自己愛という言葉を素朴に解釈すれば
自慰の意味に通じるだろう
他者を必要とせず完結する自己刺激の行為
その心性を保持したままで他者愛に向かうとしたら
他者とはつまり自慰の道具でしかない場合も生じるだろう
自己愛の時代といわれているのは
もっと心理的な次元のことであるが
肉体的性的次元のことでいえば自己愛の時代とは自慰の時代だということだ
映像刺激は氾濫し自己刺激の材料には不足しない
そんな環境の中で
自慰の延長でない、真の他者愛であるセックスを実現することなどできるだろうか。
二人とも自己愛で自慰の延長としてのセックスを始めるから、
まず開始についての同意がうまくできない。
片方だけが盛り上がっていることはしばしばあるもののようだ。
自慰の延長でも妊娠はするのだから特に問題はないとも言えるのだが、
それでいいとは思わない。
二人でするセックスが自慰よりもいいのだとは
どの点でそうなのか
納得できない人もいると思う。
そんなことのために裸になるなんて面倒だという人もいる。
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そんな時代にあっても
他者愛をこよなく愛し得意とする人種もいるのだが
みていると
他者愛ではなくて自己愛のかたまりであるようなケースもあり
不思議なことだと思う
非常に強いうぬぼれが異性を何かの意味で惹きつけるものなのだろう。
あるいは異性の持つ病理にぴったりとはまり込むのだろう。
思いやりを装ってはいるが
根本はオレ様である。
思いやりが上手なオレ様ということなのか。
相手に対してまめなんだけど
まめな自分が大好きというか。
つまり自己愛の放射が激しいように思える。
そのことが嫌みにならず性的魅力の一部になるところが不思議なところだと思う。