ウィニーの件では児童ポルノについて警視庁が「公然陳列」と判断した
しかし考えてみて欲しいのだが
それがポルノかどうかについては見てみないと分からない
という原理的な困難がある
見た瞬間にはもう犯罪に加担している
かつてのビニルパック本や制服DVDのようなもので
中身は家に帰ってからでないとわからない仕組みならば
歯止めになるというのだろうか
制服DVDで中身が本当に制服だけだったとかでも文句は言えないわけだ
そこを切り抜けるためにどう見ても30過ぎが
スクール水着を着ていたりして最後までスク水というのもなかなか乙なものだ
違う違う、論旨がずれている
今回警視庁はファイルを所有しているだけで公然陳列としたらしいが
それならば犯罪者になることを回避するためにファイルを片っ端から確認するしかないわけだ
そうなんですか
違うんですか?
全部確認する義務があるんですか?
要するに見ないで放置していたものも
全部見ろというんですか?
ーー
商売について考えてみると
買わせる戦略として中身の宣伝をする
中身は隠してしまうとして
買いたくなる宣伝をすることが
商売の中身そのもの、正味になる
著作権を守ると息巻いたとして
著作権の及ぶ中身はがっちり保護されるので
それを宣伝する部分が今度は商売の正味になる
すると今度は
その商売の正味を保護するようになる
ビジネスモデルとか
どうせ中身を見せないで買わせるのだから
著作権なんか要らないわけ
中身を空っぽにするためだけの著作権なんだ
作家が誰かを真似しても
長ーい裁判になってみんな歳をとってしまうだけ
作家は盗作作家としても有名になり
元の著作と盗作とどっちが読みたいかと言われると盗作だったりするのだから
その作家自身の芸が著作権を否定しまくっている
ーー
図書館で借りて読む人が最近の貧乏の世の中には多い
実際に読んでみてよかったから買った人も多い
その場合の著作物権利とは読者にとっては
一回目に読む権利ではなくて
所有する権利になっている
知ることと所有することの明らかな違いがある
知ることは脳神経の働きで
所有することは筋肉の働きで法律の範囲である
知ってはならないとか見てはならないというのは
実は
原理的に無理なことではないのか