気質の関係性については、後で説明します。  「報酬依存」は、実は、「社会性」と近い意味合いがあります。実際には、一人でいるのが好きな人と、友達と一緒にいるのが好きな人がいますが、友達と一緒にいる方を好む人は「報酬依存」が高い、と言えます。この「報酬依存」は、神経伝達物質のノルアドレナリン(あるいはノルエピネフリン)と関連性があると当初から想定されており、まだあまり多くはありませんが、徐々にこの関係性の研究も始まっています。  「固執」とは、ひとつのことをずっと続けられるかどうか、に関わる性質です。この性質は、当初のクロニンジャー理論の中では、「報酬依存」に含まれると考えられていたのですが、後の研究の結果から、付け加えられました。「固執」の特徴が強すぎる人は、「完璧主義」になってしまいやすく、逆に弱すぎる人は、なんでもいい加減になってしまいやすいと言えます。
 さて、クロニンジャー理論に出てくる名称は、「固執」以外は、何だか、まどろっこしい、分かりにくい名前になっていますが、これはなぜでしょうか? 実は、クロニンジャー博士は、それぞれの気質の特性と神経伝達物質との関連性を考えていただけではなく、心理学では極めて重要な「学習心理学」の考え方を取り入れていたからです。 ここで、ごくごく簡単に、学習心理学の説明をしたいと思います。 ネズミの行動を例にとって説明してみます。ネズミは、毎日、その体のサイズには似合わないほどの大量のエサを必要とし、そのエサを得るために、非常に多くのエネルギーと時間を費やします。しかし、効率的に行動することによって、エネルギーと時間をセーブすることができます。そのためには、自らの行動の経験から、どのような行動をとれば、エサを得やすいのか、を学習しているのです。従って、環境に適応するためには、学習能力がなければならないとも言えます。
図1.ネズミと学習(▲クリックで拡大) 図1のように極めて単純化したモデルを考えると、例えば、先の見えない迷路の先で、右に曲がればチーズがあるという状況を経験したとします。ここで、右に曲がればチーズというエサが得られることを学習したなら、次回以降は、左ではなく、右に曲がりやすくなるでしょう。このとき、学習心理学では、このチーズのようなエサのことを「報酬」と呼んでいます。報酬が得られた行動を行いやすくなること、つまり特定の行動と報酬が結びつくことが、ひとつの学習の基本的パターンです。そして、この「報酬」によってすぐに学習が成立しやすいネズミとそうでないネズミがいることを、クロニンジャー博士は想定しました。そこで、報酬に依存しやすいネズミとそうではないネズミがいることをヒトにあてはめて、「報酬依存」という名称で呼んでいるのです。当初、ヒトにとっての「報酬」として、大きく分けると2種類のものが想定されていました。それは、「物質」と「自分以外の人」です。「物質」というとピンとこないかもしれないのですが、ヒトにとって「報酬」となりうる「物質」は、食べ物、飲み物、あるいは薬物などが挙げられます。そして、「自分以外の人」とは、自分にプラスとなる影響を与えうる、知人、家族、友人ということになります。クロニンジャー博士は精神科医でもあり、アルコール依存症の研究もされていたので、特に、アルコール依存とこの「報酬依存」との関連性に興味をもたれていたようです。そして、最初の想定では、「報酬依存が高い人」、つまり、「人が好きな人」は「お酒やタバコが好き」、「食べることが好き」という関係があると考えていたのです。 しかし、実際には、アルコール依存するにしても、アルコール分解酵素の遺伝子多型が関わっており、いわゆる、「お酒に強い人」と「お酒に弱い人」がいます。また、ニコチンにしても、「ニコチンに依存しやすい人」、「ニコチンに依存しにくい人」がいます。このようなこともあり、「人が好きな人」が「食べるのが好きな人」という単純な関係性がみられなかったことから、当初からの理論を変え、「報酬依存」としては、「自分以外の人」への依存性の高さと低さのみを考えるようになったのです。現在では、「報酬依存」とはいえ、ほぼ人間関係のみを扱っているので、むしろ「社会性」あるいは「対人志向性」とした方が望ましいのかもしれません。しかし、既に、われわれの業界では、「報酬依存」という名称が定着しているので、ちょっと複雑な名称ですが、これをそのまま使いたいと思います。また、「新奇性探究」がアクセルで、「損害回避」がブレーキにあたるとすれば、「報酬依存」は、無理やりたとえるとクラッチにあたると言えます。実際の車では、アクセルとのみと関わっているクラッチですが、動物の場合は、「新奇性探究」と「損害回避」の両方に関わってきます。つまり、自分以外の他人の行動をみることで、自分の行動をコントロールし、過剰な「新奇性探究」や「損害回避」が働かないようにすると考えられます。例えば、ブレーキのかかりにくい人は、ついつい危ない行動をとりやすいですが、周りの人の行動に、ある程度依存できていれば、他の人が誰も行かないときには自分も行かない、という形でアクセルの働きを弱めて、結果的にブレーキのような働きをすることがあります。このように、「報酬依存」という特徴は、周りの人の行動に影響を受けて、より環境に適応しやすくなる特徴とも言えるでしょう。 そして、「報酬依存」について、興味深いデータもあります。まず、性差があって、女性の方が「報酬依存」が高いです。そして、「報酬依存」が高いと、学習能力が高いことを伺わせるような研究もあります。アメリカの大学の医学部の学生で、「報酬依存」の高い学生の方が、学業成績が高い、という結果が得られています。女性の方が、人と一緒にいるのが好き、というのは分かりやすいですし、基本的に体力を必要としないペーパー・テストでは、女性の方が好成績を修めやすいことは知られています。これらは、「報酬依存」という観点からみると理解しやすいかもしれません。 では、何故、「新奇性探究」という名称になったのかも簡単に説明しておきます。話をネズミに戻しますが、ネズミは毎日自分のエサを探さなければなりません。そのためには、あるかもしれない、けど、ないかもしれない、そんなエサをも探していかなければなりません。そのためには、リスクを犯してでも、経験したことがない新しいところにも行かなければなりません。そして、新しい経験を徐々に積んでいって、より環境に適応しやすくなるわけです。これは、ネズミに限ったことではなく、我々人間にも当てはまることです。新しい経験をして、新しいことを学習することによって、人は初めて成長できると言えます。特に、幼少期ほど、この特徴は必要なことで、例えば、子猫や子犬は、ちょっとした刺激があるとすぐにそれに注意を向けて、その刺激の方へ向って走ったり、噛んだり、舐めたりして遊びます。そして、「学習」するのです。ところが、歳をとった猫などは、子猫のときに遊んだねこじゃらしでは、徐々に遊ばなくなり、まるで「それのことはもう知っているよ」というような態度になります。人間でも、子どものときには、いろいろな新しいことを知りたくて試したくて、じっとしていることすらできないのに、いろいろと学習した後では、だんだんと飽きてしまったり、徐々に保守的になってきたりします。「新奇性探究」は、実は年齢差があって、この特徴は徐々に弱まっていきます。歳をとると積極的に新しいものを追い求めるよりも、今までに経験して安全と分かっている物事の中で生活する方が楽なのでしょう。従って、歳をとったら保守的になる、もっと言えば、頑固になるのは自然なことと言えます。 次に、「損害回避」ですが、図1の下にあるように、先が見えない迷路で左に曲ると自分にとって天敵であるネコに出会ってしまうかもしれません。このネズミにとってのネコのような存在を学習心理学では、「罰」あるいは「損害」と呼ぶことがあります。こうした潜在的な損害を回避しようという傾向があるネズミもいれば、そうでないネズミもいます。ヒトでも同様に、積極的に「損害」を「回避」しようとする人もいれば、そうでない人もいます。本章の最初の例の人のように、「危ないのに止まれない」人は、この「損害回避」の傾向が少ない、と言えるでしょう。そして、クロニンジャー理論では、この「損害回避」がセロトニンと関連していると想定されていますが、実際、セロトニンは、うつ病や不安とも関連が深いのです。最近のうつ病の治療では、このセロトニンを活性化する薬が副作用も少なく、効果が高いとしてよく用いられるようになっており、その代表として、Selective Serotonin Re-uptake Inhibitor(SSRI; 選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という薬が挙げられます。古くからうつ病の研究で、うつ状態のときにはセロトニンが減っていることが明らかになっていましたので、昔の医師達はセロトニンそのものを服用してもらってうつ病を治そうとしたのですが、これは有効ではありませんでした。さまざまな試行錯誤の結果、図2にある神経伝達物質を回収するトランスポーターの回収口を塞ぐ物質を開発したところ、シナプス間に十分なセロトニンが確保でき、うつ状態が改善されるということがわかったのです。このように、「損害回避」は、セロトニンとも関係が深く、うつ病や不安とも関連性がある特徴なのです。「損害回避」が低いと、危ないことを平気でやってしまって、それはそれで危ないのですが、「損害回避」が高すぎると、うつや不安を抱えやすくなるとも言えるのです。
 ここで、「損害回避」と「報酬依存」について、それぞれ関連性が想定されている神経伝達物質の遺伝子多型の研究について、ごく簡単に紹介しておきたいと思います。1996年に「新奇性探究」とDRD4との関連性が、ある意味「発見」された後、セロトニン・レセプターやセロトニン・トランスポーターと「損害回避」の関係について、非常に多くの研究がなされるようになりました。ですが、その結果は、現在のところ、まだ明確に判断できる程には、はっきりとは分かっていないというのが現状です。現在、セロトニン・レセプターとセロトニン・トランスポーターと関係する遺伝子多型との研究がなされていますが、まだ明確な結論が出せる段階には至っていません。しかし、「損害回避」とうつ病の関係性は高く、うつ病の治療にセロトニンを活性化する薬を用いていることを考えても、「損害回避」とセロトニンには何らかの関連性があると考えるのは自然なことです。 また、「報酬依存」とノルアドレナリンの遺伝子多型の研究ですが、まだ、ノルアドレナリンの遺伝子多型自体の研究があまり進展していないこともあって、研究自体が少ないのが現状です。最近、日本の研究者が、「報酬依存」とノルアドレナリン・レセプターの遺伝子多型に関連性があることを報告していますが、否定するデータもあるので、まだまだ今後の研究が待たれるところです。
 そして、もう一つ、遺伝子研究について触れておかなければならないのは、多くの心理学的特定は、モノ・ジーン仮説ではなく、ポリ・ジーン仮説である、ということです。「モノ」とはこの場合、「ひとつの」という意味で、モノ・ジーン仮説と言うのは、単一の遺伝子が特定の特徴を決定するという考え方です。実際、ヒトでは、これが当てはまる例はそんなに多くは発見されていません。例外的に、モノ・ジーン、つまり単一の遺伝子で決定されるのが、「耳あか」です。これは、ひとつの遺伝子のみで、ヒトの耳あかの特徴を決定します。従って、文化人類学などで、重要な指標のひとつとして用いられることがあります。これに対して、ポリ・ジーン仮説は、複数の遺伝子が関わる、という考え方です。(「ポリ」というのは、「沢山の」という意味で、ポリ・エステルというのは、エステルが沢山ある、ということからきている言葉です)。例えば、頭のよさ、とか、パーソナリティなどの心理学的特性は、ほぼ全て複数の遺伝子が関わっていると考えられ、ひとつの遺伝子による決定力は、以前にも説明したように、せいぜい2~5%程度に過ぎません。従って、たったひとつの遺伝子が頭の良さを決定するのではなく、複数の遺伝子が少しずつ関与しているのだと考えられるのです。
 さて、ここまで、「新奇性探究」、「損害回避」、「報酬依存」という主要な気質についての説明をしてきましたが、クロニンジャー理論では、さらに、「新奇性探究」、「損害回避」、「報酬依存」という三つの特性の組み合わせで、とても興味深いいろいろなタイプの人たちの説明ができることになります。ひとつだけ例を考えると、「新奇性探究」が高く、「損害回避」が低く、「報酬依存」も低い、と言う人は、かなり特徴的な人になります。言い換えると、アクセルがかかり、ブレーキがかからず、他人に無関心、という人になります。 次回は、こういった気質の組み合わせで、いろいろなタイプの人が説明できるということを説明していきたいと思います。 
アクセルがかかり、ブレーキがかからず、他人に無関心な人 アクセルがかかり、ブレーキがかからず、他人に無関心な人、つまり、「新奇性探究」が高く、「損害回避」が低く、「報酬依存」も低い人、とはどういう人でしょうか? アクセルがかかりやすいので、ちょっとした刺激があると、そっちに向かって走っていくかもしれません。しかも、ブレーキがかからないので、行ったら行きっぱなしになるかもしれません。その上、「そっちに言ったら危ないよ」と周りの人が言ってくれても、人に無関心だと、その助言を聞く耳も持たず、それこそ、危ないところへ行ってしまうかもしれません。「あーあ、行っちゃった」というような感じで、実際に危ない状態に巻き込まれるようなことになるかもしれませんが、「え、信じられない。それで、成功しちゃったの」ということになる可能性もあります。クロニンジャー理論では、この、「新奇性探究」が高く、「損害回避」が低く、「報酬依存」も低い人のことを「冒険家」と呼んでいます。普通の人ならやらないようなことをやって、実際に危ない目に遭ったり、犯罪に手を染めたりするかもしれませんが、逆に、大成功を収めることもあり得ます。このように、気質の特徴は、ひとつひとつの気質を考えるだけではなく、それが組み合わされたときに、どのような特徴が現われてくるのかが、非常に興味深いと言えます。クロニンジャー理論と気質の組み合わせによるパーソナリティのタイプ

 クロニンジャー理論の気質の組み合わせによるパーソナリティのタイプは、図1で簡単に表すことができます。この図の見方ですが、垂直方向をみて、上にある四つが「新奇性探究」が高いタイプです。逆に、下の四つが「新奇性探究」の低いタイプです。水平方向をみて、左にある四つのタイプは「報酬依存」が高く、逆に、右にある四つは「報酬依存」が低いタイプです。そして、奥にある四つは「損害回避」が低いタイプで、手前にある四つが「損害回避」の高いタイプです。

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「新奇性探究」が高い四つのタイプ
 では、ここから、「新奇性探究」が高い四つのタイプを紹介していきましょう。四つのタイプとは、①情熱家タイプ(演技性)、②冒険家タイプ(反社会性)、③神経質タイプ(自己愛性)、④激情家タイプ(境界性)です。かっこの中に入っている名称はパーソナリティ障碍の名称です。クロニンジャー理論では、「性格」が十分に発達していなくて未熟だったり、強いストレスがかかったりしたときに、それぞれのタイプの人が、かっこの中にあるパーソナリティ障碍になりやすいと考えているのです。そして、実際に、実証している研究も報告されています。
 パーソナリティ障碍とは、アメリカ精神医学会のDiagnostic Statistical Manual for Mental Disorders (DSM)で説明されている精神疾患の一種で、パーソナリティの偏りが顕著で、そのせいで生活する上での困難があることを言います。パーソナリティ障碍に当てはまるかどうかの基準は、簡単に言うと以下の三つになります。①その文化で期待されている行動パターンから逸脱していること(変わっている、ということ)、②その行動パターンは、広く社会生活で一貫していること(家でも変だし、会社でも変だし、どこに行っても変だ、ということ。会社の中でだけ変だ、というのなら、それはその人のパーソナリティのせいではなくて、会社が変なのでしょう)、③その行動パターンのせいで、周りの人が困っているか、自分が困っていること(自分が困っていなくても、周りの人が困っている場合もあります)。実際には、表1にあるように、より詳細に規定されています。DSMでは、全部で10種類のパターンを想定していますが、クロニンジャーの気質の組み合わせで、この10のうち7つを説明できると考えています。

表1.DSM-Ⅳによるパーソナリティ障碍の基準A. 内的体験および文化の期待するところから著しく逸脱した行動の持続的パターン。  このパターンは以下のうち二つ以上の領域で認められる。  (1)認知(自己、他者、出来事を知覚、解釈する仕方)  (2)感情(情緒的な反応の広がり、強度、不安定さ、適切さ)  (3)対人機能  (4)衝動コントロールB. 持続的パターンは柔軟性がなく、広範な個人的社会的領域に浸透している。C. 持続的パターンは社会的、職業上の、他の重要な領域の機能における臨床的に優位な苦痛または障害にいたる。D. 持続的パターンは安定しており、長期にわたり、その起始は少なくとも青年期または早期成人期にさかのぼることが出来る。E. 持続的パターンは他の精神症状の帰結としてはうまく説明できない。F. 持続的パターンは物質(例:濫用薬物、投薬)や一般身体状態(例:頭部の外傷)の直接的な生理的効果によるものではない。
①情熱家タイプ(演技性) 図1の左上奥にあるタイプです。左にあるので「報酬依存」が高く、奥にあるので「損害回避」が低いタイプです。「新奇性探究」が高いので、アクセルがかかりやすいわけですが、ブレーキがかかりにくいので、どんどん積極的に行動を起こすことができるタイプです。そして、「報酬依存」が高いので、人といることが好きで、みんなと一緒になって、どんどんと活発に行動を起こすタイプです。 少年マンガに出てくる主人公は、このタイプの人が圧倒的に多くなります。アクセルが高いということは同時に、怒りっぽかったり、攻撃的になりやすかったりもするのですが、基本的に人と一緒にいることが好きなので、孤独にはなりにくく、いつも周りには自然と人が集まりやすくなるでしょう。集団の中では、このタイプの人が、何か新しいことを始めて、それに周りの人がついていったり、あるいは口論したり、喧嘩したりして、この人が始めたことを止めたり、など、まさしく少年マンガには絶対に必要なキャラクターと言えるでしょう。 さて、このタイプの人の性格が未熟だったり、ストレスが強くかかったりした場合、「演技性パーソナリティ障碍」と呼ばれる状態になることがあります。「演技性」という言葉にあるように、自分の方へ周りの興味をひくために、過度に情緒的になって、場合によっては、泣いたり、わめいたりしてまで、自分が注目されるように仕向けます。こうなってしまうと、この人はいいかもしれませんが、周りにいる人間にとっては、いい迷惑、ということになってしまいます。このタイプの人は、ストレスがかかったときなどに、「周りの人を巻き込んで迷惑をかけていないか」と、自分で注意するとよいかもしれません。
②冒険家タイプ(反社会性) 図1の右上奥にあるタイプです。右にあるので「報酬依存」が低く、奥にあるので「損害回避」も低いタイプです。「新奇性探究」が高いので、アクセルがかかりやすいわけですが、ブレーキがかかりにくいので、どんどん積極的に行動を起こすことができるという点では、情熱家タイプと同じです。しかし、「報酬依存」が低いので、人と一緒にいるよりも、一人でいることを好むタイプです。 以前、「報酬依存」が車で言うとクラッチの働きをすると説明しましたが、クラッチと同様に、「報酬依存」が「新奇性探究」や「損害回避」の働きをある程度カバーする、またコントロールする働きがあります。たとえば、ブレーキがかかりにくい特徴があると、何か危ないことを始めてしまうかもしれません。でも、人といることが好きな情熱家タイプの人たちは、自分が危ないことを始めたとしても、周りに人の行動を見て、「こんなことをしているのは自分だけだ」と気付いて、自分でブレーキをかけたり、「そんなこと、やめなよ」と言われたら、「そうか」と思って思いとどまることができたりします。しかし、この冒険家タイプの人は、基本的にあまり人に関心がないので、自分だけがやっていたとしても気にならないし、人に止められても、あまり気にしないのです。この冒険家タイプの人は、まさしく名前の通り、冒険をするような人生を送る方もいらっしゃいますが、場合によっては、危険な人になることもあります。いろいろなことの歯車の噛み合わせが悪くなると、犯罪に手を染めてしまうかもしれません。でも、逆に、誰もやろうとさえ思わなかったようなことで、大成功を収めることもあります。また、我々研究者の中にも、このタイプの人は存在します。危ない方向に向かうわけではないのですが、自分が思うことにただひたすら邁進して、他の人では発見できなかったような大発見をする方もいらっしゃいます。 さて、この冒険家タイプの人の性格が未熟だったりして、パーソナリティ障碍になると、「反社会性パーソナリティ障碍」と呼ばれる行動パターンをとることがあります。名前からして、危険な匂いがしますが、まさしく犯罪者になりやすい人たちと言えるでしょう。特徴的なのは、「自分のものは自分のもの、人のものも自分のもの」という感じで、他人の都合を考えず、他人の権利を踏みにじったりします。また、アクセルがかかりやすい人の特徴でもあるのですが、時には攻撃的になったり、衝動的に人を傷つけたり、ということも起こりえます。アメリカでは、刑務所にいる人の70パーセントが、この「反社会性パーソナリティ障碍」だというデータもあります。 他のタイプでもそうですが、この冒険家タイプの人たちにとっては特に、自分にとっての目標を明確に、しっかり持つことが極めて重要になります。時には、孤独を強いられても、このタイプの人たちは、孤独には強いタイプなので、明確な目標があれば、それに向かって素晴らしい人生を送ることも可能になると考えられます。
③神経質タイプ(自己愛性) 図1の左手前にあるタイプです。左にあるので「報酬依存」が高く、手前にあるので「損害回避」も高いタイプです。「新奇性探究」も高いので、アクセルがかかりやすいわけですが、ブレーキもかかりやすいのです。車であれば、アクセルも強く、ブレーキも強いスポーツカーのようで望ましいことなのですが、人間にとっては、ちょっとやっかいなことになります。アクセルが強いので、行きたい、けど、ブレーキも強いので、行きたくない、この二つの相反する特徴がせめぎ合って、常に積極的に行動できるということではなく、実は、とてもストレスがかかりやすいタイプなのです。また、「報酬依存」が高いので、人といることが好きで、自分の好きな人たちと一緒にいるときにはいいのですが、ストレスがかかりやすいため、人といることがストレスになることもあります。また、アクセルがかかりやすいのでは、時には攻撃的になることもありえます。しかし、同時にブレーキもかかりやすいので、その攻撃的な気持ちを内に留めることもあります。その結果として、また、ストレスを溜めやすいということにもなってしまいます。このタイプの人たちは、こうした特徴を持つことから、次第に神経質な行動パターンを取りやすくなってしまうとクロニンジャー博士は考えています。なぜなら、前もってストレスがかかりやすい状況を予測して、それを避けるようにすれば、自分にも自分の好きな人たちにもストレスをかけることが少なくて済むことを学習していくからです。これを周りの人から見れば、「神経質」だとか、「そんなに気を使わなくてもいいのに」ということにもなりうるわけです。 さて、このタイプの人の性格が未熟だった場合、「自己愛性パーソナリティ障碍」ということになりやすいのです。この自己愛性というのはナルシストのことですが、ストレスがかかりやすい気質パターンであり、人のことも根本的には好きで関心があるので、「私にはいいところがたくさんある」、だから、「誰かに自分をほめてもらいたい」という考え方を持ちやすくなるようです。性格が成熟している人との大きな違いは、相手に対する共感があるかないかです。人の気持ちに共感できるようになれば、自己愛ばかりを過度に強調することはなくなり、パーソナリティ障碍ということにはならないでしょう。しかし、やっかいなのは、客観的に見て「優れている」人は、逆にこの「自己愛性パーソナリティ障碍」から抜け出すのは難しいかもしれません。たとえば、客観的に見て容姿が人より優れている場合だけでなく、本人の勘違いで、自分が他の人より、綺麗だとか、可愛いとか、かっこいいと思っている場合でも、「だから、私は賞賛されて当然」と思ってしまいやすくなります。このように外見的な魅力が高いと思っている、「自己愛性パーソナリティ障碍」の方々は、中年期になって自分の魅力が落ちていく時に、傷つきやすくなると言われています。また、頭がいいとか、特別な才能が本当にある場合で、歳をとってもその能力が落ちないのであれば、ずっと「自己愛性パーソナリティ障碍」であり続けるかもしれません。この場合、本人はよくても、おそらくは周りの人に迷惑がられることでしょう。でも、それが自分にも返ってきて、結局は自分にとっても良くないことになると思われます。 さて、「自己愛性パーソナリティ障碍」の治療は、実はちょっと残酷かもしれません。要するに、「あなたは、あなたが思っている程大した人ではありませんよ」と認めさせることになるからです。
④激情家タイプ(境界性) 図1の右手前にあるタイプです。右にあるので「報酬依存」が低く、手前にあるので「損害回避」が高いタイプです。「新奇性探究」が高いので、アクセルがかかりやすいわけですが、ブレーキもかかりやすいので、神経質タイプと同様にストレスがかかりやすいタイプです。さらに、アクセルとブレーキの調整役でもある「報酬依存」が低いので、周りにいる人のお陰で、自分のストレスをある程度、緩和するということも難しいのです。従って、気質のパターンでは、このタイプの方々が、最もストレスを感じやすいと言えます。 アクセルもかかりブレーキもかかるので、行動がスムーズに行かないこともあり得ます。たとえば、行きたいけど行けない、という状態でブレーキのたががはずれたように、衝動的に何かをしてしまう、ということもこのタイプの人には時々みられます。まさしく名前通り激情家で、瞬間的に怒り出したりすることもあり得ます。また、アクセルがかかりやすいということは、攻撃性が高いことでもあるので、ちょっとしたことで喧嘩になりやすいとも言えますが、同時にブレーキもかかりやすいので、ちょっとしたことで落ち込んでしまうということもあり得ます。従って、いろいろな気質パターンの中で、このタイプの方々が一番、不安定になりやすいと言えます。人間関係も不安定になりやすく、基本的には沢山の人と一緒にいることがそれ程楽しくはない人たちなので、ごく少数の人たちとつきあったり、あるいはたった一人の人と深く仲良くなったりした場合には、とっても仲の良い時と喧嘩ばかりしている時との両方を経験しやすいようです。 このタイプの人たちの性格が未熟だと、「境界性パーソナリティ障碍」ということになりやすいです。「境界」あるいは「ボーダーライン」という名称は、古い考え方に基づくものなので、筆者は名称変更をしてほしいと考えているのですが、実は、この「境界性パーソナリティ障碍」は、パーソナリティ障碍の中では間違いなく、最も研究されているもので、専門家の間でも非常に関心が高いものです。パーソナリティ障碍の中で、このタイプの人数が一番多いというわけではないのですが(一番多いのは、「統合失調質パーソナリティ障碍」です。次回説明します)、とにかく、行動がすさまじいので目立ちますし、時には自殺企図や自傷行為、あるいは他人に対して危害を加えることもあるので、専門家としても放っておけないわけです。なぜ「境界性」という名称かというと、昔は「心の病」を大きく、「精神病」、「神経症」の二つに大別して考えていましたが、そのどちらとも言えない特徴を持っているために、「ボーダーライン」と呼ばれたからです。かつて、日本では「境界例」と呼ばれていて、今でも、「境界性パーソナリティ障碍」と「境界例」という名称は両方とも使われています。 さて、どのようなところが特徴的かというと、衝動性のコントロールができないことが特徴で、さらに、自分が素晴らしいと思ったり、逆に自分なんていない方がいいと思ったりなど、自己像も不安定、対人関係も不安定です。衝動的に、自分を傷つけたり、他人を傷つけたりすることもあります。また、ときには、「見捨てられるかもしれない」と思って、普通では考えられないような、いわゆるクレージーなことまですることさえあります。 具体的には、「危険な情事」というアメリカ映画に出てくる女性は、「境界性パーソナリティ障碍」の特徴をいくつか見せてくれます。この映画では、一度限りの情事と思っていた男性に対して、「運命の出会い」と信じた女性が、それはそれは恐ろしい行動をとる様子が描かれています。たとえば、男性の車に硫酸をかけたり、男性の娘のペットのウサギを鍋で煮たり・・・などなどして、最後には、殺し合いにまで発展してしまいます。この映画は、不倫をさせないために、全米中の多くの奥様方がご主人を連れて映画館に行ったこともあり大ヒットしましたが、この映画を観て、「映画ならではの誇張だろう」と思われるかもしれません。ですが、現実にはもっとすごいことをする人も中にはいらっしゃいます。 「危険な情事」の映画のように男女関係が絡むと、ストーカーになってしまう人もいます。ストーカーになりやすいパーソナリティ障碍には、この「境界性パーソナリティ障碍」と「依存性パーソナリティ障碍」が挙げられますが、「境界性パーソナリティ障碍」は、行動が激しいので、最悪、映画と同様、殺人にまで発展しうる恐ろしいストーカーになり得るのです。 

 さてさて、たった四つのタイプの説明でここまで来てしまいましたが、次回は「新奇性探究」が低い四つのタイプ、⑤生真面目タイプ、⑥独立タイプ(統合失調質)、⑦慎重タイプ(回避性)、⑥論理的タイプ(強迫性)の説明をしていきたいと思います。今回とはちょうど逆で、とっても大人しいタイプの方々です。
⑤生真面目タイプ 図1の左下奥にあるタイプです。左にあるので「報酬依存」が高く、奥にあるので「損害回避」が低いタイプです。「新奇性探究」が低いので、アクセルがかかりにくいわけですが、「損害回避」も低いので、ブレーキもかかりにくいということになります。アクセルもブレーキもかかりにくいので、車にしたら、スピードは出ないが、ブレーキがかからないので危ないということになりますが、これが人間の場合だと、ストレスがかかりにくい、のんびりした安定した行動を取りやすい人になりやすいのです。また、人のことも好きなので、ストレスなく人とつきあうこともでき、自分から積極的に何かをすることはあまりないのですが、周りからは信頼されやすい人になりやすいです。また、自分の中にストレスをため込むこともしにくく、従順にもなりやすいので、社会のルールをきちんと守り、とても真面目に生活しやすいタイプです。  このようなタイプの人がそれでもストレスを感じてしまうことは、もちろん、ありえます。しかしながら、攻撃的にも、うつ的にもなりにくく、仮に、性格が未熟であっても他人に迷惑をかけることがあまり考えられないタイプです。そのため、パーソナリティ障碍にはなりにくいタイプで、気質による八つのタイプ分けのうち、唯一、タイプ名の横にかっこでパーソナリティ障碍の名前がないタイプなのです。ストレスを感じにくく、他人からは信頼されやすく、安定した生活を送りやすい反面、人によっては、あまりにまじめ過ぎて「面白くない」と言われてしまうこともあるかもしれません。
⑥独立タイプ(統合失調質) 図1の右下奥にあるタイプです。右にあるので「報酬依存」が低く、奥にあるので「損害回避」が低いタイプです。「新奇性探究」が低いので、アクセルがかかりにくいわけですが、「損害回避」も低いので、ブレーキもかかりにくいということになります。従って、生真面目タイプと同様にストレスがかかりにくいタイプになります。ただ、「報酬依存」が低いので、基本的に沢山の人といるよりも、少数の人といるか、あるいはひとりでいるのが好きなタイプです。何事も、マイペースでたんたんとこなしていけるタイプですが、とにかく、目立たない方々です。最初に例を挙げた、クラスの中で思い出そうとしても、なかなか思い出せないタイプの人です。  このタイプの人の性格が未熟である場合に、必要な場面でも他者と関わろうとせずに、社会的な生活を送らないことがあります。こうなると、他人に迷惑をかけることはあまりなくても、自分自身が十分満足できる生活を送れないこともありうるわけです。このように、自分のパーソナリティのせいで、自分自身が困ってしまうような行動特徴を、「統合失調質パーソナリティ障碍」と呼びますが、このタイプの人は、その特徴を持つようになりやすいようです。「統合失調質パーソナリティ障碍」は、「統合失調症」という精神症状に似通っているので、こう呼ばれるようになりました。「統合失調症」には大きく分けると、陽性症状と陰性症状の二つの症状群があります。陽性症状とは、幻覚や妄想のような、異常で過剰な行動を伴う症状のことで、陰性症状とは、無感情、無思考のような、異常で過小な行動を伴う症状のことです。そして、統合失調症ではないけれど、同様の行動パターンをとるパーソナリティ障碍のうち、陽性症状に類似している方を「統合失調型パーソナリティ障碍」、陰性症状に類似している方を「統合失調質パーソナリティ障碍」と呼ぶのです。  この「統合失調質パーソナリティ障碍」は、社会から隔離した生活をとることが特徴で、家族と一緒にいることさえ好まなかったりするなど、なるべくひとりでいようとし、人からほめられたり、逆に非難されたりしても、あまり気にしないタイプです。驚くことに、この「統合失調質パーソナリティ障碍」の基準に当てはまる方が、7%以上もいらっしゃるというアメリカのデータもあり、実は、目立たないだけで、かなり多くの人がいらっしゃることになります。
⑦慎重タイプ(回避性) 図1の左下手前にあるタイプです。左にあるので「報酬依存」が高く、手前にあるので「損害回避」が高いタイプです。「新奇性探究」が低いので、アクセルがかかりにくく、ブレーキがかかりやすいタイプなので、積極的ではなく、何事もとても消極的になりやすいところが特徴です。まさしく、石橋をたたいてから渡るような慎重な行動をとるタイプです。ブレーキがかかりやすいため、不安を感じやすく、同時に、人のことが好きなので、人からの評価に敏感になりやすい場合があります。  このタイプの人で性格が未熟な場合、「回避性パーソナリティ障碍」になりやすいと考えられています。このパーソナリティ障碍の特徴は、他者から評価される状況を極力回避することが特徴で、そのせいで、自分自身が困った状況に陥ってしまうこともありえます。一般的に就職して、会社のような組織に属すると、何らかの形で評価されることは避けられないのですが、このパーソナリティ障碍の方々は、他者からの評価を避けるために、就職することすら避けてしまう方々もいらっしゃいます。生活のために就職した方がいいと頭では分かっていても、それができない場合は、結局、本人が苦しむことになります。しかし、このタイプの方々でも、守られていて、毎日やることが決まっていて、評価されることがないと、とても落ち着く場合があるようです。例えば、このタイプの方々は、専業主婦には向いているようです。相手の配偶者に守られて、毎日必要なことだけを行い、決して評価されないのであれば、落ち着けるようです。実際、専業主婦が認められている文化では、「回避性パーソナリティ障碍」の人は少なく、専業主婦が認められず全ての人が働くことが普通である文化では多い、という傾向がみられます。このように、同じ行動パターンを持っていても、適応しやすい文化と適応しにくい文化というのはあるようです。もっとも、毎日同じことしかできずに、どんなに頑張っても正当に評価されないという、ある意味特殊な職業である専業主婦は、配偶者次第であり、リスクも高いので、必ずしも楽な職業とも思えません。どのような職でも向いている、向いていないということがあるということでしょう。
⑧論理的タイプ(強迫性) 図1の右下手前にあるタイプです。右にあるので「報酬依存」が低く、手前にあるので「損害回避」が高いタイプです。「新奇性探究」が低いので、アクセルがかかりにくいのですが、ブレーキはかかりやすいので、慎重タイプと同様に、とても消極的になりやすいタイプです。ただし、慎重タイプと違って「報酬依存」が低く、ブレーキのかかりやすさからくる不安やうつを感じやすいところを調整するのが難しいので、自分なりの決まりをつくり、それに従って行動するようになりやすいと考えられます。そして、自分でつくった決まりに従って行動した結果、それを徐々に効果的に整えたり、場合によっては、複雑な取り決めまで作り上げたりすることさえあるようです。とても論理的に自分の行動をコントロールして、それによって不安を感じることを低減しようとするようです。逆に、自分がつくった決まり通りに行動できないと、不安と強いストレスを感じやすいようです。  このタイプの人の性格が未熟だと、「強迫性パーソナリティ障碍」ということになりやすいのです。このパーソナリティ障碍のある方々の特徴は、自分の決めた決まりに縛られてしまって、それがあるせいで、うまく行動ができなくなってしまうことです。例えば、毎日、英単語を100個覚えるという決まりがあったとすると、風邪をひいて熱がでたときでも、その決まりを守るために無理をして勉強をして、風邪が治るのが遅くなり苦しむ時間が長くなってしまうということがありえます。でも、あくまでも本人にとっては、体が苦しくても精神的には落ち着くようです。さて、このようなタイプの人は、場合によっては完璧主義であったりもし、周りからはとても信頼されることになります。そのため、仕事で大成功して、大企業の社長にまで出世する方もいらっしゃいます。実は、この「強迫性パーソナリティ障碍」の方が、どのくらい大勢いらっしゃるのかは、把握することがとても難しく、明確には分かっていません。パーソナリティ障碍の定義の一つに、自分あるいは周りの人が困っているという定義がありますが、「強迫性パーソナリティ障碍」の場合、人に迷惑をかけることは少なく、おそらくは、本人だけが苦しんでいるという状況になりやすいのです。そして、社会的にも成功している場合もあるので、本人は苦しんで困っているけれど、出世しているし、周りからも信頼されている、とみられることも多いのです。そして実際この方々は、大事な仕事を頼まれることも多く、これをこなしている限りでは、周りから信頼されて、さらに出世するということもありえますが、自分の限界を超えてしまった場合に、うつ状態になってしまうことがあるのです。全ての八つのタイプのうち、もっともうつ病になりやすいタイプで、昔から、真面目な人がうつになりやすいと言われていますが、まさに、そういう人たちなのです。従って、このタイプの人たちは、時には気を抜いたり、リラックスしたりする習慣を大事にした方がいいと言えるのです。
気質のパターンとパーソナリティ障碍 ここまで、気質のパターンによる八つのタイプと七つのパーソナリティ障碍について説明してきましたが、パーソナリティ障碍に関しては、自分自身や自分の周りの人を安易に「診断」して、「私は、あるいは、あの人は××パーソナリティ障碍だ」と思うことは、どうかご遠慮ください。パーソナリティ障碍の診断はとても難しく、本当の専門家でなければ正確な「診断」はできないと思います。実際、精神科医であっても、うつ状態にある患者がパーソナリティ障碍であると誤診してしまうことさえあります。何らかの治療やケアを専門家として考えるときに、パーソナリティ障碍の診断や理論はとても有効で重要ですが、一般の方々が安易に、パーソナリティ障碍と診断してしまうことは、むしろ危険なことが多いのです。  ただし、自分の気質パターンを自分で認識し、自分が未熟であったり、ストレスが過度にあったりする場合に、どんな行動パターンをとってしまいやすくなるのかを理解することは、よりよく生きていくために役に立つと思われます。
気質のパターンと性格 クロニンジャーのパーソナリティ理論には、前に説明したように、「性格」という考え方があります。そして、「性格」が成熟すれば、パーソナリティ障碍にはなりにくくなるのです。「性格」については、また別の機会に説明させて頂きますが、ここで一つだけ重要な考え方を紹介しておきます。「性格」が成熟していくためには、自分の気質パターンを自分で知ることから始まる、ということです。簡単に言えば、自分がどんな人間で、どんな特徴がある人間なのかを自覚することが、「性格」を成長させていくために必要なのです。  ただし、前回と今回で紹介した八つのパターンは、かなり極端な例であって、全ての人をたった八つのパターンに分類してしまうことは無理です。アクセルがとてもかかる、あるいは殆どかからないという人たちは、むしろ少数派で、アクセルがかかるとも言えないし、かからないとも言えない中間くらいの人が最も多いのです。ですから、あくまでも、自分がどのパターンに近いのか、という観点で参考にしていただけると幸いです。