「健康増進プログラム」で社員の医療費を抑える米国企業

「健康増進プログラム」で社員の医療費を抑える医療保険制度改革で医療費負担を増やしたくない米国企業BusinessWeek 【プロフィール】健康・医療 医療費 企業負担 米国 社会 IT・通信 医療保険制度改革ブックマーク Twitter1/3ページRachael King (Bloomberg Businessweek記者、サンフランシスコ)米国時間2010年5月3日更新 「Slimming Down Employees to Cut Costs」
 米マサチューセッツ州立大学メモリアル医療センターの人事担当責任者ジョイス・ボイズ氏は、常々やせたいと思っていた。彼女は、勤務先の同医療センターが従業員に健康対策を促す取り組みを始めたのを機に、真剣に減量に取り組む決意をした。
 ボイズ氏はこの決意から1年で、50ポンド(約23キログラム)の減量に成功。雇用主が提供する従業員向け健康増進プログラムの効果を示す模範例となった。
 ボイズ氏は米シェイプ・アップ・ザ・ネーションが運営するオンライン交流サイトに登録し、歩数計をつけて自分の運動量を記録し始めた。この交流サイトからは、日常的な運動や正しい食生活を促す電子メールが送られてくる。会社の同僚はサイト上の記録を見て、同氏がきちんと自身の目標を達成しているかどうかを確認した。
 「このプログラムが努力のきっかけになった」と話すボイズ氏は、その後も健康的な生活習慣を保っている。減量の成果により、ボイズ氏の主治医は、高コレステロール血症治療薬「リピトール」の処方量を減らし始めたという。
 米マサチューセッツ州ウスター市でも指折りの、多くの従業員を抱えるマサチューセッツ州立大学メモリアル医療センターは、従業員医療費の支出削減を目指している。
 米国各州や連邦の医療保険制度改革に伴い、雇用主はより多くの従業員に医療保険を提供する必要に迫られており、雇用主の医療保険負担は増加している。また米国の国民医療費は、処方薬の使用量増加や生活習慣病の蔓延、高齢化により、急増している。米民間調査機関の全米産業審議会(コンファレンスボード、CB)が2008年に発表した調査によれば、肥満問題だけでも、米企業は年間450億ドル(約4兆円)もの負担を強いられている。
 そのため、米半導体大手インテル(INTC)や米宅配ピザ大手パパ・ジョンズ・インターナショナル(PZZA)、米アウトドア衣料・靴大手ティンバーランド(TBL)、米肥料・園芸用品大手スコッツ・ミラクルグロー(SMG)、米製紙・梱包材製造大手インターナショナル・ペーパー(IP)などの企業は、従業員が健康対策用ウェブサイトに登録し、栄養管理や健康管理に関する情報を入手できる健康増進プログラムを提供している(Bloomberg Businessweekの記事を参照:2007年2月26日「Get Healthy-Or Else」)。企業は従業員の健康調査や運動習慣の把握にも努めており、従業員に歩数計を支給し、従業員の歩数まで把握している企業もある。
 こうした取り組みを行う企業の目的は、いずれも従業員の健康増進を図り、医療費負担を抑制することにある(Bloomberg Businessweekの記事を参照:2010年3月3日「Workplace Wellness Programs Work」)。
 米製紙・梱包材製造大手ミードウェストバコ(MWV)のジョディ・フラー国際福利厚生課長は、「一握りの不健康な人が全体のコストを上昇させている。福利厚生の責任者として、こうした負担を何とか減らす方法を模索している」と語る。
医療保険制度改革で企業の医療費負担は増加?
 こうした中、IT(情報技術)を活用して医療費削減に取り組む企業が増えている。企業はシェイプ・アップ・ザ・ネーションのサービスだけでなく、英ヴァージン・グループ傘下のヴァージン・ヘルスマイルズや、米ライムエード、米レッドブリック・ヘルスなどのオンラインサービスも活用している。こうしたオンラインサービスは、健康・生活管理上の目標を達成した人に褒賞金の授与や医療保険料の割引など、様々なメリットを提供して従業員の参加意欲を高め、健康増進に取り組む従業員を増やすのに貢献している。
 大企業が主な会員の米非営利団体ナショナル・ビジネス・グループ・オン・ヘルス(NBGH)と米コンサルティング大手タワーズワトソン(TW)が2月に発表した調査によると、米企業の医療費支出は2008年の平均プラス6%に続き、2009年も平均プラス7%と、増加が続いているという。
 多くの企業は、米議会が最近「患者保護・医療費負担適正化法(医療保険制度改革法)」を成立させたため、医療費負担は今後さらに増えると見ている。3月に同法が成立した後、米農機大手ディア(ジョンディア、DE)は、2010年の同社の医療費支出は1億5000万ドル(約130億円)増加するとの見通しを示した。
 従業員の健康増進に徹底的に取り組んでいる企業もある。米インターネット検索大手グーグル(GOOG)は従業員がヨガや太極拳、ダンスに取り組めるフィットネス講座を開設。さらに、はだしで走る同好会をはじめとするフィットネス同好会があり、バレーボールからアルティメット・フリスビー(フリスビーを奪い合う、球技のような競技)まで様々なスポーツ活動が行われている。
 米カリフォルニア州マウンテンビューのグーグル本社には、カイロプラクティックやフィジカルセラピーの専門家が常駐し、健康指南の講座や瞑想部屋なども用意している。16の社内食堂では、健康度に応じて食べ物を色分けしている。緑は健康的な食べ物、黄色は摂取量に注意すべき食べ物、赤はあまり健康的でない食べ物だ。
 従業員の健康増進に急に力を入れ始めた企業も増えている。ミードウェストバコで福利厚生を統括するフラー氏は、同社の米国内従業員1万2000人のうち、約35%が心臓病や高血圧、高コレステロール、糖尿病などの慢性病を患っていることを知り、肥満対策に積極的に取り組み始めた。
 2008年、ミードウェストバコはヴァージン・ヘルスマイルズのサービスを使った肥満対策プログラムを開始。支給されたUSBポート付きの歩数計を従業員がパソコンにつなげば、データをヴァージン・ヘルスマイルズのウェブサイトにアップロードできる。そして、従業員は運動量に応じて、最高で年間500ドル(約4万4000円)の特別ボーナスを受け取れる。
通常の健康対策プログラムに参加する従業員は少なめ
 米女性下着大手メイデンフォーム・ブランズ(MFB)やパパ・ジョンズ、ティンバーランドも昨年、ヴァージン・ヘルスマイルズのサービスを利用する健康増進プログラムを開始した。
 ヴァージン・ヘルスマイルズのショーン・フォーブス社長は、「従業員への褒賞金額が多ければ多いほど、従業員の健康管理は改善される」と指摘する。フォーブス社長は、同社が提供するサービスには契約企業の従業員の約40%が参加していると話す。
 フォーブス社長によれば、通常、従業員向け健康増進プログラムの参加率は低く、約5~7%にとどまる場合が多いという。
 NBGHのルアン・ヘイネン副代表幹事は、従業員は健康増進プログラムに参加すると、自分たちの生活習慣を改める必要があるため、こうしたプログラムへの参加には消極的になると指摘する。「参加者の少なさは、こうしたプログラムにつきまとう問題だ」(ヘイネン副代表幹事)。
 2006年、インテルは従業員向け健康増進プログラムを強化し、「ヘルス・フォー・ライフ」と名づけたプログラムを創設。従業員の体重や血圧を測定し、血液検査も実施している。従業員はセキュリティーを確保したウェブサイト上で、健康に関するアンケートに回答。同社はアンケートの回答内容と健康診断の結果を総合して健康上のリスクを分析し、従業員に適切な指導を行い、各自に応じた健康改善プランを提案する。
 インテルの国際医療福利厚生担当主任コリー・ゼンゾーラ氏によれば、この4年でプログラムへの参加者は7%から約39%に増加したという。同社は2011年、このプログラムに参加している従業員の医療保険料の本人負担を250ドル(約2万2000円)軽減する予定だ。
 その他の企業の健康増進プログラムでも、医療保険料の軽減や医療貯蓄口座(HSA)の積み立て増額といったメリットを提供して、従業員の参加意欲を促している。米保険大手コンセコ(CNO)やインターナショナル・ペーパー、スコッツ・ミラクルグローなどの企業は、レッドブリック・ヘルスのオンラインサービスを利用し、従業員の健康状態の分析や個別アドバイス、交流サイト機能を活用した指導などのサービスを提供している。
一部従業員への差別につながる懸念も
 定期的な健康診断は、ガンなどの病気の早期発見や患者生存率の向上、雇用主の医療費負担削減に有効だ。米医療保険サービス会社シーチェンジ・ヘルスによれば、前立腺ガンの患者1人当たりの年間平均医療費負担は、早期発見の場合は2万2430ドル(約200万円)だが、末期状態で発見された場合は9万1268ドル(約810万円)に増加するという。
 とはいえ、雇用主が従業員の健康対策に力を入れるのに伴い、肥満者や喫煙者が冷遇される懸念も生じている。
 1月、米オーガニック・自然食品スーパー、ホール・フーズ・マーケット(WFMI)は、タバコやその他のニコチン製品を摂取せず、血圧も一定水準以下の従業員に対し、社員販売で大幅な割引を受けられる特典を与えると発表した。同社のジョン・マッケイCEO(最高経営責任者)は1月に従業員に宛てた文書で、このプログラムへの参加は任意で、こうしたプログラムへの参加・不参加によって人事考査に影響が出ることはないと述べた。
 この発表は波紋を呼び、多くのブログで、あまり健康的でない従業員に対する差別だとの批判が巻き起こった。ホール・フーズの広報担当リバ・レットン氏は、このプログラムへの「誤解」が広がっており、同プログラムではBMI(肥満度指数)やコレステロール値、血圧をはじめとする様々な基準で健康を評価していると述べた。
 ITを使った健康増進プログラムではオンラインで健康診断サービスを提供する場合が多く、従業員の健康改善の効果は限られる。
 タワーズワトソンの医療コンサルタント、ジェフリー・ドブロ医師は、「IT活用が運動・エクササイズや、より良い食生活などの生活習慣の改善につながるかどうかは未知数だ」と語る。同医師は、今まで健康増進プログラムを全く取り入れてこなかった企業の場合は特にそうだが、健康増進プログラムに力を入れても、プラス効果が出るまでには約2~3年かかると指摘する。
 マサチューセッツ州立大学メモリアル医療センターのボイズ氏は、健康対策には本人の自覚が欠かせないと語る。「様々なプログラムに参加することはできても、結局は本人が努力しなければ意味がない」。
ーーーーー大変な時代です