小児のサイコーシス

Q1:小児のサイコーシスには、どのようなものがあるのでしょうか? 
小児のサイコーシスの代表的なものとしては、統合失調症があげられます。また、青年期の双極性障害では、幻覚や妄想などの症状を伴うことも多く、一種のサイコーシスと考えることができると思います。さらに、従来診断ですが、思春期の女子に周期性精神病という月経周期に同期して認められる非定型的な精神病状態がみられることがありますが、これもサイコーシスの一つといえます。
現在は発達障害に分類される自閉症ですが、かつて自閉症はサイコーシスの代表である統合失調症の最早期発症型であるか否かという問題が中心となって研究が展開してきたという経緯があります。自閉症も小児のサイコーシスに分類されていた時期がある、というわけです。

Q2:小児の統合失調症と自閉症の歴史について教えていただけますか? 
ドイツの精神医学者であるクレペリンやスイスの精神医学者であるブロイラーが統合失調症の概念を提唱し始めたわけですが、その頃からすでに、統合失調症はどこまで若年にさかのぼれるのかといった点についても研究されていたようです。つまり、歴史的には、20世紀初頭から小児の統合失調症という病態に関して、さまざまな研究が行われてきたといえます。
1943年に、米国の児童精神科医であるカナーが、自閉症の症例を初めて報告しました。その報告のなかでカナーは、現在は広汎性発達障害に分類されている自閉症について、「自閉症は、児童期発症の統合失調症症状が最も早期に出現したものであると考えてもよいかもしれない」と述べています。その後、自閉症と子供の統合失調症の異同が問題となり混乱が続きました。1960年代にイギリスの児童精神科医であるラターが、自閉症の子供たちを対象として予後調査をした結果、「自閉症は、認知や言語などの発達の障害であり、統合失調症とは異なる」と主張しました。また、1970年代には、イギリスの精神科医であるコルビンが、「子供の精神病状態の発症は幼児期ともう少し後の小・中学生ぐらいの時期にみられ、二相性である」と報告しました。この頃より、2~3歳頃に発症するものは発達障害の自閉症であり、もう少し後になって発症するものは子供の統合失調症であるということが明確になってきました。さらに、1980年のDSM-III(米国精神医学会の「精神疾患の分類と診断の手引き」改訂第3版)では、統合失調症と広汎性発達障害が明確に区別されることになりました。すなわち、自閉症というのは生まれたときからの障害であり、統合失調症は生まれたときには問題がなく、ある時点から幻覚・妄想などのさまざまな精神症状が出てくる疾患であるというように、統合失調症と自閉症は明確に分けられるようになったわけです。

Q3:小児のサイコーシスは、最近、増えてきているのでしょうか? 
小児のサイコーシスが増えてきているのか、あるいは減ってきているのかを判断するのは、なかなか難しい問題です。つまり、先程述べたように、子供の統合失調症に関する概念が混乱していたことから、統一した診断基準で患者数の増減を比較することは非常に難しいといえます。
近年、児童心療科、児童精神科外来を受診する子供たちが非常に増えてきているのが実状ですが、それには、精神疾患に対する社会的偏見が減ってきたことによって受診しやすくなったことも関係しているのかもしれません。実際には、発達障害圏にある子供たち、つまり自閉症の子供たちの受診は特に増えているように感じます。一方、統合失調症の子供たちの受診が非常に増えてきているかというと、そのような印象はあまり持っていません。

Q4:小児の統合失調症の場合も、幻覚や妄想を訴えて受診するケースが多いのでしょうか? 
子供の統合失調症の場合も大人と同じ診断基準を用いて診断しますが、大人に比べると、子供は幻覚や妄想などを積極的に訴えることは少ないといわれています。子供は、精神発達途上にあるため、言語表現などが未熟ですし、大人とは感じ方も違います。また、幻覚や妄想を実際に体験していても、「周りから変だと思われるから、人には言わない」といった子供もいますし、異常な体験そのものを子供が言葉として表現しにくいなど、さまざまな問題点があります。
一方で、統合失調症ではなくても、幻覚を体験する子供は一定数存在します。例えば、実在しない「イマジナリー・コンパニオン(想像上の友達)」と一緒に遊ぶといった体験をする子供たちがいます。日頃から寂しい思いをしている子供が、マコト君という友達は実際にはいないのに、「今日、マコト君と一緒に遊んだんだよ」と真顔で親に話をすることがありますが、これは一種の正常範囲内の幻覚様体験というべきものです。また、子供は発熱、てんかん、あるいは薬の副作用による幻覚を体験することも多く、そのほかにも、一時的に不安が高まったりしたときに一過性の幻覚を体験することがあります。子供の幻覚に関して、私自身、2件の症例報告1,2)をしています。母親が拒否的であるといった親子関係のなかで、ストレスフルな出来事をきっかけに不安が一挙に高まり、幻覚が出たというケースです。これらの症例では、1~2週間で幻覚が消え、何年間かフォローしましたが、その後全く問題は起きていません。このような一過性のストレス反応性の幻覚というものが子供でみられることがあります。

Q5:幻覚や妄想を体験する子供は多いのでしょうか? 
私たちは、11~12歳の一般の小学生761人を対象として、幻覚体験を有する子供たちはどの程度いるのか、また幻覚体験がある子供たちは抑うつ・不安・解離などの症状をどの程度有しているのかについて調査を行い、2004年に論文を発表しています3)。
その結果、幻覚体験を有する子供たちは、21.3%に及ぶことがわかりました。一方、諸外国では、面接調査の結果からは約10%、アンケート調査の結果からは約30%と報告されています。私たちの研究では、1回でも幻覚体験のあった子供を「幻覚体験あり」としてカウントしていますので、若干高い率になっていますが、かなり詳しく回答を書いてもらうアンケート調査であったので、この数値はかなり妥当性の高い結果だと思われます。
この調査で「幻覚体験あり」と回答した20%の子供たち全員が病的であったかというと、実はそうではありませんでした。私たちは、この点に関して詳細に分析を行いました。統計学的な解析の結果、幻視や幻聴などの複数の幻覚体験を有する子供たち(図1)、「お前はバカだ」、「死んだほうがいい」といった自分に関係する内容の幻聴が聞こえる子供たち、幻視のなかでも、はっきりと人の顔が見えるとか何か鮮明な形が見えると回答した子供たちは、不安・解離などの得点が高く、病理性が重篤であることがわかりました。

図1.幻覚の種類と抑うつ・不安・解離との関連性(文献3より改変して引用)
[Redrawn with permission]

海外の調査結果からは、11歳の時点で何らかの幻覚を訴えた子供たちは、その15年後の26歳の時点で、25%が統合失調症圏の精神疾患に罹患し、70%が統合失調症に類似した症状を有し、90%が社会的あるいは職業上の困難を抱えているということがわかっています。このことから、11歳の時点で幻覚を訴える子供たちのうちで、先程述べたような特徴を有する病理性が特に高い子供たちは、おそらく、後々、統合失調症に発展していく可能性が高いと考えられます。したがって、そのような子供たちに対しては、注意深くフォローしていく必要があるといえます。
その後、三重大学の西田先生(現:国立精神・神経センター)は、5,000人以上の中学生に質問票調査を行い、約15%の子供たちが幻聴様体験や被害関係念虜などの精神病様症状(PLEs:psychotic-like experiences)を体験していたこと、PLEsの数と精神病理の重篤度は相関していたことを報告しています4)。イギリスでも同様の研究が行われ、9~12歳の子供たちの60%がPLEsを体験していたことが報告されています5)。すなわち、幻覚などPLEs体験のある子供ほど病理性が高いということが、近年の研究からもわかってきています。

Q6:幻覚や妄想の体験には、何か原因があるのでしょうか? 
はっきりとした原因はわかってはいませんが、統合失調症が顕在化していく過程の一時期に、幻覚や妄想が出てくる場合があると考えられています(図2)6)。統合失調症の発症過程を説明するものとして、神経発達障害仮説という考え方があります。

図2.統合失調症の展開(文献6より引用)

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[Reproduced with permission]

初期段階としては、遺伝的要因や妊娠・出産時の要因があげられます。遺伝子研究の結果から、統合失調症の発症にはさまざまな遺伝子が関係している可能性が考えられています。そこに、妊娠中に低栄養やインフルエンザ感染といった子供の脳に何らかの脆弱性を生じさせるような要因、あるいは出産時に低酸素脳症や産科合併症といった要因が加わると、統合失調症になりやすい脆弱性を持った子供が生まれます。
脳は生まれてからもどんどん発達していきますから、次の段階として、不適切な養育、例えば虐待を受けるとか、母親がうまく子供に反応しないといった環境因子が加わると、統合失調症の発症過程が脳のなかで始まり、その顕れとして、先程述べたような幻覚が一過性に出てくることもありますし、強迫症状が出ることもあります。チック、不安、ある種の攻撃性といった症状に、例えば父親が突然亡くなる、大震災に遭う、虐待を受けるといったさらなる環境因子が加わることによって、顕在発症してくるという考え方です。したがって、ある脆弱性を持った個体における統合失調症の発症過程というのは、おそらくかなり早期から少しずつ始まっており、そこにさまざまな要因が加わって、神経発達が障害され統合失調症が発症すると推測されています。
私たち児童精神科医は、子供たちを診察する段階でこのような発症過程の状態をみていることも多いわけです。強迫症状がなかなか治らない子供で、そのうちに幻覚・妄想などが出てきて、実は統合失調症の前段階であったという子供たちにも遭遇することがよくあります。

Q7:子供の統合失調症は、何歳頃に発症しますか? 
統合失調症の好発年齢は15~30歳であり、13歳より以前の児童期の発症はまれです。早期発症型というのはだいたい18歳未満の発症をいいます。12歳以下の発症の場合を最早期発症型と呼びます。統合失調症の発症年齢としては、7~9歳頃が下限ではないかといわれています。1例報告をみると、自閉症だった子供が幻覚・妄想を体験するようになった、あるいは精神遅滞だった子供が幻覚・妄想を体験するようになったといった症例が数多くみられます。私自身、十数年前に経験した症例ですが、8歳5ヵ月発症の症例について報告しています7)。この子供には自閉症などの発達障害が全くありませんでしたが、8歳5ヵ月の時点で突然、幻覚・妄想を呈しました。このように正常な子供が統合失調症の症状を発症するという、純粋な意味での統合失調症の早期発症例としては、ハートの報告(7歳)8)、ポッターの報告(9歳)9)、栗田の報告(6歳2ヵ月)10)、渡辺の報告(9歳)11)があり、概ね7~9歳です。10歳未満の発症は1例報告になるくらい、極めてまれであるということができます。さまざまな質問票に回答できるようになる年齢も9~10歳頃ですので、7~9歳というのは、ちょうど自分の内面についていろいろな報告ができるようになる最低年齢ではないかと思います。

Q8:やはり早期に発症したほうが重篤なのでしょうか? 
早期に発症したほうが一般的に重篤です。私が経験した患者さんもそうなのですが、いくつもの小児科を受診し、私のところに来たときには10歳5ヵ月で、発症から2年も経過してしまっていました。また、こちらから積極的に幻覚などの症状があるかどうかといったことを聞かないと、子供のほうからなかなか言わないこともあり、統合失調症の診断がつきにくいこともありますので、どうしても治療の開始が遅れがちになってしまいます。
また、特に早期に発症した子供では、脳の形態異常が多く認められるともいわれていることから、幼い頃に統合失調症を発症する子供は、神経発達障害の程度が強く、そのために重篤になりやすいとも考えられます。また、早期に発症すると学校で適切な教育を受ける機会が得られず、社会的機能が低下しやすいこともあると思います。そのような子供に対して、大人の統合失調症に準じた薬物療法を行っていますが、どのような薬物がどこまで効くかについては研究自体が乏しく、残念ながらまだ明確にはなっていません。

Q9:幻覚の体験のある子供に対しては、すぐに介入が必要なのでしょうか? 
幻覚の体験があるだけでは、薬物療法などの積極的な介入の必要性はないと思います。しかし、きちんとしたフォローは必要です。学校でいじめられたり、両親が不適切な養育をしているなど、学校や家庭で何らかのストレスを抱えている可能性が高い場合は、特に注意して、スクールカウンセラーや学校の担任の先生と情報を共有しながら注意深くみていくなど、心理社会的な介入は必要だと思います。
サイコーシスの子供のケアという点に関しては、大人の場合でもそうですが、多面的にアプローチしていく必要があります。特に統合失調症では、病気のために対人接触が少なくなりがちですので、子供の発達という点も考慮に入れ、なるべく対人接触の機会を逸しないように配慮します。病気によって希薄になってしまった対人接触を、例えば学校、院内学級、デイケアなどの社会資源で補い、子供の発達を補償するといったアプローチは非常に重要であると思います。
一方、サイコーシスの子供に対するスタンダードな心理教育プログラムといったものは、まだないのが現状で、私の場合は、その子供のレベルに合わせて工夫するようにしています。大人の患者における心理社会的介入の研究はありますが、海外でも、まだ子供の患者に対する心理教育プログラムについての報告はありません。この点に関しては、今後の課題だと思われます。

Q10:家族に対するケアは必要なのでしょうか? 
「High EE(Expressed Emotion)」といって、親にイライラをぶつけられたり批判的なことを言われ続けたりすることが、統合失調症の発症・進展に関連するといわれています。また、子供が重い病気になってしまうと、母親が極度の罪悪感を抱いて抑うつ的になり、なかなか子供とうまく接することができない場合もあります。したがって、そのような家族に対する心理的援助や、養育者に対する疾患教育なども子供に対するアプローチと同じぐらい重要であると思います。
自発的に病院に来る親もいる一方で、なかなか問題を認めたがらない親もいて、家族への対処は難しいところがあります。また、学校から「こういうことがあって困るので、病院に行きなさい」と言われて診察を受けに来ることも多いのですが、本人にも親にもあまり問題意識がなく、こちらが一生懸命に説明しても受け入れが難しい場合もあります。年齢にもよりますが、親を説得しようと焦るあまり、子供を同席させずに親だけと話すと子供がこちらを信用してくれなくなることもありますので、診察のときは、まずは子供を含め家族一緒に話を聞くようにしています。子供が何か話をしたそうだなと思えば、両親には適宜出ていってもらうとか、親と子供に別々の心理療法士をつけるとか、いろいろと工夫しながらケース・バイ・ケースで診察を行っています。なお、実際には子供の診察よりも家族のケアの方が難しい場合も多く、診察時間が子供よりもかかることもあります。
問題を抱えた家庭に子供を置いておくと、病状がなかなか安定しないことも結構あり、その場合は入院で治療することもあります。しかしながら、児童精神科の病棟が少なく、児童精神科医も少ないという現状もあり、そういう点では適切な入院治療はなかなか実施することが難しいともいえます。

Q11:小児の統合失調症の治療、特に薬物療法について教えていただけますか? 
子供の統合失調症の治療に関しては、その経験や研究自体が極めて乏しいのが現状です。米国児童青年精神医学会は、薬物療法と並行して心理療法、心理教育的、社会教育的支援プログラムを併用するように薦めています12)。子供の統合失調症に対する薬物療法の研究はまだあまり進んでいませんが、最近のレビューによれば、小児の統合失調症の薬物療法について、非定型抗精神病薬のなかでも、小児における有効性が確認されている薬剤とエビデンスが乏しい薬剤があることや、治療抵抗性の症例にも有効な薬剤があることが述べられています13)。しかし本邦では、いずれの非定型抗精神病薬も小児での適応は認められていません。
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