ノロウイルスによる嘔吐・下痢に五苓散が効く
冬になるとウイルス感染症の患者さんが増えてきます。風邪やインフルエンザの患者さんも多いのですが、ウイルス性急性胃腸炎による嘔吐・下痢症の患者さんも数多く来院されます。今回は、このウイルス性急性胃腸炎による嘔吐・下痢症(主としてノロウイルス感染症)に対する漢方治療についてお話ししたいと思います。
【症例1】
患者さんは28歳の女性で1児の母親、専業主婦です。昨夜、急に数回の噴水様嘔吐と数回の水様性下痢、軽度の腹痛が出現し、夜間のほとんどはトイレにいたそうです。朝方、症状はいくらか和らいだようですが、体温が38度台だったため、当科を受診しました。
診察時には普通に面談ができ、若干の吐き気を訴えていましたが腹痛は消失していました。体温は37.6度と、自宅で測定した時よりは自然に解熱しておりました。以上から、ノロウイルスによる急性胃腸炎と診断しました。
今回は特に漢方的な診察や考察を行わず、患者さんに漢方薬を処方しますとだけ告げて、五苓散(ツムラTJ-17)3パック(分3)を3日分処方しました。五苓散は水代謝の異常(水毒)に対して処方する薬剤です。ノロウイルスによって起こされる嘔吐や水様性下痢などの症状は、まさに水代謝異常そのものですので、五苓散を選択します。
しかし、嘔吐・下痢で脱水状態になっている患者さんに対して、利尿作用があり、むくみの改善にも用いられる五苓散を処方すれば、かえって脱水がひどくなるのではないか、と心配される先生方もおられると思います。
五苓散は漢方薬理上、「利水剤」というジャンルに分類される方剤です。昭和薬科大学病態科学研究室教授の田代眞一氏らが行った実験によると、フロセミド(代表的な商品名:ラシックス)などの利尿剤は、人体が脱水になっている場合でも、投与すると尿量を増やし、脱水を助長しますが、五苓散などの利水剤は、人体が脱水になっている時は尿量を減らし、脱水を緩和させます。ここが多成分から成る漢方方剤の面白いところです。両者の作用を比較すると、五苓散には利尿剤ではなく利水剤というネーミングがぴったりくるように思われます。
近年、五苓散はアクアポリンという水チャネルの分子に作用することが報告されています。五苓散は、全身のアクアポリンを介して水の適正分布に関与しているのではないかと考えられ、尿細管だけに作用する利尿剤とは異なった薬理作用を示すのだと思われます。このため、嘔吐や下痢といった水の不適切な分泌や、腸管内の過剰水分など不適切な水の分布に対して、五苓散は効果があるのではないかと考えられます。
五苓散は、患者さんの体質(陰陽)や体力(虚実)などをあまり考慮せずに使用できる方剤です。
また、いきなり五苓散を処方したのは、これまでの私の印象として、ノロウイルスによる急性胃腸炎に対しては、西洋医学的な整腸剤と制吐剤による対症療法よりは、五苓散の方が効き目や患者さんの評判の点で優れていたからです。患者さんの中には五苓散を指定してくる方もいるほどです。
今回の患者さんは、症状がやや治まってから来院しましたが、外来で待合室とトイレを往復しているような症状の激しい患者さんにも効果があり、即効性も期待できます。
診療所や市中病院の総合診療科などでは小児を診る機会が多いと思います。漢方をよく処方するある小児科医によれば、五苓散は小児の嘔吐・下痢に対しても効果があり、内服できない場合は、坐薬や注腸投与で使用するということです。即効性があるため、診察中に飲ませておくと帰るころにはかなり症状が軽くなっているそうです。
ノロウイルスは感染しやすく、しばしば老人保健施設などで大流行します。五苓散は体力の低下した高齢者にも、漢方的診察・診断にこだわらず気軽に処方できますし、西洋医学的な保存的治療よりも治癒まで期間も短い印象がありますので、老人保健施設などでノロウイルス感染症が流行したときにもお勧めです。