耳の痛みが現われた気うつの症例
患者さんは神経質そうで痩せた35歳の女性。5歳の女の子と夫の3人で暮らしています。主訴は両側の耳の痛みです。家族歴・既往歴に特記すべきことはありません。現病歴ですが、3カ月前から徐々に両耳が詰まる感じが出現し、1カ月前から耳が痛くなりました。
はじめは市販の痛み止めを飲んでいましたが、改善しないために近医の耳鼻科を受診。検査にて異常が認められず、痛み止めが処方されました。
しかし、全く改善がみられないため、当院脳神経外科を受診。頭部MRI検査などにて異常を認めなかったため、当院精神科に紹介されました。エチゾラム(商品名:デパス)3錠が処方されましたが、体がだるくなるばかりで耳の症状が改善しないため、漢方治療目的に当科へ紹介されました。
今回は、当初から漢方治療目的ですので、早速、漢方的な問診と診察を行いました。なお、身体診察・血液検査には異常ありませんでした。
漢方的な問診:家計を助ける目的で、1年前から近くのコンビニエンスストアでパートを始めました。店長に仕事ぶりを認められ、徐々に仕事量が増えていった5カ月前ころから耳鳴りが始まりました。このお店は四国でもトップクラスの売り上げがあり、やりがいがあったため、気にせずに仕事を続けました。
冷蔵庫の在庫管理などを任されるようになり、かなり忙しくなった3カ月ほど前からは、耳が詰まる感じが出現しました。しかし、アルバイトの同僚が高校生なので、疲れていても仕事を任せることができず、責任感が強いこともあって気を抜くことができませんでした。
1カ月前ころからは耳が痛くなってきました。痛みのために仕事がきつく感じるようになったので、店長に休みをもらおうと思いましたが、気兼ねして言い出せませんでした。同じころ、子どもが通っている保育園の夏祭りの準備が始まりました。世話役をしていた関係でそちらも忙しくなり、気を使うことが多くなったためか、症状はますますひどくなりました。
漢方的な診察:顔貌は抑うつ状(気うつ)。脈に元気がない(気虚)。お腹は季肋部の筋肉が緊張している(胸脇苦満)。
ストレスがたまると季肋部の筋肉が緊張してきます。一種の腹壁反射だと思われますが、漢方では「胸脇苦満」といってストレスの有無の指標とします。このサインがある場合、「気うつ」の患者さんに対しては、半夏厚朴湯ではなく柴朴湯を用います。
漢方的診察:仕事を頑張りすぎ、気疲れから元気がなくなり(気虚)、それでも頑張っているうちに能率が落ち、仕事が自分の思うように行かなくなり自分を責め、やる気がなくなってきた(気うつ)。
漢方的治療:体と頭を休ませるために仕事を2週間休むように指示。柴朴湯(ツムラTJ-96)3パックを処方しました。
経過:漢方治療開始2週間後には、だいぶ調子が良く耳も痛くなくなったと表情が明るくなってきました。経済的な理由で仕事を再開しましたが、簡単な仕事に替えてもらいました。さらに2週間後には薬を飲みながら、冷蔵庫の在庫管理以外の仕事ができるようになり、症状もなくなりました。その1カ月後には、一段と調子が良くなり、病気をする以前の状態に近く、薬を飲み忘れるようになったとのことでした。店長さんが気を使ってくれて、以前ほど仕事を頼まれることがなくなり、神経を使う在庫管理はやらなくてもよくなっています。
考察:漢方的な解釈では、この患者さんは耳のあたりで気の流れが悪くなったため、耳の痛みと詰まった感じが出現したとみなします。気の流れは、頭のあたりで悪くなると頭重感や頭痛が、胸のあたりだと咳や喉の詰まり感が、お腹のあたりでは腹痛や腹部膨満感が出現すると考えられています。
西洋医学的には、気の異常は自律神経の異常ととらえられます。交感神経と副交感神経の緊張のバランスは局所的なものとされていますから、頭部の自律神経のバランスが崩れると、頭痛などの自律神経失調症状が現われ、胸部だと息ができないなど呼吸器系の症状が、循環器系だと動悸・胸痛といった症状が出現します。
今回の患者さんは、おそらく耳管の開閉を調節する自律神経のバランスが崩れたために耳痛、耳重感といった自律神経失調症状が出現したのだと思われます。