森澄雄の俳句

森澄雄の俳句

いとほしや人にあらねど小紫 おのが息おのれに聞え冬山椒 かたかごの花や越後にひとり客 けふできて光り一日苗代田 さくら咲きあふれて海へ雄物川 さるすべり美しかりき与謝郡 すいときて眉のなかりし雪女郎 つまむことこの世にいとし吾亦紅 なれゆゑにこの世よかりし盆の花 はるかまで旅してゐたり昼寝覚 ひとりごちひとり
荒べる鮟鱇鍋
ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに やすらかやどの花となく草の花 われ亡くて山べのさくら咲きにけり をみならとくらげとわたる城ケ島 鮎食うて月もさすがの奥三河 一つづつ食めば年逝くピーナツツ 卯の花や縦一文字ほとの神 炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島 鉛筆一本田川に流れ春休み 奥三河芋の葉にのる月夜かな 億年のなかの今生実南天 家々によき年寄りや瓜の花 家に時計なければ雪はとどめなし 花杏旅の時間は先へひらけ 寒鯉を雲のごとくに食はず飼ふ 観音の腰のあたりに春蚊出づ 雁の数渡りて空に水尾もなし 紀の国に闇大きかり鉦叩 鶏頭をたえずひかりの通り過ぐ 枯るる貧しさ厠に妻の尿きこゆ 黒松の一幹迫る寒灯下 妻がゐて夜長を言へりさう思ふ 妻亡くて道に出てをり春の暮 咲き満ちて風にさくらのこゑきこゆ 笹飴やいとけなかりし雪女郎 山の蟇二つ露の眼良夜かな 若き日の 八衢おもへ夜の辛夷 若狭には佛多くて蒸鰈 秋の淡海かすみて誰にもたよりせず 秋風の吹きあたりゐる伊吹山 春の野を持上げて伯耆大山を 初夢に見し踊子をつつしめり 除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり 水のんで湖国の寒さひろがりぬ 数珠玉や歩いて行けば日暮あり 西国の畦曼珠沙華曼珠沙華 雪国に子を生んでこの深まなざし 雪夜にてことばより肌やはらかし 雪嶺のひとたび暮れて顕はるる