昇進した途端、うつ病に!という記事

昇進した途端、うつ病に! 
平社員に戻っても治らないその理由
多くの同僚が早期退職
喪失感のなか本社管理職へ昇進
長引く心の不調で
休職を余儀なくされたDさん(45歳)
 長年、売り場の陣頭指揮に立ってきた小売業のDさん。接客が好きで、小売の世界に入った。子供が小さい頃は、父親参観日や、運動会など子供の幼稚園や学校のイベントに行けないことに後ろめたさがあったが、子供が大きくなるとそれも感じなくなっていた。職場の仲間と目標の数字の達成のためにがむしゃらに頑張ってきた。それが楽しかった。
 しかし、ここ数年で状況が一変した。長引く不況から、会社が募集した希望早期退職に、同期や先輩たちのほとんどが応募していたのだ。ショックだった。最終的には、会社が予定していた3倍の人数が退職した。送別会があちらこちらで行われ、戦友いなくなったという喪失感に襲われた。
 それが一段落すると辞令が出され、Dさんは現場から本社に戻り管理職に昇進する。
 Dさんの職場では管理職になるとデスクの幅が広がり、椅子が両肘つきになる。あんなに憧れていた両肘つきの椅子なのに、居心地が悪い。
 そして挨拶周りと引き継ぎが終わり、異動から1ヵ月を過ぎた頃からDさんの体の不調がはじまった。パソコンに向かう手が止まるようになっていた。
 最初に現れた症状は背中の激しい「こり」だ。重い鉄板を背負っているように背中が痛い。次に現れたのは胃腸の不調。お腹に硬い石が入っているように重い。そのうち食べ物の味がしなくなった。まさに砂を噛んでいるようだった。でも人に話せなかった。そのうち、食べることが、億劫になり、痩せてきた。
 その頃、会社の健康診断があり、受診。血液検査やレントゲン、すべての検査結果は、異常なしであった。しかし、思い切ってこのところの不調を医師に打ち明けた。話しているうちに涙が出てきていた。医師はうつ病を疑い、精神科の診断を勧めた。Dさんの会社が提携している精神科の医師に紹介状を書いた。
「昇進うつ」と診断!
自ら降格を申し出て平社員へ
 すぐ精神科を受診。Dさんは、昇進や異動で環境が変化した後、責任が重くなったり職種や人間関係が変わったりすると、ストレスや疲労がたまり発症するといわれる「昇進うつ」と判断された。幸い有給休暇もたくさんあるので、医師のすすめで1ヵ月休みをとった。
 休み明け職場復帰するときに、上司が医師と相談して本社から現場に異動させた。管理職としての、プレッシャーが引き金で病気になったのだろうと判断をして、Dさん自ら降格を申し出たのだ。課長から平社員に戻してもらった。
現場に復帰するも
不眠から再び休職に
 同僚はDさんの病気を知っているなか、暖かく迎えてくれた。しかし、しばらくは穏やかに過ごしていたにも関わらず、復帰して1ヵ月を過ぎたあたりからまた体調が悪くなってしまった。
 最も困ったのは不眠だ。布団に入っても寝つけない。寝てもすぐ目が覚めてしまう。毎夜、絶望感と不安感に襲われた。医師から処方されている薬を飲んでも眠れない。そんな夜が続くと朝が辛くなった。職場に行こうとして靴を履くと、必ず玄関で不思議と吐き気に襲われた。この状態での接客は無理な状況だった。再び医師と相談をして休職にした。今度は1カ月ではなくて、半年にした。半年休めると思うと、正直ほっとした。「管理職のプレッシャーから解放されたのになぜ・・・」という疑問が残った。
 休職中は、医師と定期的に面談をした。その時に勧められたのが臨床心理士によるカウンセリングだ。海外ドラマでは見たことがあるが、まさか自分が受けるとは思わなかった。カウンセラーは何かアドバイスをするというよりも淡々と話を聞いてくれる。それを医師に報告して治療方針を決めていくそうだ。そんなある日、医師に呼ばれた。
 「Dさんの心の問題は会社でないかもしれません。家庭にあると思います。たまたま異動がきっかけで発症しましたが、根本の原因は奥さんとお子さんとの関係ではないでしょうか。私は投薬などで、うつ病や不眠の症状を軽くすることはできますが、Dさんの心の問題の本質的な解決にはならないでしょう」と進言した。
「昇進うつ」の裏側にあった
冷めた家族関係
 医師の言葉が胸に迫った。結婚して20年近く。新婚のときから夫婦間に会話がなかった。昼間は接客などでよく話すので、夜は人と話すのが億劫だった。最初は笑顔で話しかけていた妻も、そのうちに黙るようになった。
 そんな家庭だから、子供もおとなしいく人となじめない性格だった。年末年始は夫婦それぞれの別の実家に帰省。家族旅行もしたことがない。とはいっても家族を愛してはいる。今さらどう表現していいかわからなかった。振り返れば、家にいるのが苦手で仕事に逃げていたような気がしていた。
 実は今回の病気のことも、妻には最低限のことしか話していない。そんななか、子供が家に引きこもるようになってしまった。妻は1日中家におり、夫と子供に食事を作り続けていたが、一緒に食事をすることはなかった。当たり前のようにそれぞれの部屋で食事をしていたのだ。
 この状況を打開するために、家族3人で話した。まずは3人で食事を摂るようにした。少しずつではあるが、回復の兆しが見え始めた。そして休職して半年後、職場に復帰した。とはいうものの、今後もうつ病とは長い付き合いになると覚悟を決めた。
 
 「この方の場合、健康診断で思い切って打ち明けてくれたので解決の糸口が見つかりました。人間ドックや会社の健康診断は血液検査やレントゲンの数値だけを見るところではありませんので、健診前の事前のアンケートや口頭で、普段感じている不調を気軽に訴えてください。その不調の陰に他の病気が隠れていることもあります。
 どんな病気でも早期発見して早期治療が基本でそれは精神科も同様です。うつ病の原因が職場のストレスであると自分では感じていても、カウンセリングを重ねていくと、実際は家庭の問題にあることもあります。夫婦の関係、親子の関係、親の介護、そして自分の健康の不安。このようなことが原因でうつ病を発症することもあるので、よく話を聞いてくれる医師を探して心の健康管理をしていきましょう」