■観察
診断に入ります。新患の例で話してみましょう。新患の患者さんが来ますと、私は必ず廊下に出て、「新患の誰とかさぁん」と呼びます。そうすると向こうから患者さんがこられます。
そのときに、そこがDSMと全然違うんですが、その歩いて来る患者さんが、病院という新しい環境ですから、いろんな初めての人がいますし、私の呼びかけも新しい刺激ですが、そうした馴染みのない状況に、どのように同調しようかと工夫しながら、つまりコミュニケーションのすり合わせをしようというような、たとえば怖い人だったら卑屈にするとか、親しそうな人だったら自分も少し心をオープンにしようとか、そういう自分の態度を決めるために、情報収集のための観察行動をしながら、こちらに近づいて来ている感じがあれば、この人はひょっとしたら双極性障害ではないだろうかと考えます。
そのときはまだ主訴も何にも聞いてません。だからDSMと全然違います。何も聞かないうちに診断が始まっているのです。
■面接
双極性障害の部類ではないかと思う人がいたら、例えば「わぁ、遠くから来られたのね。たいへんだったでしょう」とかいうようなことを言うの。情緒的なコミュニケーションを投げるわけ。そしたら「いやもう、道に迷いましてね」とかいうような応答が出てきたら、もうマルですね。これでだいたい診断は決まる。まだ、主訴も何も聞かないんですよ。聞かないけど、情緒的な因子で、これは双極性障害の範疇だと思う。それから主訴を聞いたりなんかします。
で、大抵は、うつで病院に来るんだけど、あるいは少し乱暴になったとかいうようなことで家族が連れてくるんだけど、双極性障害の範疇だと思ったら、次の2つを必ずやってください。
1つは「ひょっとしたら、あなたはもともと波がある体質かもしれない」と言う。「そういう躁うつ体質というのがあるんだ」と言う。で、「それはだいたい中学から高校の頃には自分でわかっているから、振り返ってみて、中学、高校の頃に好調の時期、不調の時期というのがありませんでしたか?」ということを聞いてください。これでだいたい6~7割りぐらいは、本人の自覚が得られます。それが1つ。
それから、躁うつ病は遺伝かどうか、まだはっきりしていないらしいですが、私はやっぱり遺伝だろうと思うんです。私はいい加減だから、「これは体質だから、遺伝です」と言い切るの。で、「あなたはこの体質を、お父さんの側から受け継いだか、お母さんの側から受け継いだか、どちらかだ。どっちかの方に、あなたと同じような波のある人がいるんじゃないかと思うけど」と言ってみるんです。これもまあ結構、いい線いきます。まあ6割ぐらいですかね。
で、その2つが合致すれば、主訴なんかはもう何でもいいんです。主訴は何であれ、強迫症状であれ、双極性障害を基盤にした何とかかんとかです。双極性障害を基盤にしたパラノイア、あるいは強迫、あるいは非行、あるいは家庭内暴力、不登校、何でもあります。過食、食べ吐き、リストカットもそうです。そしてまず、気分安定化薬を使うんです。
ところが近ごろこまるのは、バージン・ケースではない人がいっぱい来るの。インターネットで誰かが推奨するもんだから、私のところにいっぱい来るんです。バージン・ケースではない人がね。そういう人はほとんど双極性障害ですが、それらの人は、ほとんど次のような病歴です。これを覚えておいてください。
これは悲惨な治療経過の典型的な流れです。はじめ、うつ病とか、神経症の症状で、精神科に行きます。そして抗うつ剤や抗不安薬を投与されて、一生懸命に診療されます。
なぜ一生懸命、診療されるのか。患者さんがお医者さんに合わすタイプの人だもんだから、ついつい先生も情が移って熱心に治療するようになる。「こうしてごらん」と言えばちゃんとしてくるし、した結果を先生にフィードバックする。行動療法では、普通は先生が患者にフィードバックする。そうじゃなくて患者が、先生にフィードバックをちゃんとするものだから、先生の診療行為に報酬が与えられて、熱心な診療行為が行動療法的に強化されて(会場笑)、そしてだんだん、だんだん患者が訳がわからんようになる。
そしてこれを覚えておいてください。突発的に不安が起こるようになりますと、不安時に飲むようにマイナートランキライザーが出されます。出されますと、まず1年以内に手首を切るようになります。手首を切ったり、薬をがばっと飲んで救急車で運ばれたり、物品を壊したりするようになります。
そうするとそこで診断名が。それまで1年、2年そうじゃなかったのに、3年目か4年目くらいに「この人は人格障害を基盤にした神経症だ」という診断が確立するんです。もうそういう人ばっかりが、私のところに来るんです。
なんでこんなにうまく人格障害になるんだろうと思いますが、それはほとんどの精神科医が、患者さんの一生懸命すがってくるという行動によって、操作されている。患者が意図的に操作しているわけではないんだけれど、行動療法的に巻き込まれて、そうなってしまうんです。
■フラッシュバック
一言で言いますと、双極性障害が統合失調症と誤診された原因の大半は、フラッシュバックです。だから幻聴だと思ったときには、フラッシュバックではないかと考えてみてください。
フラッシュバックは中井久夫先生がおっしゃっているように、抗精神病薬が効かないんです。効かないものだから、「これは難治性の統合失調症だ」というので、どんどんメジャートランキライザーが増やされて、全然効かないんです。そのうちにあんまりメジャーが多いから自発性がなくなって、自閉的になって、能動性がなくなって、一見したところ、立派に慢性の統合失調症のようになります。なりますっていうか、悩む能力もなくなって、ぼうっとなりますから、後は作業療法やSSTをやらされています。
いちばんひどかった人は、あれには、私はいまだに怒ってるけど、東京のクリニックで何ヶ月か治療されて、「もうあなたは治らないから、郷里に帰りなさい」と言われて、職を辞めて、帰ってきた。それで「どういう病状があるんですか?」と聞いたら、「幻聴があります」と。「その幻聴は今もありますか?」と聞くと、「今もあります」と言うので、「どのくらいありますか?」と聞いたら、「だいたい1秒の半分ぐらいあります」と言う。ぴょっこさぴょっこさと、1秒の半分ぐらい聞こえる。そんな幻聴があるわけない。
なんでそれを東京のクリニックの精神科医は聞かなかったんだろうと思ってね。で、「どんな幻聴ですか?」と聞いたら、「悪口を言われます」と言う。そこまでは聞いたんだろうね。で、「誰がその悪口を言うんですか?」「前の職場の課長です」。課長からいつも「ばかたれ」とか「能力がない」とか悪口を言われていたのが、そのまま聞こえる。「他の人は言わないんですか?」と聞いたら、「他の人が言うことはありません」と言って。それはフラッシュバックですよね。ひどい話だ。
これは今、診断の話をしてるんですよ。さっきの14~31歳までの人もいっぱい幻聴があると思われて、治療されてきたんですが、それは何か。いじめなんです、いじめ。小学校、中学校時代のいじめでいろいろ言われているの。「お前は死ね」とか、「人間じゃない」とか、いろいろと同級生やなんかに言われているんです。それが幻聴になっちゃった。
だけど今、出ているフラッシュバックは、それじゃないの。ほとんどが精神病院に入院しているときに、看護師やお医者さんから「君はもうダメだ」とか、「君みたいな人が立ち直るということはないから、一生、生活保護で暮らすしかないよ」とか言われたのが、全部フラッシュバックで出てくるんですよ。そうすると腹立つし、でも怒って、恨み続けるのは双極性障害の資質の人にとって、もっとも不得意かつ不健康な作業なので、大変だし、かわいそうなんです。
どうしてそういうことが起こるかと言うと、これは覚えといてください。双極性障害につながるような性格傾向を持っている人は、相手に接近して行って、相手と融和しようとしますので、いじめに遭うチャンスが、チャンスっておかしいな、危険がすごく高いんです。すごく高い。だからノーベル賞の田中さんみたいな人だったら、あまりいじめられないと思うんです。いじめても、あっちに行ってしまって、面白くないから。
いじめてもすり寄ってくるような人になら、毎日、いじめる作業も日々新たです。うまく人間関系を作る能力があって、いじめる人になんとか同調しようと思って工夫して、また寄ってくるから、違ういじめをやって、とてもクリエイティブなんだね、いじめる側にとって。そのせいで、いじめの対象になっている人がたくさんいます。
このメカニズムは内省心理療法で悪くされてしまうのと全く同じ構造ですし、内省心理療法でいじめ体験がフラッシュバックすることも多いのです。
ですから小中学校でいじめの対象になっていた人を診たときには、この人はひょっとしたら、双極性障害なムードスィングがないかと検討してくださるといいと思います。
■抗不安薬
次は薬物療法。薬物療法でいちばん覚えておいてほしいのは、抗不安薬。抗不安薬はちょっとならいいですよ、2週間とか1ヵ月はいいです。でも1年も2年も使って、だんだん量が増えてきて、種類がたくさんになってくると、必ず人格障害に育て上げられます。
中でもデパス(エチゾラム)です。デパスがいちばんボーダーラインやらリストカットを作る妙薬ですね。あっちゃこっちゃスダレに切ったりしてる人が来たら、「あなたはひょっとしてデパスを飲んでいませんか?」って聞くとすごく当たるの。ほとんど何にも聞かんでもね。
それは、ひとつは精神科以外の先生がデパスを愛用するせいもあるんです。短期間、使ったとき、デパスは安全で副作用のない、よい薬だから。それが裏目に出てる。だけど精神科医もよく出しますよ。
デパスが横綱だけど、ベンゾジアゼピン類似の骨格を持つ抗不安薬はすべて同じ有害性があります。ですから、「不安時にこれを飲みなさい」と頓服で抗不安薬を出している先生は、「今や、自分は人格障害を作る作業をしている」と思っていたらいいです。まず間違いないです。だからできるだけ抗不安薬を使わない。
それから睡眠薬もベンゾジアゼピン系の睡眠薬を使わない。できることならアモバン(ゾピクロン)、マイスリー(ゾルビデム)はそうでないから、そういうものを使ってください。
ある先生に聞いた話だから根拠薄弱で、本当かどうか知りませんが、世界で生産されている抗不安薬の40%は日本で消費されているんだそうです。それで、国際精神薬理学会なんかに行くと、「日本は無茶苦茶で、日本の精神薬理の人は何も分かっとらん」とか言われて馬鹿にされて悔しいとか、その先生は薬理をやっている人らしくて言ってました。抗不安薬をできるだけ使わないようにしてください。
じゃあ何を使うか。患者さんは「不安だ」って言うでしょ。そういうときに使うのは抗精神病薬。メジャーを使います。不安のときに頓服で飲むのにいちばんいいのは、レボメプロマジンの5ミリの錠剤の半分です、たいてい半分。「半分じゃきつい」と言う人は4半分。それを作りまして、ピルケースみたいなのに入れて持ち歩いて、どんどん飲めばいいです。
デパスなんかは一度に20錠ぐらい飲む人がいるけど、5ミリのヒルナミンの4分の1を20個も飲めませんよ。抗精神病薬はだんだん量が増えるということもありませんから、私は今までやってみて、レボメプロマジンがいちばんいいと思います。古い薬だけどいいですよ。だけど、これはもう扱い壊した人の治療。扱い壊された人にそうしてやっていけば、だんだん飲まなくてすむようになります。
■気分安定化薬
しかし基本は、扱い壊さない、ちゃんとした治療。それはどういうふうにするかと言うと、まず気分安定化薬を選定します。
気分安定化薬はご存知のように炭酸リチウムがありますが、リチウムがだいたい6割りの人に有効だと思います。面白いのはね、だんだんガチャガチャしてたのが落ち着いてきますと、ようやくリチウムが効くようになる人があるんです。そうすると65%ぐらいですね。だけど初めは、だいたい6割ぐらいです。
あとで質問の中にも出てきますが、リチウムが適応になる人は「一緒に飲みに行きたいな」とか、「今後とも遊び友達として付き合いたいな」とか、「しかし一緒に仕事をしたら、収支決算が合わなかったりするかもしれんから、仕事仲間としてはちょっとどうかな」というような、よい人。「好人物なだけが取り得」とかいうような、お人好しの感じの人は、たいていリチウムですね。
そして残りの4割のうちの半分ぐらいが、バルプロ酸です。バルプロ酸はなんていうかな、神経症的な症状がメインの部分として出てくる人に、バルプロ酸がいいようですね。こないだK先生が「アメリカではディスフォリアと言う」って。それはいい言葉だなと思った。ご機嫌が悪くなるような症状が、常にそうじゃなくて、ときどき不機嫌が出てくるような人。話しかけるときに、ちょっとこっちが気を使わんといかんような状態が出てくるような人には、いいようですね。
それから残りの2割のうちの半分ぐらい、つまり全体の1割ぐらいはテグレトール(カルバマゼピン)ですね。テグレトールは簡単に言いますと、とても躁うつの症状とは思えないような、つまり昔、非定型精神病と呼んでたような、あるいは分裂情動型とか言っていたような人にいい。ある極期には非常に激しい症状で、「絶対、保護室が必要」となったりするような人。「これが躁うつ病というのは、ひどい誤診じゃないか」とかいうような状態がある時期、出てくるような人がテグレトールの適応のようです。
そしてその残りの1割の半分くらいがリボトリール(クロナゼパム)なんです。あんまりリボトリールをみんな言わないけど、たまにリボトリールが効く人がいます。いちばん多いのは1.5~2ミリぐらいまでです。これはね、なかなか難しいんですが、極期に意識障害が出てくる人に比較的効く。意識障害が、ということは後で健忘が残ってくるような人にいいような気がします。そして良い状態のときの基本人格が、意欲の高い人がリボトリールの適応のようです。
私はOリングやなんかをやっていまして、今はにらむだけで、薬の量を決めるという変なことをやっていますので、それをみなさんに言うと顰蹙(ひんしゅく)を買いますから言いませんが、それができる人はそれでやってください。これはね、面白いの。患者さんに薬を見せると、「先生、これがいい」とか言う人がいて、飲ませてみるとそれが効きますからね。患者はわかるんですよ、分かる人は。
それで気分安定化薬を増やしたりして工夫してみてください。そしてイライラや不眠に、今のところ私がいちばんよく使うのはセロクエル(クエチアピン)です。セロクエルの25ミリを寝る前に1錠ないし2錠というのがいちばん多いのですが、イライラがひどい人には朝昼晩セロクエル25ミリを出します。そしてイライラの頓服にはレボメプロマジンを出すようにしています。
リチウムとバルプロ酸が併用になる場合もいくらかあります、なかなかコントロールできない人にね。この間送ってきた双極性障害の研究会のパンフレットには、リチウムとバルプロ酸とテグレトールとリボトリール、4つを併用してようやく鎮静した双極性障害の一例とかいうのがあったけど、そういうのもあるんでしょうけれど、私は知りません。私は2つまでですね。
それで、「今度、この薬をこういう目的で使うんだけど、どうだろうね」と本人と相談します。なにしろ協力する人たちですから、自分の飲んでいる薬を「これはよさそうだ」とか、「飲んだらこうだった」とかいうような作業に協力させれば、一生懸命にやってくれます。
まずこっちに協力するのが好きということと、それに自分が楽になるために努力するのは誰でも好きだから、2つの理由でうまくいきます。そうすれば、とても治療しやすいですよ。
■精神療法
だけど精神療法が大事なんです。
双極性障害を境界例状態に作り上げるためのいちばん手軽な方法は、抗不安薬を多種多様に出すことです、継続的に、ね。
それからもう1つは内省精神療法をやることです。内省精神療法がよくされてるんですよ。やると、患者さんが治療に熱心でしょ。だから「ちょっとしてみようかね」と思ってやると、一生懸命に向こうもついてきますから、どんどんやって、どんどん悪くなります。
それはなぜか。内省精神療法には向かない資質だからです。笠原嘉先生がまだ30代の頃、私が医者になったばかりの頃に、笠原先生たちがこうおっしゃっていました。「躁うつ病は分裂病よりもずっと自閉的だ」と、「ちっとも内省が深まらない」と、言ってたんです。そのときの笠原先生たちがとらえていた現象は正しいんです。不得意なんです、内省が。自閉的なんじゃないんですよ、全然。不得意なだけ。
かといって、双極性障害の人たちは自分の内側をフィールすることが不得意ではないんです。感知して、言語をくっつけて抽出することが下手なんです。向かないんです。フィールしたらそれを行動に結びつけることが、その人たちに適切な生き方なんです、ね。
だから「私はこの人に会ったら、なんか不愉快な気持ちになるな」とか、言葉にするのは不得意なんです。「もう、あっちに行こう」と、あっちに行くのが得意なんです。わかりますか。
それを後で「あなたはあっちに行ったのはどうしてですか?」「そうですね。なんだかあまり気が進まなかったもんですから」「あなたはそのとき不愉快感を感じたんではありませんか?よく考えてみて。不愉快だったでしょ」なんてやってると、だんだんおかしくなるんです(会場笑)。
双極性障害を持っている人は、自分をそういうふうに言語化するような形で観察してはいけないんです。だけど他者を観察する、他者の心を観察したり、推量したりして言語化するのは得意なんです。
この能力は診断のときにも役立ちます。境界例状態で来院した人に、他者の心理を観察・推量させると、実に的確な描写を話してくれて、こちらがびっくりするほどです。自己の内側の描写の下手さとの差の大きさ。これが本物の境界例との鑑別に役立ちます。
だから精神療法をやってもいいから、その人たちの、他者を観察し、他者に対してどう適応したり、操作したりしていくか、という行動について相談を受け、助言する作業の精神療法をする。
だけど、「そのとき、あなたは何をどう感じたんですか」とかいうような、自分の内側に目を向けるようなことをさせると、向かないことをさせますので、だんだんおかしくなります。
私は精神療法に凝っていた頃に、ずいぶんそれでみんなを悪くしたなぁと思って、申し訳なく、なつかしく思い出します。
外を見て、フィーリングを言語に結びつけないで、すっと動くということはとても自然なことです。犬でもしています。人間はいちいちそこに言葉を入れるから、ぎくしゃくしておかしくなるでしょ。
で、言葉が巧みな人は、どうも人間関係がうまくいかないでしょ。内側で言語化する分、タイミングがずれるからです。フィーリングで動いている人は人間関係がうまくいくんです。
双極性障害の人は、社会的に人間関係の中でいきていく能力は、内省して言語化できる人よりもずっと優れてます。だから商売人として優れてるんです。商売人というのは、ファーストフードのお店で「いらっしゃいませ」とか言うのでもいいんです、ラーメン屋でもいいし、いっぱいありますよ。看護職でも介護でも、人に対するサービスをする仕事には絶対向いています。
内省をしなくて、人にいいサービスをして、そして自分のサービスによって、人がにこにこしたりすると自分もハッピーになる、というような人生を送るように指導してあげること。これが双極性障害の人の精神療法のコツです。
この間ね、面白かった。「どうしてもホステスになる」と言って聞かない人がいたの。「ホステスがいっちゃんいい」って言って。で、見たらちょっと美人だったし。だけどお母さんがね、「ホステスになったりしたら、転落の道をたどるんじゃないだろうか」と。お母さんの方から気質を受け継いでなくて、お父さんから受け継いでるもんだから、お母さんが心配してた。
それで私が「あなたはどう見ても、男にだまされるような体質や気質じゃなくて、男をだますような気質のように思うが、どうですか?」って言ったら、ものすごく本人が喜んだんです。やっぱり、自分をわかってくれる人というのはうれしいんです。「そうですよぅ」って言って、そしてホステスの道に行ったら、あっという間にチェーン店を任せられて、部下を5人つけてもらったの。
そして私はリチウム出してたの。そしたら、自分の部下の中にしょっちゅう手を切る人がいて、それを観察してたら、そこが双極性障害の人ですね、じっと観察してたら、いい時期もあって、またうつになって不安定になったりするから、「これはやっぱり自分と同じ病気じゃないかな」と思って、そこからがまた、この手の人なの。自分が神田橋先生からもらっているリチウムを何日か飲ませたら(会場笑)、だいぶ安定したというんで、連れてきました。連れてきたから今、2人とも、私がリチウム出しています。
今まで手を切っていた部下を、手を切ったりせんように、自分がしてやることができた。そしてその部下がとても感謝して、店長を慕ってくるから、幸せなの。
そういうのが、つまり人に何かをしてあげて、自分が何かをしてあげたために人が少しでも幸せになれて、それで自分がうれしい、というのが、双極性障害の人の精神療法の目標です。そういう方向に進むように仕向けてあげることが、いちばんの精神療法で、内省をさせるのがいちばん悪い精神療法。反省させて、自分の中のよくない部分を見つける内省が最悪です。いじめ体験をフラッシュバックさせたり、リストカットさせたりするようになります。そう考えてやってください。
■予後
じゃあ躁うつの波は天性のもので、ずうっとあるんだから、薬をずっと飲まなきゃいかんとなると、薬漬けだ。煙草をやめられないのと同じで、薬をやめられないようになるか。そんなことはないんです。そうでない人もたくさんいるの。
さっき言いましたように、人にしてあげて自分がうれしいということ、それから気分屋的にこうしてみたり、ああしてみたり、講演会に出ても面白くなかったら我慢せんで途中から帰ったり、そういう生活をするとだんだん波が小さくなってくる。本質としては消えません。消えないけど、小さくなります。
つまり中学校や高校のときは、波があっても、病院なんかにかかってなかった。「この頃、調子悪いなぁ」と思っても、病院にかかってなかった。その頃のようになります。
だけど今度は違いますよ。中学や高校のときは「どうしてかなぁ」とわからなかった。今度はもう知識があるから、「ああ、うつの波が来とるねぇ」と、「もういっときしたら、これは過ぎるねぇ」と思っとけば、薬がいらないようになる。そういうことも多いのです。
そうなっている人が、昨日、親子で来たんですよ。お母さんは双極性障害でリチウム飲んでたけど、気分屋的に、外界に奉仕するような生活をするようになって、リチウムがいらなくなった。もう3年ぐらい全然飲んでなくて、「波がありますか?」と聞いたら、「ありますよ」と言うけど、薬を飲まなくて社会生活しています。
それで娘さんを連れてきた。娘さんも同じようにリチウムが200ミリ必要だったけれども、娘さんも同じ調子で、ワッショイワッショイお祭り人間みたいになるように指導したら、もういらない。
で、昨日来ましたが、そういう人たちは、やっぱり波があると体調が悪くなるんで、漢方をもらいに来るんです。そんなときに漢方をあげて、飲み方を教えてあげるの。そして漢方の使い方の素人向けの本があるから、それを紹介して、「薬が余ったらとっといて、誰かそんな人がおったら、ちょっと飲ませてごらん」とか言っておくと、飲ましてやったりして、「感謝された」とか言って、またそれが本人の精神的健康の源になります。
その娘さんもリチウムをやめて、もう1年。たくさんいますよ、そういう人が。バルプロ酸を飲んでた人でも、もう飲まなくなった人がいます。そういう人がね、「この人もそうじゃないでしょうか」と患者さんを連れてきます。誤診だったりするけど、そりゃ素人だからね。それは、少しでも人々の幸せに役に立ちたいと思う生き方。それが双極性障害の人の精神的健康法なんです。何か悩んでいる人がいたら、神田橋先生のところに連れて行ったらいいかもしれんと、「行きなさい、行きなさい」とか言って、誘惑して連れてきます。「私も行って、薬も全然いらなくなったから」と連れてくる。だから薬がいらなくなって来なくなった人が、他の人を連れて、また来たりします。そして「先生、こうですよ」とか、いろいろ教えてくれたりしてね。自然発生的フォローアップにもなります。
まあ、みんな大変です。添書を見たら「こんなに自殺企図を繰り返すようじゃ、入院させられません。病院に迷惑をかけるから強制退院」とか書いてあって、病院で、ガラスで手首をちょっと切ったり、病棟の2階から飛び降りて足を折ったりして、退院させられた人がいた。その人が、彼女の病気を理解できる男性にめぐり合って、最近、結婚式を挙げました。だんだんよくなってくるとうれしいです。
1)躁状態での精神療法について接し方のコツがあればぜひご指導頂きたいと思います。
これはだいたいもう言いましたが、ともかく不自由感が悪いということ。それから躁状態は一見楽しいようでも必ず苦しいですから、「衝動が突き上げてきて、じっとしておれなくて、くたびれるね」とか、「楽じゃないね」とか、「大変ね」とかいうような言葉は入ることがありますから、それを言ってください。
「だから、あなたは病気よ」とか「躁状態がひどいね」とか言ったらだめです。「もう忙しくて大変だね」とか「休む暇がないね」とかいうようなのから入るようにしましょう。
はい、次。
2)精神科医も躁患者も、自分が一番正しく力があると思う人種のようです。この為か、しばしば「どっちが上か」の力くらべや覇権争いのようになります。精神科医自身の万能感の自覚が第一ですが、他に何かうまく治療関係を成立させるコツがあればご教示ください。
これは面白いね。「自分が一番正しく力があると思う人種のようです」。必ずしもそうではないんです。困っている人を支えてあげようと思うと、努力して自分に力があるように自己暗示をかけなきゃ、やってられんのです。だけど、そうなると精神科医は大変ですよ。生物学的に躁状態になっているのはまだいいけれど、努力で躁状態にしていたら大変です。だから万能感の自覚なんかせんで、早くめげるといいです。
忙しい精神科医は、患者さんに愚痴を言って慰めてもらう。これをやってください。愚痴を言うことは、燃え尽き症候群を防ぐコツであり、かつよい診療、上下関係ではない相互扶助的診療、より自然な人間関係の方へ、自分の診療態度を変えていくコツです。
精神療法のそもそもの発端は愚痴を言うことです。井戸端会議みたいなのが精神療法の原点です。集団精神療法。言っているのはたいてい愚痴。「うちの亭主がなんとか」と愚痴を言って、「そうよ、あなたの亭主は馬鹿よ」とか言われたら怒る。「いい人よ」とか「そんな思わんで」とか言ってあげると、自分で「あの馬鹿亭主」とか言うたくせに、ニコニコして、いいです。
次、行きましょう。
3)再発を繰り返す方に病識を持ってもらうにはどういうアドバイスが適切でしょうか。
「これは体質だ」と言うこと。それから「遺伝である」と言うこと。「あなたは、おじいさんの血筋を受けてんだなぁ」とか言う。そうすると、ここに何が生じるかと言うと、自分と先祖との絆、血筋の絆。絆っていいのよ。「ああ、おじいさんの血を受け継いだんだなぁ」となる。
そして誉めるの。「おじいさんはこんなにして成功された。あなたも同じような可能性がある」と言うて、誉める。誉めたからといって、病識になるかどうかはわからんけど、「ああ、そうなんだなぁ」と、「やっぱり波があるんだなぁ」と思う。
誉められたことは、みんな受け入れるから、誉めといて「だからこうしたらいいのよ」と言う。行き過ぎたときには薬を飲む。そして「波のある資質が生かされるような生き方をすれば、だんだん波が小さくなるからね」と言うて、「それを探しましょう」というふうにする。
自分の脳に波があって、そして外向的になることが向いている、自分の脳の資質を活かした人生をいかに作っていくか、ということを話すことが、これによって、病識かどうか知らんけど、病識よりもっと先の養生法ができてきます。