SADISTIC MICA BAND – タイムマシンにおねがい(LIVE 1989)
超越的な力にお願いするだけという
前時代的女性性のステロタイプを描いて余す所がない
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タイムマシンで時代をまたいで過去の原子配列を移動させるとパラドックスが発生するというのは分かる
ならば
純粋に過去を観察することは可能かと考える
観察するということは普通に考えれば
電磁波が観察者の原子状態に変化を与え、その変化を感覚することが観察ということである
未来の物質が過去の物質を変化させると
たとえば孫が祖父を殺すなんて言うことが起こる
そうではなくて過去の物質が未来の物質を変化させるという一方向だけの関係になったらどうなのだろう
過去を変えることはできないが過去を観察することはできるのではないかと考えられるのだろうか
観察者問題は昔に解決されていて
客体に影響を及ぼさない観察者は存在不可能であると
一応の解説が与えられていて
しかしそこからまたパラドックスが提唱されている
猫が死ぬとか生きるとかというやつだ
それ以前の問題として
過去の物質と未来の物質が一方向にしろ双方向にしろ影響を与えるということが
パラドックスの発生になる
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影響を与えることを予定して総てが仕組まれているという予定調和的な時間構造は考えられるわけだが
その場合は決定的に決定論的になる
遠い未来が決定されているから現在が決定されているわけだ
その決定論を解消するために多世界宇宙が構想されるがそうなるとすべての可能性は
濃淡を伴いつつ総て存在するのであって
どの世界も単にそれだけの意味しかない事になる
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タイムマシンにお願いしている女の精神構造は平安時代と同じだ
そしてイメージと比喩と言葉で魅力を創りだす方法も平安女性と同じだ