神田橋双極性4

4)rapid cyclerへの精神療法、薬物療法、家族への対応などのポイントについて教えてください。

rapid cyclerというものは、ほとんど抗うつ剤によって作られていると思ってください。抗うつ剤も長く使わない方がいいです。持続的に使うものではない、と思っておいてください。

持続的に使うのは気分安定化薬です。その次に抗精神病薬を使います。それまではうつであっても、抗うつ剤を使ったらダメですよ。パキシルがいいといっても(会場笑)、ね。それである程度、イライラはしなくて、情けなくて、元気がないような、波があんまりないようなうつ状態を作って、それから抗うつ剤を出すんです。

抗うつ剤のファースト・チョイスは薬屋さんにゴマをするわけではなくて、私はパキシルを使うか、デプロメール(フルボキサミン)を使うか、どちらかです。デプロメールは強迫症状の人に使うことからわかるように、どうにかすれば強迫症状を起こさせることができそうな感じの人はデプロメールを使うし、それからもっと素直な、いい人の場合はパキシルを使います。

私はパキシルを夕方使うと眠れんようになると思って、朝、使うんですけど、こないだ薬屋さんに聞いたら、逆に眠くなる人がおるんで、夜、使うという方法もあるらしい。それは本人に聞いて、どっちでもいい。私は朝、使う方がいい例が多いように思います。まあケースバイケースでしょう。

抗うつ剤を使って、持ち上げたり抑えたりとrapid cyclerを作らないようにしてください。rapid cyclerというような状態になっている人はリチウムが効きにくいです。いちばん効くのはテグレトールです。どうしてだか知りません。そしてだんだんおさまってくると、リチウムに移ったりします。なぜでしょう。わかりません。

5)長期間の治療歴(10,20年以上)を持つ双極性障害の患者さんの配偶者(特に妻)慢性の疲弊、本人への無頓着、無関心・・・・・に対面、対応する際の心構え、工夫について。特に「治療者」が本人と配偶者、家族の板ばさみになる状況が容易におこりうるので・・・・・。

慢性の人で、家族がくたびれるのは薬物療法がうまくいってないのだと思います。そして「精神の持ちようなんかで変わるものではなくて、春夏秋冬みたいなもので、波が来たときは台風と同じ」と家族や本人に言うのが定石です。脳の病気。躁状態のときは、だいたい酔っ払いに接するのと同じように接するしかないです。

私は躁状態の人と接するのが好きでね。躁状態の人を入院させるのが上手よ。「あんたっ、入院せにゃっダメじゃがね。ほらっ、もう保護室とわかるじゃろぅ。あんたもようわかっとるから保護室。はい、行きましょ」とか(会場笑)。初診の人でもね。上手です。

6)双極性のうつ相での抗うつ剤の使用についてご意見をお聞かせ下さい。

これはもう言いましたね。はい、次。

7)ご本人は「もう少し元気でありたい」と抗うつ薬を希望されることが多いようです。そして躁転されることがあります。御助言よろしくお願いします。

本人は「もう少し元気に」と言う。これが困るのよね。ちょうどいいくらいと思うのに、本人は「もうちょっと元気に。これはまだうつですよ」とか言うの。「うつじゃない」って、「前からこのぐらい」って言うけど、これは説得するのは難しいですね。「これじゃあ人生がつまらん。面白くない」とか「生きがいがない」とか言って、これはね、難しい。これは答えられません(会場笑)。もう押し問答です。

どうしても本人が言うことを聞かんときには、私はデジレル(トラゾドン)を使います。デジレルは、みなさんどういう感想をお持ちか知りませんが、気分はよくなるけど、活動性が全然出てこない薬のような気がするんです。デジレルを出すと、なんかニコニコして「いいです」とか言って、活動性は全然出てないんだけど、本人は気分がいいから、それで勘弁願うというふうにします。お使いになってみてください。

私はデジレルで躁転したケースがありませんので、いいかなと思います。アナフラニール(クロミプラミン)とかを使ったら躁転します。パキシルもいかんです。

8)バルプロ酸ナトリウムと炭酸リチウムの使い分けのコツについて教えてください。

なんかちょっと、長く付き合いたくないような人はバルプロ酸。もっと別な言い方をすると、何か特別な才能があるような人も、バルプロ酸になる場合がありますね。特異な才能、芸術とか。はい。

9)気分安定化薬について

       神田橋先生が以前どこかで話された「友達になりたい人にはリチウム」「精神病に近い感じの人にはCBZ」というのが個人的な臨床の印象にも近く気に入っています。スタビライザーは時間の経過を少しひきのばしてくれて精神療法がしやすくなるという印象を持っていますがいかがでしょうか。

「スタビライザーは時間の経過を少し引きのばしてくれて精神療法がしやすくなるという印象」というのがよくわかんないのだけど、これを質問なさった先生、「時間の経過を少し長くして」というのはどういう感じですか。

S(○○病院) はい、自分は精神療法のトレーニングとして行動療法でだいたいやっているんで、例えば体調の変化であるとか、睡眠時間の変化であるとか、そういったものが全然自覚もできずに動いていたものが、少し会話ができるというんですか。「あなたは、こうなったらこうなるよ」とか言うことができる。そんな感じです。

神田橋  本人が自分に対して余裕が持てるような感じですね。そうなると、こちらも参加して一緒に、「こうだね」とか、「最近、睡眠がだんだん短こうなってきとるがね」とかいうようなことを言う間があるということですね。それは全くそうだと思います。

気分安定化薬である程度、落ち着いてきたときに、すぐに抗うつ剤を上に乗っけるよりは、今、先生がおっしゃったようなやり方でやってみて、できるだけ抗うつ剤や他の薬を乗っけるのを、なんとか少しでもせんですむ方がいい。そういう意味での、日々の生活のあり方を一緒に工夫する精神療法にはとても賛成です。

そしてそのときに束縛がない、自由度が増える、自己裁量の領域が増えるのが大切です。やりかけたことを最後までやり通そうと思うと束縛になりますから、嫌になったら「後はまたいつか気が向いたとき」とか言って放っておいて、別なことをするようにするといい、と言ってあげます。

それから子どもの場合は、「あなたはラジオをつけながら勉強をした方がしやすいか、ラジオなんか消して勉強した方が集中できるか。両方を試してみて、いい方を選んでください」と言うのがいいですよ。これはとてもいいです。たまにはテレビをつけながら勉強をした方が、はかどるという人がいるんですよ。そういうことはあり得ないという間違った教条を、親やなんかに吹き込まれていますから、なんでも実験してみて、いい方がいいんだと、そうでしょ。

それはエビデンス・ベイスドですよ。1例交差試験というのがあります。あれがいちばんエビデンスの中で価値が高いんですよ。こっちをしてみて、あっちをしてみて、それは汎化はできないけど、そのケースについては、いちばんのエビデンスですよ。して悪かったか、してよかったか。

高校生ぐらいで躁うつの波が起こってきたと思える人には、部活をやめたとか、ピアノを習っていたのをやめたとか、剣道に行ってたのをやめたとかいう人が多いです。で「何のためですか?」と聞くと「勉強に集中するため」と言うけど、かえって勉強に集中できないの。「また部活を始めなさい」と言うたら、勉強するための時間が減るから、部活の代わりにテレビをつけながら勉強したらいい。こうすると、集中できるんですよ。

短時間の集中を断続的に繰り返すような勉強が、つまり‘ながら族’が、双極性障害に親和性の高い人にはいいのです。

突然、話が変わりますが、ピカソはカンバスを3枚くらい立てて、ここに粘土を置いて、ここに溶接の道具かなんかを置いて、こっちをして、あっちをして、とかだったらしい。あの人が躁うつ病だったかどうかは知らんけど、少なくともそれに近い気質の人だったんでしょうね。

だから作品が多すぎて、遺産相続に困ってるでしょ。全部に値段をつけ終わるのに後100年ぐらいかかるとか。お城2つにぎっしりつまってる。お城にいっぱい作品がつまったら、そのお城を封印して、また別のお城を買って、お金はいくらでもあるから、またそれもいっぱい作品がつまって、3つめのお城で死んだらしい。1つが何憶もする作品だから、そのリストを作って、全部に値段をつけるのに、100年くらいかかるのではないかということです。

10)最近、古典的‘うつ病’は減って昔は‘神経症性うつ病’としていたいわゆる‘擬態うつ病’(文芸春秋2004年8月号)が増えているように思われる。‘うつ’表現の神経症が増えたのか、それとも昔から日本人は‘うつ的’だったのか。

これは面白い。‘擬態うつ病’という言葉があるんですね。私は知りません。

「昔から日本人はうつ的だった」というのは、前からよく言われています。うつ的な人は、日本ではだいたい人間としての評価が高いですよね。軽躁的な人は「おっちょこちょい」とか、あまりよく言われないですけれど。だから日本人はうつ的なものが多いし、それが、価値が高く言われていたのは昔からそうだと思います。

S氏(F病院)  神田橋さん、‘擬態うつ病’というのは、文芸春秋に書いた人の作った言葉で、先生が言った、要するに人格障害みたいになっちゃってる例が増えているよということで、人格障害が増えてるのに、うつ病と言っちゃうから問題があるんじゃないかという話なんです。だけど先生の話だと、もともと躁うつ病なのに、人格障害だと言っちゃうからまずいということだから。

神田橋   そうですね。私は世の中が窮屈になってると思うんです。窮屈っていうのは、私は標語を作るのが楽しいから標語にしてますが、本当のうつ病って言うかな、今、増えてる自殺したりするようなうつ病は「徒労感によって生じる」、それから、躁うつ病的な波のある体質の人は「不自由感によって波が大きくなる。そして病院にかかるようになる」と言っています。

ただ、私のところには、徒労感によるうつ病の人はあんまり来られません。なぜかと言うと、インターネットで見て、どこに行ってもうまくいかなかった人が来るもんですから、ほとんど扱い壊された双極性障害の方が来られるので、もう全然比率が違います。だから、どれが増えたのかはちょっとわかんないです。

11) 双極性障害に対する加齢の影響についていかがでしょうか。

神田橋  これがね、私も関心持ってるんですが、よくなっていく人もいるけど、70歳、80歳になっても波のある人が普通です。

中にね、加齢とともに痴呆のようになる双極性障害がありますでしょ。あれが何なのかわからない。薬をずっと飲んでいるせいなのか。きれいな躁うつで、いいときはずっと社会的な仕事をしていた人が、痴呆のような状態で沈殿してるんですよね。うちの病院にも一人か二人、入院しています。あれは何だろうって思ってわかんないんです。薬によって起こってるのかな。

一般論として、だんだん波が伸びるとか、短くなるとか、頻度が変わるかいうことはないと思います。I病院に来て20年近くになりますので、長く診ている患者さんもいますが、あまり変化がないですし、薬の量が少なくなるという感じも持ちません。抗精神病薬は当然、年をとってきますから、少なくなりますけど、気分安定化薬の量が変わっていくような印象は持っていません。これで終わりますか。

K氏(MC)  先生、どうもありがとうございました(拍手)。 せっかくの機会ですからフロアからご質問を受けたいと思います。

質問者  K大病院精神科のMと申します。双極性障害に関して、ほんとうに丁寧な臨床のエッセンスをありがとうございました。ひとつだけちょっと場違いですけれど、お聞きします。今、先生がおっしゃった双極性障害に使われる薬というのはバルプロ酸とかリボトリールとかは、てんかんの薬ですよね。おそらく今度出てくるラモトリジン、ご存じと思いますが、ラモトリジンという薬もそうですね。

神田橋  いや知りません。

質問者  すべて向こうで出ている薬というのは抗てんかん薬でありながら、同時に気分安定化薬なんですね。つまりエピレプシーとバイポーラーはどう違うのかという話も含めて、なんであるのかなあということについて、先生の発想というかご意見をお聞きしたい。私自身、興味があってですね。

神田橋  それは私も、なんでだろうと思ってます。それで、てんかんの薬は効きゃせんかなと思って、どうしても波が収まらない人にエクセグランがいいんじゃないかなと思って出してみたら、全然効きませんでした。だけど、かたっぱしからてんかんの薬ですよね。

質問者  今後出るのはほとんど全部、そうですね。なんでだろうなと思って。

神田橋  なんででしょうね。これはなんでだろうと考えるところから。

質問者  おそらくおっしゃるとおりで、発想して、そこからおそらく研究にしても、臨床にしても、プレグナントだと思うんですけど、そういう意味で先生に何か発想でもアイデアでもありましたら。

神田橋  私はてんかんのことを知らんから。

質問者  チャンネルの問題とかですね。おそらくリチウムはそういう意味ではあまり関係ないわけでして、だからそのそういうことも含めて、発想があってそのアイデアからおそらく臨床の研究も進みますので、何か教えていただけたら。

神田橋  けいれん発作を誘発するような薬を使ってみるというのは、人間ではできませんね。動物の研究のときにね、ひょっとしたら、何かできるかも。

質問者  スキゾフレニアの場合にECTをすることで効く場合もあるのかもしれませんし、バイポーラーもそうでしょうけど、たとえばけいれんも、あれはけいれんが起きたことによって治るみたいな話になっているので、なんか逆かなという気もしますし、例えばですね、それをすごく知りたいなと思いまして

神田橋  それはほんとに、何だろうねといつも思うんです。次の薬もそうらしいという噂は聞いてますのでね。

質問者  はい、ほとんどそうです。

神田橋  面白いですね。誰か研究してください。どういうふうにして研究したらいいですかね。

質問者  多分、トランスミッターのレベルとか、そういうレベルではないのじゃないかなと。抗うつ薬だってそういうレベルでは、もはや研究はされ尽くされて、違うところでやってますよね。多分、まったく違う発想でやるしかないし、まったく違う発想が生まれるとしたら、それはおそらく普段の臨床でしかないわけで。

神田橋  そうですね。もうずっと考えてて、わからんのでもう考えんことにしてましたけれど、またしょうがないから考えてみます。

質問者  また教えてください。ありがとうございました。

K氏(MC)  ありがとうございました。他にはいかがでしょうか。

神田橋  私がやっている‘気’で薬を決めるのを、誰か物好きに練習してくれる人がおらんかなと思うんですけどね。でないと、もう私もそう長く生きないから、技術も消えてしまうかな、悲しいなあと思って、まあしょうがないかな。芸は一代と言うから。

K氏(MC)  どうもありがとうございました。双極性障害が同調性の病であるということ、また社会の中でその同調性をどう育てていくか、それが治療の目標であるというエッセンスだったと思いますし、先生の語られた臨床の一駒一駒は、私たち振り返ってみれば、みんな同じような場面を経験していると思うんですけど、どうも先生のように場面を読み取れていない。先生のように臨床が発見に満ちていると、本当にやってて楽しいだろうなぁと、そういう中で患者さんもよくなっていくんだろうなぁという気がしました。本当に臨床の魅力あふれる大変楽しいひとときを過ごさせていただきました。どうもありがとうございました(拍手)。

■躁状態の沈静化

躁状態にあっても気分安定化薬が中核となるが、多くの場合、沈静化のための抗精神病薬の併用が必要である。統合失調症の興奮を沈静化するのに有効な、またうつ状態のイライラに有効なレボメプロマジンは退行した接近傾向を増大させるので、躁状態には好ましくない。

躁状態の沈静化での第一選択肢はロドピン(ゾテピン)である。治療者側が腹立たしく感じるとき、つまり一貫して充分に会話や気持ちが通じあう躁的興奮には、ロドピンが有効なことが多い。また血中尿酸値の高い人にロドピンの適応があるようだ。

精神的病状が加わって、話が通じあえない場合が出没する躁状態にはトロペロン(チミペロン)を選択する。

症状としての言動や気分が変転して、治療者側が「お手上げだ。どうしたものか」と困惑する状態には、ニューレプチル(プロペリシアジン)やバルネチール(スルトプリド)が有効なことがある。

なお躁状態には、その人の隠れた欲求や才能が露出するという作用があるので、それを観察しておき、後日、日常生活の中で発揮するように指導すると、波を小さくする精神療法の効果がある。

なお、この講演の後、数年間にわたり躁状態が続いていた1症例に、リチウムとマイスタン(クロパザム)を併用して、劇的に沈静したという経験をした。