「俺の人生半分やるから、お前の人生半分くれ」

「俺の人生半分やるから、お前の人生半分くれ」

というセリフが盗用だとかなんだとか言われているようだが
文化は円熟してくるとそんなセリフは誰かが言っているのであって
有名かどうかかのちがいだけだ

ラテン語の文献、インドの古代からの文献・パーリ語とかサンスクリット、それとアラビア語の文献そうしてものまで含めて検索すればほとんどどんなものも先行者があるはずだ
ただ知らないだけ

ーー
客観的に前例があるかという事ならたいていのものに前例がある

作者が前例を知っていたかという事になれば
頭のいい人ほど前例を知っている可能性が高い
そうでない人は知らない可能性が高い

前例があるのは確かなのだが
それを作者が知っていたかどうかが問題だということになるのだろうが
そんなことが果たして問題なのだろうか
主観的には一時的に勘違いして
本当に自分の創作だと信じ込むことはある

逆に言えば
前例が明らかにあるものを選んでしまった
選ぶ側の問題があるのかもしれない