「いわゆる“有害情報”」と子どもたち <女の子編>

採録
ーー 著書「子どもといっしょに安心インターネット」は赤・黄・緑の3冊に分かれていますが、黄色の本『どうトラブルを避けるの?』にはこんな項があります。
「不思議な国のアリス」たちはネットの世界がお気に入り
 前回は<男の子編>をお届けしましたが、男の子と女の子では、パソコンやケータイの使い方もネットへの感覚も、かなり違います。
 男の子は、ネットを道具として外側から覗き込むように使います。興味のあるものにはまっしぐら、調べだしたら目的に向かってとことん、という使い方をし、自分のいる外側(現実の世界)に引っ張り出してきて試したくなる傾向があります。そのため、爆弾を作ってみたり、猟奇的殺傷事件を起こしたりするのは、たいてい男の子です。
 対して女の子は、接続した瞬間からネットの世界に入り込み、感情も移入してしまう傾向があります。一応何らかの目的があっても、気になることが現れるとそれをクリックしたり、ちょっとしたキーワードにひっかかって検索をし始めたりと、まるで「ウサギさん、こっちに行ったわ!」と追いかけて道をそれてしまうアリスのような行動になりがち(中に入り込んでしまっているので“使い方”ではなく“行動”という表現がピッタリなのです)。そして、ネットの世界での感情の動きを現実の世界に持ち込んでしまうため、友達を傷つけたり殺めたり、誘拐・監禁されてしまったり、という哀しい結末を迎えてしまうこともあるのです。
 まずは、「プロフ(=プロフィールサイト)」。ここ数年、女子中高生の間で急速に普及しているネット利用法の筆頭に挙げられていますが、ケータイから簡単にインプットできるようになったことも手伝って、名刺代わりにプロフを持つ女の子は、大人たちが把握しているよりはるかに大勢います。個人情報を一切掲載せずに安全なプロフを心がけている子も多い半面、メールアドレスどころか住所や学校名などを写真と共に掲載している子もいるのです。さらには、下着やヌードのような過激な写真を載せている子もいて、割合として決して多くはありませんが、中には小学生もみかけるという現状。このことは、「日本の女の子たちは、誘拐されたいのか?」と、ネット先進国アメリカの人々を驚かすほどです。
 こういった過激な写真が掲載される背景には、人気ランキングの表示があります。ご承知のとおり、無料で提供されるプロフの運営資金は広告料金でまかなわれていますから、より多くの人に見てもらうための手段として、プロフのオーナーたちを競わせるわけです。大きく順位を上げるようなコミュニケーション内容を企画することはまだまだ難しい少女たちは、手っ取り早い方法として、アクセスする人が喜んでくれる“何か”を提供すればいいんだということに気付き、それが過激な写真に結びついてしまっているようです。
 ただ、一つだけ安心していただきたいのは、子どもたちは“仕掛けられたもの”であるバナー広告をあまりクリックしません。人は誰でも、あからさまな仕掛けにあまり感情移入はしないもの。彼女たちも一緒で、広告より、リアルなコミュニケーション上に表現されているモノ・コトの方に心は動きます。また、プロフなどを作ったり頻繁にアクセスしたりする子たちは視覚的な印象から判断することはある程度できるようになっているので、大人が想像する以上に「何か怪しそう」という気配を察する力は持ち合わせていますから。
 プロフそのものは決して悪いものではなく、女の子たちの日々の生活や心を豊かにしてくれるコミュニケーションが生まれていることも事実ですが、一方で、“誰でも” “自由に” “無料で”作れてしまうため、悪意を持った人たちが偽りの名刺を作って仕掛けをばらまくこともたやすい媒体なのです。同年代の女の子をかたってやり取りをし、仲良くなってから実際に呼び出すこともできれば、やさしいお兄さんを装って近づいてくることもできます。
 誘拐や監禁といった事件に巻き込まれてしまったケースも報道されていますから、哀しい現状はみなさんも重々ご存知だと思います。感情移入できないバナーには冷静に用心する彼女たちも、感情移入できる「ネットの向こう側のいい人像」を分析する冷静さは、まだまだ持ち合わせていないのです。
 このことは、プロフだけではありません。子どもから大人まで楽しめる、有名な大手ゲームサイトの中で知り合って殺害されてしまった女子高校生もいます。これは、ゲームサイトに非があるのではなく、「安心して楽しめる場」であることを逆手にとった行為だったからこそ犠牲者を出してしまったケースです。自宅に怪しげな見知らぬ訪問販売員が来たら玄関を開けないけれど、親戚や知人であれば安心して招き入れてしまう心理にどこか似ています。フィルタリングで危険ゾーンには入れないようにしてくれているから、アクセスできるところは大丈夫──という安心感は、警戒心を薄れさせ、かえって危険を招いてしまうことにもなりかねません。
 こんなふうに考えると、ネットの世界に入り込んでしまう女の子たちにとっての有害サイトの定義はとてつもなく難しく、「だから、掲示板などコミュニケーションができるサイトは全部フィルタリングでアクセスできないようにしてしまおう」という意見が出るのも分からないではありません。
 ですが、卒業生掲示板を作って同窓会の企画をする子たちもいれば、「リアル(=リアルタイム掲示板)」と呼ばれる掲示板で「これからコンサートなので9時過ぎまで返信できないよ~☆」「調子が悪いから寝るね」のように自分の状況を仲良しに伝えてコミュニケーションを効率化している子たちもいます。これを読めば、「返事がこない、シカトされてる?」みたいな誤解も生じませんし、「じゃ、10時過ぎにメールしよーっと♪」と相手の都合を考えてメールをするようになるというわけです。こういった、IT時代の子どもたちならではの創意工夫で生まれた「大人以上の上手な使い方」までもつぶしてしまうのは、いかがなものでしょう。
 彼女たちにとって本当に有害な情報を強いて挙げるなら、それは、彼女たちが危険を承知でコンタクトをしてしまうようなものかもしれません。たとえば、『家出掲示板』のような‥‥。
 ためしに、『家出掲示板』で検索してみてください。どれだけの数がピックアップされ、どんな内容で運営されているか、一目瞭然です。そして、家出をしてこういったところにアクセスをする少女たちは、宿泊先を提供してくれる男性に体を提供するのは「泊めて食べさせてもらう代償だから仕方ない、家に帰るよりもマシ」と考えているようです。そう思わせてしまう家庭環境にも問題はあるはずですが、そういった心理を見透かして、少女たちの体が目当てで書き込む男性たちが多いのも事実なのです。
 「あなたの気持ちは理解できるから、うちにいらっしゃい」とメールをしてくれたのが女性だったのでよかった、という運のいいケースも、実際にないわけではありません。“たまたま”本当に優しい女性だったから、家出掲示板にアクセスしたからこそ、深夜、寝る場所を探してうろうろしているより安全な環境を手に入れられただけのことで、これがもし、背後に悪意を持った男性がついていて、その人に指示されて連絡してきた女性だったらと思うと、安心しきっている分恐ろしい結果が待っていたに違いありません。
 女の子たちは、想像力が豊かです。だからこそ、ネットの世界でのできごとをいろいろと膨らませることができるのです。だったら、その想像力を「その先に悪いことが待ち受けているとしたら、自分はどうなってしまうだろう」というシミュレーションにも使えるようにしてあげたいもの。
 「性犯罪」「麻薬」「暴行・監禁」「風俗で稼がせる」等といった目的を持って、表面的な部分を偽りつつメッセージを送ってくる人は、どんなに努力しても排除することはできません。ご家庭でも学校でも、コミュニケーションの題材としては避けたいことばかりかもしれませんが、一対一で話し合う(家庭)、大勢でディスカッションする(学校)といったことを繰り返し、いい方向に想像することと同時に悪い方向にも想像して「メリット」と「リスク(単なるデメリットではなく)」を天秤にかけながら判断できる力をつけてあげなければいけない時代にきているのです。
 フィルタリングで全てを禁止してしまうと、女の子たちにとっての“ネット社会に出る”ための準備ができません。予備知識を学ぶ環境がないままに成長したのが現代の大人で、結果、ネットを介した犯罪に巻き込まれてしまう女性被害者が、年齢を問わずいなくならないのです。今の子どもたちに、私たち世代と同じような危うい道を歩かせないためにも、ネットでの感情移入をコントロールできる冷静な判断力を育んであげましょう。身近にいる大人がやってあげなければ、大怪我をして学ぶことになってしまいますから。

 (尾花 紀子=ネット教育アナリスト)