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生殖器というのは性行為を行うための器官であるチンポコとアナポコのことである。このチンポコとアナポコとを神とあがめ,手を合わせて拝むのが生殖器崇拝である。チンポコとアナポコは新しい生命をもたらし,子孫繁栄の原点となるまことに不思議で驚くべき存在なのである。まさに神秘なのである。したがって,これらを神としてあがめ,崇拝するのは自然の行為である。この生殖器崇拝は原始時代から存在しているという。
一方,大自然は多くの恵みをもたらす。山は狩猟の場であり,獲物をもたらす。また,いわゆる林産物をもたらす。海や河川・湖沼などは漁猟・採集の場であり,魚介類をもたらす。大地もまた,山から流れ下る水と太陽の光を得て農作物をもたらす。よって、これら多くの恵みをもたらす大自然を神として崇拝するのは自然の行為である。これら多くの恵みはいずれも動物や植物であり生命を持っている。これらの生命を私たちは日々食して自分自身の生命を保っている。よって,私たちは食事をするときには必ず帽子を脱ぎ,頭を下げ,手を合わせて「あなたの命をいただきます」と拝むのである。
生殖器も大自然も共に生命をもたらす不思議でありがたい存在である。子々孫々の繁栄を願って,生殖器崇拝と自然崇拝とが結びつき,融合し,生活に密着した信仰となっているのである。以下,代表的な事例を挙げる。
山の神様はなぜか醜い女とされている。よって,山に女性が登ると山の神様が嫉妬して遭難させてしまうという。美人は特に気をつけなければならないだろう。昔は,山は神聖な存在なので女人禁制とされていた。その理由として,女は汚れているからとのことであった。これは男が勝手に決めたことであろうが,山の神様が醜い女とされた理由はわからない。いずれにしても,山の神様は醜い女なので男には縁がない。そこで,男が山に登ると山の神様はお喜びになるという。山の神様にいっそう喜んでいただくために,山に登るときにはチンポコをお供えする。通常は登山口にある神社や祠にチンポコの形をした石,もしくは木で形づくったものをお供えする。あるいは,自分のチンポコを引っ張り出して山の神様によくお見せする。そうすれば山の神様はたいへんお喜びになり,絶対に遭難することはないし獲物もたくさん獲れるという。
チンポコの代わりにオコゼを干したものをお供えする場合もある。オコゼは魚であるが,醜い女の代名詞ともなっているため,山の神様は自分と同じ醜い女を見て安心するのだそうだ。古来より女性の美しさの順位は,華人,麗人,美人,ベッピン,並,ブス,ペチャ,オコゼとなっており、オコゼは最も醜い女の代名詞となっている。実際にオコゼの顔を見てみると,この魚を最初に食べた人は偉いと思ってしまう。もっともこの魚は非常にうまい。数があまり取れないので魚屋に並ぶことはめったになく,オコゼを食べるのは漁師や釣り人の特権となっている。
日本各地の山のふもとにはチンポコを奉ってある神社がある。中には身の丈ほどの巨大なチンポコが鎮座しているところもある。若い女性がこのチンポコの先をなでると安産で子宝に恵まれるという。山村に住む人々は,遭難回避,豊猟,子孫繁栄などを願ってチンポコを拝むのである。
大地の神様であるお地蔵様は通常,農村にあるY字路の道が分かれるところ,すなわち,股ぐらのところに鎮座している。お地蔵様がチンポコの形に似ているので,その頭をなでて大地の恵みや子宝,子孫繁栄などを願うのである。
日本各地にある洞穴の奥には通常,弁天様が奉ってある。弁天様は水の神様であるがアナポコの神様でもある。よって,水から恵みを得て生活する漁村の人たちが,海難回避,豊漁,子孫繁栄などを願って弁天様を拝むのである。日本三大弁天の一つである神奈川県の江ノ島には裸弁天というのがあって,昔は島の裏側にある波の侵食でできた洞穴の奥に奉られていた。文字通り裸であり,からだ全体は白っぽく塗られているが,アナポコの部分だけが赤く色づけされ,なまめかしく描かれていた。昔は薄暗い洞穴の中で目を凝らして見たものであるが,現在は明るい弁天堂の中に奉られている。しかし,肝心の部分は見られないようになっている。
日本各地にある池の,その真ん中に島があると,そこには必ず弁天様が奉られている。たとえば,東京上野の不忍池である。なぜ,弁天様なのかというと,それは水の神様であるというだけでなく,地形を見ればよくわかる。池の真ん中に島があって,島に渡る橋が両岸から架けられている。そして,池の周囲には葦が生えている。この地形を地図上で見て,その概略を描いてみると,二重の円を描き,その中心に一本の線を引き,外側の円の周囲に葦が生えている様子を描けば例のアナポコのシンボル・マークとなる。よって,このシンボルマークは神様を表しているのである。