健康診断にストレス調査 うつ病の早期発見

うつ診断、義務化に課題
年に1度の健康診断にストレス調査を盛り込む案が浮上した。うつ病の早期発見は自殺防止の有効な手立てではある。長妻昭厚労相は前向きだが実現にはハードルが山積する。
 うつ病などの精神疾患につながるストレス状態を測り、メンタルヘルス(心の健康)の不調者を洗い出す調査を年に1度の健康診断において義務化する可能性が浮上している。
 厚生労働省自殺・うつ病等対策プロジェクトチームは、5月28日に5分野からなる対策を発表した。その1つである「職場におけるメンタルヘルス対策・職場復帰支援の充実」に、管理職に対する教育や、産業保健スタッフの養成などとともにメンタルヘルス不調者の把握が盛り込まれている。
 現在、労働安全衛生法では血圧や肝機能、血糖値、尿など11の項目で年に1度の診断を事業主に義務づけている。厚労省の担当者によると、ストレス診断を12番目の項目にするのか、強制力を伴わない指針として発表するのかは今のところ未定だ。
 うつ病の早期発見と治療は、民主党政権が力を入れる自殺防止につながる。警察庁の調べでは2009年に「無職者」(57.0%)に次いで自殺が多かったのは「被雇用者・勤め人」(27.9%)。彼らに対する定期的なストレス診断は効果が見込まれるからだ。
診断結果で退職勧奨の懸念
 しかし、働く人の心という繊細な問題だけに義務化するとなれば越えるべき課題がいくつもある。
 まず調査コストの問題がある。社員がうつ病なのかどうかという見極めは難しい。精神科医の問診は望ましいものの負担が大きい。ストレスレベルを測るチェックシートの利用が現実的だが、これも簡単ではない。
 義務化となれば全国で統一の質問項目を作る必要が生じる。しかし、業種や業界ごとの特性を考慮しない一律の基準では、企業が対策を立案するのに十分な調査結果は得にくい。
 次に社員側の心理だ。メンタルヘルスに関する個人情報が人事部に筒抜けになると分かれば、社員が症状を偽る可能性がある。昇進を控えた社員はうつ病の傾向を隠すかもしれない。
 社員情報へのアクセスが厳しく制限されていれば問題はないが、そうでない場合は「診断結果を従業員への退職勧奨の材料に使う可能性がある。そもそもうつ病につながるストレスは家庭など業務外に起因することも多い」と弁護士の生越照幸氏は指摘する。
先進企業が不利益を被ることも
 大企業の一部では、こうした事態を避けるために、EAP(Employee Assistance Program=従業員支援プログラム)と呼ばれるサービスの提供会社と契約、診断やアフターケア、ストレスを生みやすい職場の改善を委託している。診断や相談窓口を社外の第三者に任せることで従業員に安心して診断を受けてもらおうというわけだ。
 もし厚労省が今後、企業で行う診断項目を標準化すれば、EAPサービスを利用したり、独自の基準を作ったりしながら社員のストレス把握に努めてきた企業の努力を妨げるかもしれない。このような企業では診断結果に基づいて職場改善に取り組み、経年変化を捕捉してきたからだ。
 EAPサービス大手のアドバンテッジ リスク マネジメントの鳥越慎二社長は「国内でEAPを利用する企業の社員数は既に100万人を超えている。こうした企業やサービス提供者側の声も聞いたうえで義務化について考えてほしい」と訴える。
 企業が従業員のメンタルヘルスに責任を持つのは、当たり前の時代になりつつある。
 横浜市立大学医学部の河西千秋・准教授は「これまでメンタルヘルス対策についていくつか指針が出てきたが、多くの企業で履行されていない。不調者のスクリーニングを義務化するより、まずメンタルヘルス管理の重要性を浸透させなければならない」と話す。今こそ抜本的なメンタルヘルス対策に挑む時期かもしれない。