「お父さん、眠れていますか?」

こんな文章
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 最近「お父さん、眠れていますか?」というようなポスターをよく見かけませんか?これは睡眠キャンペーンの一環として政府や自治体が展開しているものです。睡眠障害が続くとうつ病になる人が多いということから、睡眠にテーマを絞り、早期に体の不調に気が付くようにして専門医への相談を促す狙いがあるようです。
 確かに、健保組合のレセプトを分析していると、就業しつつも抗うつ薬をもらっている人が増えてきていることに気付きます。そこで、寝不足の人(睡眠障害が疑われる人)は、寝不足ではない人と比べて医療機関にかかり始める割合が多いのかどうかを調べてみました。
 まず、企業の健保組合の被保険者(社員)を、健康診断の標準問診項目である「睡眠で休養が十分とれている(「1:はい」「2:いいえ」)の回答内容で2群に分けました。その上で、各群の健診(問診)後の「うつ病」診療開始、及び診療開始後の抗うつ薬処方の関係を調べました(図1)。その際、うつ病はICD10の「F32:うつ病エピソード」とし、疑い病名も含めています。また、抗うつ薬は「気分安定薬(抗躁薬)」、「選択的セロトニン取り込み阻害薬(SSRI)」、「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)」、「その他の抗うつ薬」を対象としました。
 今回対象としたのは、2008年4月~2009年3月に健診を受けた12万5635人の中で、健診前の半年間にうつ病としての医療機関受診があった人を除外した12万3131人です。「睡眠で休養が十分とれている(1:はい)」が6万5279人、「とれていない(2:いいえ)」は5万7852人で、年齢分布は表1の通りです。
診療開始率は0.5~1.6%
 睡眠十分群と不足群の健診後1年間のうつ病診療開始の割合を見ると、不足群のほうが有意に高い割合で「うつ病」の診療を開始していました(図2)。ただし、診療開始率自体はそれほど高いものではなく、最も高い20歳代の不足群でも1.6%です。なお、今回の分析においては、対象にした企業群におけるメンタル対策の違いなどは考慮に入れていません。
 また、診療開始率は、年齢によって若干の差はありますが、不足群が十分群の概ね2倍といったところです。私は、思ったより差が小さいと感じたのですが、皆さんはどうお考えになりますか?
 次に、うつ病の診療を開始した人の中で、診療開始から3カ月以内に抗うつ薬の処方があった患者の割合を見ると、健診の結果に関係なく、同じような割合の患者が抗うつ薬の処方を受けていることが分かります(図3)。また、健診後1年以内の診療開始率は若い年齢ほど高い傾向が見られましたが、抗うつ薬の処方割合に関してはそれほど顕著ではありません。
 このデータから見る限り、診療開始から抗うつ薬処方までの期間は、健診時における睡眠不足の自覚の有無や年齢とは、直接的には関係していないようです。
睡眠不足の若年層ほど早期に診療開始
 先のデータは、健診から1年以内にうつ症状の診療を開始した人を対象としましたが、次は、健診から診療開始までの期間を、より細かく分けて見ていきたいと思います。図4は、健診後「半年以内」にうつ病の診療を開始した人のデータです。
 「1年以内」に比べると、若い世代(20歳代と30歳代)で特に、睡眠十分群に比べて不足群の診療開始傾向が強くなっています。若年層の方が、中高年層に比べると、睡眠不足の自覚が受診につながりやすいのかもしれません。最近は、若い世代で非定型うつ病(現代型うつ病)が増えているといいますが、そんな傾向も影響しているのでしょうか。
 では、健診後「半年~1年」ではどうでしょうか?「半年以内」に比べると、睡眠十分群と不足群の診療開始率の差はわずかです。また、年齢による顕著な違いも見られません(図5)。
 今回の調査からは、
(1)健診時に睡眠不足の自覚がある人は、そうでない人に比べてうつ病での診療開始率が高い
(2)健診時に睡眠不足の自覚がある人は、そうでない人に比べて早期に受診する傾向がある
(3)早期に受診する傾向は、睡眠不足の自覚がある若い人ほど顕著
(4)健診から日が経つと、睡眠不足の自覚の有無や年齢と診療開始率との関係が薄れる
といったことが浮かび上がってきました。
 もちろん、スクリーニングの要素としては、健診時の睡眠に関する問診だけでは不十分でしょうから、他の要素を併用すればもっと興味深いデータが導き出せるかもしれません。機会があれば、睡眠不足の自覚の有無や年齢と、診療開始後の回復期間の相関関係なども調べてみたいと思います。