1.概略
交通事故や病気、その他いろいろな原因でわたしたちは愛するものと別れます。人や物、地位など、その人にとって大切な何かを失う体験をすると「悲嘆反応(grief reaction)」が起こります。悲しみの中でも大きな悲しみを悲嘆(grief)と呼んでいます。心のよりどころを失ない、「これは現実ではない」「夢の中に違いない」と感じることさえあります。
喪失体験に直面したとき、その悲しみから立ち直るためには、悲しみの消化作業が必要です。それがグリーフ・ワーク(Grief Work)、喪の仕事、悲嘆の作業などと言われているものです。
E・キューブラー・ロスは、死にゆく人が自分の死を受容していくプロセスを研究し、どのような傾向があるかまとめました。キリスト教以外でも、自分の死以外でも、悲嘆体験を乗り越えるときには同じようなプロセスをたどるのではないかと拡張して考えました。簡単に言うと、否認(なかったものと思いたい、誰かの思い違いではないかと思いたい)、怒り(関係者に対して、また自分に対しての怒り)、抑うつなどを経て受容に至ります。最後には失ったものを嘆くことやめ、新しい生活に希望を持って向かうようになります。
悲嘆のプロセスは、心の中で、喪失の意味がゆるやかに変わっていくプロセスと考えられます。時間と強さは人により場合によりさまざまです。
2.グリーフワークとは何か
どんなとき起こるか、例を挙げます。
愛する人間、動物との死別。たとえば交通事故で伴侶を失った場合。子供が不治の病にかかった場合。いわゆるペット・ロス。退職して地位や生き甲斐を失った場合。子供が授からないと告知された場合。ずっと希望して努力していた目標をあきらめなければならない場合。
まとめて言えば、大切な何かを失ない、未来への希望が断ち切られた場合。
どのように進行するか、研究があります。
悲嘆反応の一般的経過については、公式のように過度に一般化しても間違いだと思いますが、脳の構造から来る一般的な傾向があることも確かでしょう。
脳は呼吸や消化などのように進化論的に古い機能から、論理的思考などのように新しい機能まで、積み上げるように構成されています。強いショックがあると、上位機能がまず停止し、下位機能が保持されます。緊急事態に対応するためにはまず生命に必要不可欠な部分にエネルギーを確保することが有利だからでしょう。分かりにくいものもありますが、大まかな順番で並べると次のようになります。ショック、混乱、無感覚、非現実感、現実変様感、罪責感、敵意、拒否、取り引き、探索行動、苦悶、死者に対する思慕や憧憬、希死念慮、抑うつ、寂しさ、引きこもり、自尊心の低下、悲哀感、無力感、無関心、感情の平板化、アパシー、解放感、現実世界への関心、理性的思考、意味の探求、つぐない、希望、発想の転換、新たな決意、新たな自分の獲得、ユーモア、人格的成長、新しいライフスタイルの確立、新たな友人の獲得。
敢えてもう少し分類してみましょう。
1.茫然として、無感覚。現実感を喪失。パニック状態。思考・判断・感情の停止。
2.喪失に対する号泣・怒り・敵意・自責感などの強い感情。抑制のきかない思考・感情。
3.閉じこもり・うつ状態。
4.新たな自分、新たな社会関係。積極的に他人と関与。
次第に脳の抑制系が再生する過程と見ることができると思います。
3.グリーフワークをどのように見守るか
悲嘆の仕事の課題として、1.喪失の事実を受容する、2.悲嘆の苦痛を乗り越える、3.あるべき何かが失われた環境を受け入れる、4.新しい希望を見つける、などがあげられます。
正常な悲嘆反応の場合にはそっと見守ればいいのですが、異常な悲嘆反応の場合には手当が必要になります。この場合の「異常」は、医学的な意味ではなく、生活や仕事に支障が生じる程度の強さと期間と考えて下さい。
「グリーフワーク」のプロセスを支えて見守ることを「グリーフケア」と呼びます。過度の悲嘆を自分で処理しきれないときは、専門医によるカウンセリングや薬物療法などが必要になります。
「グリーフケア」の基本は、一時的に出現する感情や行動を、共感的に受けとめることです。日本の社会は、悲しみをこらえるのが大人だと見なされている部分がありますから、あからさまに感情を吐き出すには時と場所を選ばなければなりません。そのような場所がない時は、専門家を訪ねて下さい。
「お気持ちは良く分かります」「いつまでも嘆いていてはダメだ」のような言葉も、タイミングが大切です。新しい人生に踏み出すにもタイミングが大切です。
悲嘆を乗り越える方法として、人に話を聞いてもらう、文章などで表現する、同じ経験をした人と語り合うなどが考えられます。サポートを求める勇気を持って下さい。