社会の幼児化

社会と人間の幼児化はいつでも嘆かれてきた
明治にも大正にも昭和にも平成にも
なぜなのだろう

1.新しい文明が古い文明を飲み込むとき、
おおむね新しい文明は幼稚である
野蛮な文明が元気がいいのである

2.評論化が自分の育った古い文化と
その時点での大衆文化を比較すると
幼稚に見えるのは無理もないことである

3.文明が進歩するということは、
一言で言えば子供にも異邦人にも分かる、
簡単で単純な分かりやすいものになるということだ。
熟練がいらない。
スイッチひとつで何かができたり、
人目見ただけで楽しさが実感できたりする。
たとえば将棋や囲碁はある程度熟練を必要とする。
それに比較すれば、単純なタイプのテレビゲームは
万人を何の予備知識もなしにひきつける。
しかしここでも、最近の新しいテレビゲームは
複雑になってきていて勉強しないとなかなかよく分からなくなって来ている。
そこでWiiのような分かりやすい系が売れるということになる。
先行文化は次第に複雑になり分かりにくくなり初心者を拒絶するようになり、
後発文化は誰にもわかりやすいというのが
多分普遍的なルールである。

こうして見てくると、やはり社会は幼児化するしかないのだ。

そもそも人間はサルに比較して幼形成熟個体なのであるから、
幼児化することは人間的なことなのである。