私が現在勤めているクリニックは、患者教育や患者サポートがかなり充実している。それらの業務には、患者のフォローアップに看護助手(certified nursing assistant:CNA)やメディカルアシスタント(medecal assistant:MA)があたることが多い。
CNAは採血、バイタルサイン、食事介助など、看護師のサポートを看護師や準看護師の監督のもとに行う職種で、3カ月から6カ月程度のプログラムの受講が必要となる。また、MAは認定資格ではないが、やはり2カ月から6カ月訓練し、外来を中心として、採血やバイタルサイン、さらには心電図や尿検査などの検査や受付を担当する。
私たちのクリニックでは、毎日、医師やナースプラクティショナー(NP)一人につき、一人のMAがついて、手助けしてくれる。彼らが診察室まで患者を案内し、主訴を聞き、バイタルサインを取り、アレルギーやタバコの有無について聞き、糖尿病の患者さんの場合は足の裏の感覚をミクロフィラメントで検査してから、私を呼びに来てくれる(この話をすると「看護師は何をしているの?」と不思議がられることがある。看護師は患者のトリアージや電話での相談、予防注射の実施、緊急患者のER搬送を行っている。また、MAの訓練も看護師の仕事である。医師やNPが多い日は10人程度働くクリニックに、看護師は毎日1~2人しかおらず、彼らは大忙しなのだ!)。
ヘルスコーチのイリスさん。手にしているのは「炭酸飲料の中に、どれだけ砂糖が入っているか」を示した模型。
私たちのクリニックで働くMAたちの9割以上はラテンアメリカか中国からの移民で、高等教育しか受けていない人が多い。年収は看護師より安く、職業別の給与水準や求人が掲載されているWebサイト「salary.com」で調べてみると、物価も人件費も高いマンハッタンでさえ、CNAやMAや年収200万円後半から300万円前半が平均のようである。そのため、中にはMAとして働きながら、看護師になるために夜間大学に通っている人もいる。
さて、そんなCNAやMAのうち、特に優秀で経験豊富な4人は、私たちのクリニックでは、「ヘルスコーチ」(注:一般名称ではない)と呼ばれ、患者教育の一部を担っている。看護師の指導のもと、勉強をし続けている彼女らは、糖尿病と高血圧についての知識、そして、基本的な栄養指導も身につけている。
最初にここで働き始めた時は、教育期間の非常に短い彼らに患者教育などを託して、大丈夫だろうかと不安に思った。以前働いていたクリニックでは、知ったかぶりをするMAのおかげではらはらした経験があったからだ。術後に患者がほてりを訴えるのを、「閉経が近いからじゃないの?」と言ってMAが一笑に付していたのを廊下でたまたま聞き、慌てて検温するように指示した経験もある。
しかし、ヘルスコーチたちはどこまで自分たちで判断できるかを慎重かつ的確に判断し、医師やNPよりももっと近い距離感で話を聞き出しているようだ。
例えば先日、インシュリンを使ってもHbA1Cが8.0%と糖尿病がコントロールできていない40代の女性を診た。「血糖値を測定したのは数週間前で、数値は覚えていない」という。そこでヘルスコーチの一人にどのような食事が血糖値に影響を与えるか、正常な血糖値とは何か、などの教育をお願いしたのだが、同じラテンアメリカの出身ということもあって、気軽に話せたせいか、女性は血糖値測定器を実はなくしてしまっていたことをヘルスコーチに打ち明けたのである。
ヘルスコーチはすぐに女性の保険会社に電話し、新しい測定器が保険でカバーできることを確認してくれた。その上、私の名前で測定器や穿刺器の処方せんを書いてくれ、NPの私はサインをするだけで済んで大変助かった。
その後も、ヘルスコーチたちは1週間後に患者さんにに血糖値の確認のための電話し、3日分の数値を聞き出し、気分は良いこと、飲んでいる薬を確認し、数値を私に電子カルテで回してくれた。それを基に、私はインシュリンの使用量を増やす指示をヘルスコーチにし、患者に連絡してもらった。
もし女性が電話中に、「そう言えば昨日から、頭が痛くて…」と、糖尿病に関係あれなかれ、何らかの症状を訴えれば、ヘルスコーチはすぐに電話を看護師に回していたはずだ。そして、そのような連絡を受けた看護師は、電話で症状を聞き出し、診療の必要の有無を判断し、私の診察の予約を取っていただろう。
糖尿病だけではない。血圧の測定器は、クリニックが数台所有しており、医師やNPの判断で、必要な患者に貸し出せるようになっている。患者に電話でかけて血圧を聞き、私たちに連絡するのも、ヘルスコーチの役目である。
血圧が不安定な患者のフォローアップなどは、以前働いていたクリニックでは医師かNPが行い、診療報酬を得ていた。しかし、患者さんの中には白衣高血圧症の人もいる。家での血圧は気になるし、電話で済むというのは、働いている患者さんにとっては利便性が高い。もちろん、保険会社がヘルスコーチの給料を払ってくれたり、電話することに診療報酬を支払ってくれるかというと、そうではない。それでも積極的にヘルスコーチが関与している背景には、現在働くクリニックの、保険会社との契約がある。
私の働くクリニックは、いくつかの労働組合の健康保険と契約し、労働組合に所属する人々を診るようになっている。労働組合が採用している保険は「Capitation」というシステムになっており、例え患者が何回私たちにかかろうと、かかるまいと、1カ月につき一定の金額が保険会社からクリニックに支払われる。患者が仕事を休まず、電話越しにケアを受けられれば、そして、より多くの重度な疾病を予防できれば、労働組合は得をするわけだ(そして、クリニックはより人件費の安いヘルスコーチで患者さんの症状を抑えることができれば、利益が増す!)。
私たちのクリニックの場合は労働組合の患者を診ているので、特殊な状況ではある。だが、CapitationはHMO (Health Management Organization) で有名になったものであり、労働組合がかかわる医療機関以外でも存在しているのだ。
患者をできるだけクリニックに呼び戻すように、とボスに言われていた以前の職場から、このような職場への転換は戸惑いもあった。しかし、患者を健康に保てば保つほどクリニックが潤うという構図は、医療従事者として、“it feels right”(気が進む、ほっとする)なシステムだ。もちろん健康を保つことはどんな助けを持ってしても、患者さんによっては、大変難しい。ただ、ヘルスコーチや看護師のような助太刀がいれば、違いはあるはずだ。
それにしてもかの40代の女性、次のHbA1Cはもう少しましになっていてくれるだろうか?