Ⅰ既知の事項のまとめ
1.統合失調症ではうつ状態が認められる例は多く、古くから指摘されてきた。しかもあらゆる病相で認められる。また統合失調症の場合に約10%は自殺するといわれ、一般人口に比較して9倍である。統合失調症に際しては、うつ状態と自殺が直結するものもあり、統合失調症そのものが自殺と直結するものもあり治療も異なるのであるが、すべての病期を通じて、自殺を防止することが重要である。
2.統合失調症患者がうつ状態を呈するとき、鑑別診断が重要である。
1)統合失調症前駆期のうつ状態。つまり、幻聴、させられ体験、被害妄想などが発現する前に見られるうつ状態である。これを統合失調症を基礎とするものと診断することは容易ではないが、相談時の年齢が30歳以下であること、遺伝歴があること、社会適応が悪いことなどが発見の手がかりとなることもある。うつ状態の形をとることもあり、うつ状態類似の統合失調症性陰性症状の形をとることもある。
治療としては少量のSulpirideが有効であることが多い。女性の場合には高プロラクチン血症による副作用が出ることが多いので、リーゼなどのベンゾジアゼピンを用いる。遺伝歴など明白な場合にはSDAで開始する。統合失調症前駆期のうつ状態を考えたときにはSSRIなどの抗うつ剤は、自殺の危険を高める可能性を考えて、使用しない場合もあり、むしろバルブロ酸などで経過を見ることもある。精神療法としては、症状と距離をとり対象化することを目標とする認知療法がよい。
2)統合失調症急性期におけるうつ状態。つまり、幻聴、させられ体験、被害妄想とともに見られるうつ状態である。統合失調感情障害の可能性を考える。この場合には充分量のドパミン遮断薬が有効である。病識が残存する場合、二次的に抑うつ状態を呈することもあるが、その場合も、抗精神病薬で対処する。精神療法としては、寄り添うこととなる。
3)統合失調症急性期後のうつ状態。精神病後抑うつ(postpsychotic depression)と呼ばれているものである。これは疲弊性うつ状態と陰性症状、さらには薬物性のうつ状態とに鑑別できるはずのものである。実際には容易ではないが、疲弊性うつ状態の場合には疲弊に加えて病識の部分的回復も見られ、悲観的、憂うつ、自責的であり、陰性症状の場合にはむしろ、意欲減退、興味喪失、無為、自閉などが目立つ。
疲弊性うつ状態の場合には、SDAと併用する形でSSRIなどを使用してよい。陰性症状の場合には、SDAを調節しながら経過を見る。薬物性うつ状態の場合には高力価のドパミン遮断薬を大量に使っている場合が多く、不快気分と活動性低下が主症状となる。対策としては薬物の減量や変更をする。アキネジア性抑うつと呼ばれるものがあり、活動量減少、無気力、無関心を主徴とする。主剤を変更するか抗パーキンソン薬を加えるかする。焦燥感を主とするアカシジアもうつ状態の焦燥感と似るが、これも同様の対処でよい。また、パーキンソン症状が優位になるとアパシー(無欲動)、アンヘドニア(失快楽)などが見られる。これも同様の対処である。
精神療法としては、病識再出現にあたっての絶望と不安を受容支持する事である。自殺について積極的に話題にし、些細なきっかけも見逃さない。必要があれば再入院を勧める。デイケア、通所作業所などの精神科リハビリテーションでは、患者の回復に合った課題を提案し、役割と居場所を提供し、自信を回復させることができる。また、家族と一時的に距離をとることができる。認知行動療法としては、医学の発展もあり、社会の進歩もあり、決して悲観する必要のないことを伝える。また、自分が今回急性期に至ったきっかけを分析することで、再発のパターンを知り、次回の増悪に備えることができる。また、統合失調症の長期経過を示すことによって、次の急性増悪の予防が大切であること、そのために継続的服薬が大切であることを理解していただく。
また、一定のレベルダウンのあった患者さんには、SSTのテクニックを用いて、日常生活に支障のない工夫を施していく。焦らずに着実に治療を進め社会に関わるためには、家族の理解と協力が不可欠である。早い時期に家族を治療協力者として役割を与え、位置づける。各種の社会福祉制度の利用も大切で、年金や施設の利用、また自助グループ(たとえばベテルの会)などで患者同士が啓発し合うことで深刻な抑うつから免れることができた例も多い。薬剤のアドヒランスを高めるためには漢方薬を併用することも方法である。サイコ剤(さいこ・・・)を中心にして、補剤(補。・・・)を用いたり、病期に応じて最適なものを調整する。
4)疲弊期から回復しても統合失調性のレベルダウンが残り、うつ状態に類した病像を呈する場合。残遺期と呼んでいるが、環境刺激に弱いので、疎外体験や孤立体験のあった場合や自殺念慮のある場合は入院治療が勧められる。SDAの調整によって不足のある場合にはSSRIを加えることがある。
5)総じて、統合失調症の再発を防ぐことと自殺を防ぐことが、第一目標となる。
Ⅱ背景となる仮説
1.自意識の発生と自意識の障害 ドパミン遮断薬とセロトニン系薬剤の役割
1) 動物の神経系は感覚器で刺激受容→脳の処理「自動機械」→筋肉の反応→現実→感覚器で刺激受容というように現実と脳を両側においてループを形成している。これだけならば自意識は発生しない。「自動機械」が行動していると形容してもいいだろう。人間の場合、刺激を受容し、その出力としての筋肉の反応の間に脳内の「世界モデル」を発生させ、結果のシミュレーションをする。そして、脳内の「世界モデル」から出力された信号と、「自動機械」からの信号を、比較検討する。違いがあれば脳内「世界モデル」を訂正することによって、さらに正確な予測ができるようにする。
たとえばこのくらいの力で地面を蹴ったら体はどのように進むか、そのようなことをシミュレーションしながら、そして結果を修正しながら、生きている。ある程度安定した世界に生きていれば、予測は次第に正確になり、「世界モデル」と「自動機械」は必要な部分でほぼ一致するようになる。「自動機械」は世界の必要部分のよい転写である。それをさらに転写して内部に蓄えるのが「世界モデル」である。
2) 「世界モデル」からの出力と「自動機械」からの出力は、時間差があり、常に「世界モデル」からの出力が、比較照合部分に一瞬早く届くよ
うにできている。このことから、能動感や行為の自己所属感が生じる。(私の理論である「時間遅延理論」)。つまり、人間は「自動機械」部分だけで生きて行くには充分であり、「世界モデル」部分は自意識を発生させるための装置である。
うにできている。このことから、能動感や行為の自己所属感が生じる。(私の理論である「時間遅延理論」)。つまり、人間は「自動機械」部分だけで生きて行くには充分であり、「世界モデル」部分は自意識を発生させるための装置である。
この自意識が発生したおかげで未来が発生し、目的が発生した。これは人間を強く特徴づけるものであるが、進化の最後に発生した部分であり、壊れやすい。
上記とは逆に、「世界モデル」からの出力が「自動機械」からの出力に遅れると、自我障害となり、させられ体験、強迫性体験、幻聴、自生思考などになる。これが統合失調症の急性期の事態である。例えば、幻聴は、自分で話そうと思ったことが「自動機械」側よりも「世界モデル」側からの出力が遅れるので、他人が話している、聞きたくもないことを聞かされているということになる。
3)ドパミン遮断薬はその特性によって、「世界モデル」からの出力と「自動機械」からの出力のそれぞれを違う程度に遅延させる。もっとも強力なものは、両方とも大きく遅延させる。この場合は、「自動機械」も停止してしまうくらいで、これが薬剤過量による不快気分と活動性低下である。ある程度マイルドな処方にすると、「自動機械」からの出力はやや遅延させ、「世界モデル」からの出力は遅延させない。こうなると、自我障害は改善する。逆に、薬剤の特性によって、「自動機械」からの出力を遅延させず、「世界モデル」からの出力を遅延させるものだと、自我障害は改善しない。
4)この場合に、疲弊性以外にうつ状態の説明があるかといえば、例えば、精神病極期にはドパミンなどのモノアミン系が使い果たされて、モノアミン系枯渇状態にあるのだと説明することはできる。そうであれば、ドパミン遮断剤はマイルドに使い、セロトニン系薬剤を重ねて使用しても意味がある。
4)統合失調症の陽性症状と陰性症状の区別は言語の使用習慣に依存する分類であってあまり意味がないと考えられる。ジャクソニスムの原則に立ち返って、陽性症状と陰性症状を定義すればいいと思う。ジャクソンによれば脳は層構造をなし、上位の脳は下位の脳を抑制的に制御している。脳の上位の機能欠落は、その欠落そのものの症状と、その機能が欠落したことによる下位機能の突出を結果する。これがジャクソンのいう陰性症状と陽性症状である。
統合失調症の場合、「世界モデル」からの出力を遅延させる方向での欠落が生じている。だから自我障害が生じる。これが陰性症状である。一方、その欠落は「自動機械」の機能の突出を生むはずで、これが陽性症状ということになる。これは現在の常識的な言語使用には結びつかない、特殊な用法になる。
5)統合失調症前駆期のうつ状態は「世界モデル」からの出力が
6)自我障害が発生した場合の心理的外傷は大きく、充分に抑うつの原因となりうる。また、自分の現在と未来を考えて、悲観的になることも理解できる。こうした事情を含んで精神病後疲弊性抑うつと呼んでいる。この場合には、心因反応として、悲哀のエピソードのあとの抑うつともメカニズムは似ているし、躁うつ病において、躁状態のあとの疲弊性のうつ状態ともメカニズムは似ている。従って治療としては、セロトニン系の調整を眼目とする薬剤を用いてよい。自殺には充分注意し、面接の感覚を1週間程度に短めに設定する。
Ⅲ統合失調症のリハビリについて
統合失調症のリハビリにおいては、残遺期のうつ状態に類したレベルダウンした状態に対して行うことが多い。その場合に治療者の恐れることは再発・再燃と自殺である。そこで薬剤はなるべく維持しようとする。ドパミン遮断剤を維持すると、ドパミンレセプターにおけるアップレギュレーションが起こる。つまり、薬剤で蓋をしているけれども、実際のレセプター量は増えてしまい、潜在的な過敏さを作り出す。デイケアなどの場面においては、コントロールしつつといえども、少しずつドパミンを放出する活動をするのであって、そこにアドヒランスの悪さがあったりすると、潜在的な過敏さが形成されているので、再発再燃に至る。治療者はそれが怖いのでやはり薬剤を増量する。するとまた潜在的過敏性が用意されるという矛盾が生じる。
この矛盾を回避するには、まず薬剤を少し減らして、かつ、デイケアでの活動量を増やして、ドパミンレセプターのダウンレギュレーションを目標にしなければならない。しかしながら、薬剤を減量することも、活動量を増やすことも、再発再燃につながるので、慎重かつ細心のプログラムが必要である。うつ病に類した状態からの脱出はなかなか容易ではない。