10年ぶりに糖尿病の診断基準改定へHbA1cの扱い、表記が焦点に(日経メディカル)
日本の糖尿病診断基準の改定作業が山場を迎えた。HbA1c を現行基準にどう組み込むかが議論の焦点となっている。一方、HbA1c の表記法についても、米国を中心とした国際的な表記法の併記で、国際比較ができるようにする見込みだ。
「国際専門家委員会の勧告は、あくまで任命された専門家の意見にすぎない」と話す東大の門脇孝氏。
今年7月、米国糖尿病学会(ADA)・欧州糖尿病学会(EASD)・国際糖尿病連合(IDF)の3団体から任命されたメンバーによる国際専門家委員会(International ExpertCommitte)は、A1C(米国を中心とした表記によるHbA1c 値)6.5%以上を糖尿病と診断すべきとする勧告をまとめ、Diabetes Care 誌7月号に発表した(表1)。
これまでの血糖値による診断から、原則HbA1cのみでの診断へという大胆な方向転換は、日本の専門医の間でも話題を呼んだ。東大大学院糖尿病・代謝内科教授で日本糖尿病学会理事長の門脇孝氏はこの勧告について、「あくまで任命された専門家の見解にすぎず、各学会の診断基準がそのように改定されたわけではない」と話すが、米国を中心とした国際専門家委員会の勧告が、日本の診断基準改定にどう影響を与えるかが注目される。
日本の診断基準はどうなる もっとも、日本の診断基準の見直し作業は、この勧告をきっかけにスタートしたわけではない。勧告が発表される前の今年2月に「糖尿病診断基準検討委員会」が設置され、既に議論を開始していた。同委員会委員長の清野裕氏(関西電力病院院長)は、「日本は世界に先駆けてHbA1cを診断基準に取り入れている。しかし施設間および測定法によるばらつきがあり、同値のみでの診断は難しい。国際的な動向は配慮するが、血糖値を基本とした現行の診断基準はよくできており、この骨子を変えるつもりはない」と強調する。
それでは、今回の改定でHbA1cの扱いはどうなるのか。
現行の診断基準では、(1)早朝空腹時血糖値126mg/dL以上(2)75g糖負荷試験で2時間値200mg/dL以上(3)随時血糖値200mg/dL以上─のいずれかが確認されれば「糖尿病型」と判定。別の日に行った検査で(1)~(3)のいずれかが再度確認されれば、「糖尿病」と診断する。
門脇氏は、「個人的には、現行の3つの血糖値の基準は変えず、HbA1cを加えることで、糖尿病を診断する間口を広げることができるかもしれないと考えている」と話す。現行の基準に(4)として、HbA1c が加わる可能性もあるわけだ(表2)
臨床現場への影響は 日本はこれまでも、HbA1cを治療上の血糖コントロール指標として重視するだけでなく、診断基準にも補助的に取り入れてきた。具体的には、血糖値のいずれかが糖尿病型で、同時に測定したHbA1c が6.5% 以上のときには、1 回の検査で糖尿病と診断してよいとしている(表2)。
ただし、この6.5%という値は日本独自の算出法による表記(JDS値)で、米国などが採用している国際的な表記(後述のNGSP値)だと約6.9%になる。同じサンプルを測定してもNGSP値だと約0.4%高くなる点に注意が必要だ。
仮に、国際専門家委員会の勧告(A1C6.5%以上)に合わせて、表2のように「HbA1c6.1%以上」という項目が加わるとすると、どのような影響が出るのだろうか。
朝日生命成人病研究所の大西由希子氏は、「HbA1c が“注釈”ではなく血糖値と同格の扱いになるということ。一般医がHbA1cで迷いなく糖尿病を疑えるようになるだろう」と話す。
糖尿病治療が専門の細川内科クリニック(東京都港区)院長の細川和広氏も、「空腹時ないし随時血糖値と同じレベルの信頼できる指標として、HbA1cが扱えるようになる意味は大きい。もしそうなれば、健診などで早期の糖尿病患者の拾い上げが進むのではないか」とコメントする。
今後の日本の診断基準策定のスケジュールとしては、検討委員会のたたき台を基に、11月1日の「糖尿病の診断基準とHbA1cの国際標準化に関するシンポジウム」でパブリックコメントを求めた上で、最終調整を行う見込みだ。
米国(ADA)の新しい診断基準もまだ発表されていないが、国際専門家委員会の勧告を踏まえ、A1C6.5%以上で糖尿病を診断する方向へ向かう可能性もある。一方、WHOの診断基準検討会議のメンバーの1人でもある門脇氏は、「世界的にはHbA1cを測定できない国が多いことなどから、WHOは従来の血糖値の診断基準を踏襲し、HbA1cは補助的に取り入れることになるのではないか」と予想する。
米国がHbA1c重視の理由 HbA1cは慢性の高血糖状態をよく反映する優れた指標だ。しかし、10年前の診断基準改定では、血糖値のカットオフ値に焦点が置かれた。できるだけ早期の軽症患者を拾い上げる目的で、日本を含め、ADA、WHOは、一斉に空腹時血糖のボーダーラインを140mg/dLから126mg/dLへ引き下げた。同時に糖負荷試験をほとんど実施していなかった米国は、「空腹時血糖」を重視する方向を打ち出した。
ところが、ここにきて米国がHbA1cを重視するに至ったのはなぜなのか。東大の植木浩二郎氏は、「糖負荷試験を行わない米国は結局、空腹時血糖だけでは十分に糖尿病患者をスクリーニングしきれなかったということだろう。簡便な指標にしたいというのがこれまでの米国の方針。ようやく米国ではHbA1cの精度管理が進み施設間の測定のばらつきが少なくなったことに加え、世界的な標準化の合意がなされたことなどが背景にある」と説明する。
HbA1cを診断に使用するメリットとして国際専門家委員会は、長期の血糖状態をよく反映する、測定法の国際標準化が進んでいる、採血後比較的安定しており測定値のばらつきが少ない、採血前の絶食や糖負荷などを必要とせず患者の負担が少ない、既に治療の管理目標に使われている─などを挙げている。また、A1C6.5%以上というカットオフ値については、感度よりも特異度を重視し、糖尿病網膜症罹患率が上昇し始める値としている(図1)。ただし、糖尿病リスクは連続的に増加することを考慮し、6.5%未満でも6.0%以上の場合には、何らかの予防的介入を推奨している(1ページ目、表1)。
とはいえ日本では、HbA1cのみの診断に疑問の声も少なくない。「糖負荷試験は、明らかに空腹時血糖が高い人などに行うのは問題だが、専門医の補助的なツールとして残しておくべきだ」と細川氏。
植木氏も、「糖尿病やその可能性のある人を広くスクリーニングするという意味ではHbA1cは優れた指標だが、将来糖尿病になりやすい糖尿病予備軍を見極めるにはインスリン分泌能やインスリン感受性などを見る必要があり、糖負荷試験が極めて有用だ」と指摘する。
日本独自の表記法も変更か 日本の診断基準にHbA1cをどう組み込むかという問題のほかに、もう1つ大きな議論がある。それは日本独自のJDS法によるHbA1cの表記(JDS値)をどう改めるかだ。
日本は早くからHbA1cの標準化を進めてきたが、2007年に国際臨床化学連合(IFCC)が国際標準化の検討を実施。その結果、測定はヘモグロビンβ鎖N 末端の糖化物を対象物質とし、測定値はmmoL/moLを単位とするIFCC値と、換算して%で得られる国際標準値(NGSP値)の2つを併記するという勧告が発表された。それ以降、国際的な学会発表や論文などでは米国を中心にNGSP値(A1C)が主流となりつつある。
日本もこうした流れを受け、「糖尿病関連検査の標準化に関する委員会」(委員長・滋賀医大病院長の柏木厚典氏)で検討中だ。最終的にIFCC値に移行していくことになるとしても、国際的に広く使用されているNGSP値は無視できない。清野氏は、「当面は混乱が予想されるため、日本ではNGSP値とJDS値の併記になるのではないか」と話している。
ーー血糖値は精神科関係の薬剤を使うときにも気になる点ではありまた現在のように血糖値が上がりすぎる環境にあり、ストレス解消が血糖をあげることというような社会では重大な問題である。
ところでここ数年、糖尿病と言えばほぼ必ず講演会に出てきて講演している某先生がこのインタビューに登場していないのが印象的。今度の講演会では何を言うかなと楽しみでもある。
「施設間および測定法によるばらつきがあり、同値のみでの診断は難しい。」なんていうすべてをひっくり返すコメントもあり、興味深い。