効き過ぎるプラセボ

最近は統計的な話をするにはまず
プラセポ対照二重盲検無作為割付比較試験
(Randomized conlrolled trial:RCT)
が必要である。

ところがこれが難物で、2003年から4種類の抗うつ薬の試験が行われているのだが、
そのうち,偽プラセボやプラセボに優位を示すことができた薬剤はただひとつである.
そんなわけで、米国で承認されて使われている薬が、
日本ではプラセボに比較して優位差のない薬という評価になってしまい、
なかなか厚労省の検定に合格しないのである。

近年行われたRCTでは,抗うつ薬がプラセボに勝てないことが普通のことになってきた.
プラセポ対照試験のメタアナリシスを行うと,プラセポ反応と西暦が相関していることがわかった.
これも驚きで、つまり、最近になればなるほど、
「プラセボの効きがよくなっている」らしいのである。

このようなプラセポ反応が年を追うごとに上がっていく現象をプラセポドリフトとよぶ.
この現象は.抗うつ剤のほかに機能性胃腸症に対する消化管機能改善薬の臨床試験でも認められている。

なぜなんだろうと考えてデータを見ると、まず第一に、
プラセボの効きはずいぶんいいんだなあと感心させられる。
こんなにも治るのかと思う。

それには理由があるらしくて、解説がある。

きちんと検定をしようというので、被験者が守るべき項目が多い.
一部の睡眠導入剤を除いて向精神薬の併用は全面禁止が原則である.
鎮痛剤やサプリメント,麻酔剤なども禁止の対象になる.
抗不安薬の頓服はできない.睡眠導入剤も量が決められ,
眠れないことを理由に薬を繰り返し飲むことはできない.
他の精神科と二股をかける,心理士のカウンセリングを受けることも禁止である.
飲酒もしないように勧められる.
受診は毎週決められたときに行い,予約制である.
かならず問診と重症度評価が行われる.
予約を変えることはできるが,前後2~3日までという縛りがある.
服薬は確実にチェックされ,飲み残しも薬の空き袋もすべて病院にもってこなければならない.
有害事象(副作用)のチェックも治験の目的なので,
治験中に経験したありとあらゆる予期しない症状はすべて報告しなければならない.
治験期間中に患者が自分で記録する症状などを書く日誌が手渡され,
日誌の内容が毎回の受診でチェックされる.
こんな風にチェックされているとなかなか変なことはできない。
実際のこうした説明は医師だけでなく患者一人ひとりについた担当の
臨床試験コーディネーター(CRC)が行う.
治験期間中に起こった予期しないこと,気になることがあれば,CRCに連絡するように勧められる.

具体的な行動目標をもち,実際に外に出かけ,人と交わり,
事前に計画に沿った行動をし,毎日の記録をとる.
気分やその日の体調で活動を変えることをしない.
治験はまさに健康行動を増やすように機能している.
治験では体の症状を報告すること自体も行動目標である.
一方,体の症状を報告しても治療は変わらない.
臨床試験コーディネーター(CRC)は患者の話を親身になって聞くが,
指示やアドバイスはしない.
CRCは患者が治験のプロトコール通りに行動すればほめるが,
そのとおりにするかどうかは患者の自由意志に基づく選択であることを強調する.

こんな風な要素が一体となり、プラセボ群の治癒率を上げてしまっているらしい。
つまり、治験をしているのだから、生活はきちんとして無理はせず、
やたらな薬も飲まず禁酒禁煙、日記をつけて毎日「反省」も欠かさず、
気になることがあったらすぐに相談をするし、
気分のままに過ごすということがなくなる。
まるで森田療法の森田先生の家に泊まり込んだようなきちんとした生活になる。
それがうつを治してしまうらしいのだ。

また違う意見では、ちょうど治る時期のうつなのだから、生活指導がよく効くのだともいう。

いずれにしても、こんなことを紹介している論文があり、興味深かった。