“キレず”“怒らず”で立ち向かう

人をムカつかせる「ワガママちゃん」には “キレず”“怒らず”で立ち向かう
 人格が未成熟な「ワガママちゃん」の、世間の常識では理解しがたい傍若無人な言動は、私たちをついムカつかせ、イラっとさせるものです。しかし、そこで、そのような感情をワガママちゃんにストレートに出してしまうと、彼らとの関係はとてもこじれてしまいます。私たちの気持ちに生じる怒りや憎しみなどのネガティブな感情を「陰性感情」と言いますが、それを自分自身でうまくコントロールしなくてはいけないのです。
 今回は、なぜ彼らの前でその感情を出してはいけないのか、また、自分自身に生じた陰性感情とどのように向き合っていけばいいのかについて解説していきます。
 それでは、第2回で紹介した事例の続きから始めましょう。
【事例】「うつ」による休職から民事訴訟へ
上司の不用意な言動が問題をこじらせる
 新人ワガママちゃんが担当していたクライアントが、業務が円滑に進まないので、他の人に代えてほしいと要求してきたことを受けて、本人を担当から外したところ、「私は、小売店のご機嫌をとるためにこの会社に入ったんじゃありません!相手が理不尽なことを言うから悪いんです」「そんなことを言われるとは納得できない」と泣きながら訴え、翌日から出社しなくなった。
 そのまま無断欠勤が3日間続き上司が連絡をしても携帯電話は留守番電話。上司は所属の女性社員を伴い、彼女のマンションを訪ねた。迷惑そうな顔つきで玄関先に出てきて、「毎朝、憂鬱でとても会社にいけない」「何もする気になれない、意欲が湧かない」「食欲もなくよく眠れない」と言うため、上司は「まず有給休暇をとってしっかり休みなさい」とアドバイスした。1週間の後、心療内科クリニックからの診断書が送付されてきた。
【診断名 抑うつ状態】
職場でのストレスが原因で上記の状態にある。そのため、今後約3ヵ月の治療と療養が必要と認める。
 本人からは電話で説明があった。
有給休暇中にインターネットでいろいろ検索したら自分の症状は、「うつ病」だと思ったので、近所の心療内科を受診した。先生も仕事のストレスで病気になったのだから、薬を飲んで休まなければ治らないと言う。休みの期間中は職場とコンタクトすると悪化すると言われたので、一切連絡などしてほしくない、ましてや自宅に来るなどやめてほしい。
 上司は人事部に相談したところ、「診断書が出ているのだから仕方がない。規定の病気休職の手続きを取ってください」と言われた。しかし、上司には、なんとも言い難い違和感が残った。
 彼女に比べれば他の課員は、もっともっと厳しい状況で働いている。それなのに自分の熱意に欠ける仕事ぶりが原因で担当を代えられ、それで「うつ病」になったと3ヵ月休むとは、いくら会社の制度だとは言え、簡単に納得できるものではない。他の課員に対しても示しがつかないのではないか?と感じるようになり、彼女に対する陰性感情が日に日に募ってきた。
モンスターペアレント娘とともに企業に現る
 約3ヵ月の後、本人から連絡が入り、さらに1ヵ月療養の延長が必要との診断書が出たため、診断書を持参して、父親とともに会社を訪れるという。
 診断書には、「順調に回復しているが、未だに会社での上司からのパワハラがトラウマとなっているため出社が不可能、さらに1ヵ月の療養が必要」と記載されていた。同道した父親は、「うちの娘は勤勉で本来、明るい子である」「久々に会ったところ、暗く憂鬱な表情で驚いた」「心療内科の医者が言うように、上司のパワハラは許せない」「なぜ、うちの子に嫌がらせで担当を外すなどしたのか?」と強い語気で迫った。
 人事担当者とともに約2時間、冷静に経緯を説明したが、全く納得してもらえない。ついに上司もキレてしまった。「そもそも、おたくの娘さんは大した仕事などしていない」「他の課員に比べれば半分も仕事をしていない」「こんなに皆、一生懸命仕事をしているのに、うつ病の診断書を出して3ヵ月も休むなんて、むしろこちらが迷惑だ」
 2週間後、内容証明郵便にて「職場のパワハラによって、うつ病に罹患したため、民事訴訟をおこすべく現在、弁護士と準備を進めている」旨の書類が届いた。さらに「身分は、疾病休職を継続したいので手続きは正当にして欲しい」旨も記載されていた。人事、上司ともに「普段でさえ多忙なのに、こんなことに対応する時間などない」「こっちが、うつ病になっちゃうよ」と愚痴をこぼすしかなかった。
ギャングエイジ体験の欠落が未熟な人材をつくり出す
 前回(第3回)では、ワガママちゃんを受容せよ、成長を促すべしと書きました。しかし、このような状況でも受容できるでしょうか?
 私たちの心の中には、理不尽さに対する陰性感情が溢れています。この陰性感情をむき出しにしてしまい、事例のように対応すると、「ワガママちゃん」+「モンスターペアレント」は一緒になって、攻撃性をむき出しにしてくることになります。
 未熟な人材に対して、絶対に陰性感情を表出してはいけません。その理由は、未熟な人材の形成過程にあります。ワガママちゃんができあがる過程について、牛島定信氏(東京慈恵会医科大学客員教授、三田精神療法研究所所長)は、拙著ストレスマネジメントブックの緒言にて、このように述べていらっしゃいます。
 現代は、人がおとなになるのに時間がかかる時代である。極端に言えば、企業に入ってから思春期が始まるという見方もできる。その大きな要因としては、小学校高学年くらいの、いわゆるギャングエイジと呼ばれる時期に、自分と近い世代の子供たちと群れをなして行動する中で学ぶ、通過儀礼とも言えるさまざまな体験を持ちえていないことが指摘できる。かつては、親に守られた世界を脱して子供の世界を形成し、子供同士が集まって遊ぶ中で、人とのかかわり方や集団の中で我慢をすることを体験的に学んでいた。ギャングエイジにおける集団体験は、人が社会的な技能(ソーシャルスキル)を発達させる場として機能していたのである。現在、社会からそうした土壌が失われている。また、ギャングエイジを過ぎ、高校生や大学生になっても、集団のなかで、もまれることがないまま、社会に出ていく若者も多い。
ワガママちゃんの攻撃性は無意識の「赤ちゃん返り」
 つまり、ワガママちゃんは、人にもまれた経験がなく、これまでの人生は、壁にあたると親が助け船を出してくれたのです。それでもどうしようもないとき、彼らは「退行」するのです。退行とは精神分析用語ですが、つまり「赤ちゃん返り」です。無力な赤ちゃんは、「おむつが濡れた、お腹がすいた」とき、泣きわめきます。すると親が「おむつを替える、ミルクを与える」ことをしてくれます。
 困ったときに、大泣き・大騒ぎをすればすべて問題が解決した、あの「幸福な時代」に戻りたいと、無意識の力が働いて、ワガママちゃんは「退行」してしまうのです。つまり未熟な人材の「他罰性」「他人への攻撃性」は他ならぬ「赤ちゃん返り」の「大泣き」と同一なのです。ですから、そのような状況に対して、こちらが陰性感情を出して、ワガママちゃんを非難してしまうと、本人は「さらに大騒ぎ」して、つまり彼らの退行と攻撃性が助長され、親を巻き込んで、労災訴訟・民事訴訟などの複雑な係争関係に発展することもあるのです。
 皆さんの中にわき上がる陰性感情をコントロールするためには、まず、この「退行」のメカニズムを「知識として理解して、冷静に論理的に」対応してください。
 つまり、上司である皆さんが一緒になってキレてしまうと、一般の社員以上に、かえって問題はこじれるのです。ですからワガママちゃんの行動に説教は無用、むしろ逆効果であることを認識してください。