愛するということは、
自分の愛する相手の生を生きることである
トルストイらしい
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愛するということは、そうなんだろうな、たぶん
でもそうなるとほとんど誰にもできないことだけれど
極限を言葉で表現すればこういうことになる
だから心がけとしてはなるべくその方向でという程度でいいのだろう
最近のように衣食が足りてますます生きていけると思うようになると
自己愛が多少は肥大してくるはずだ
みんな自分の都合が一番で生きている
最近の子どもなどは特にそうだ
人の都合を優先して生きる人など見たこともないし聞いたこともないくらいだ
そうなるとこの文章のように利他的になることはできない
本質的に助け合うことがなくなっているのだろう
一人で生きていけると思うから
一人では生物学的に生きて行けなくて
助け合うのがいいのか
助け合わなくても生きていけるくらいの裕福な環境が結局はいいのか
難しいところだ
豊かな環境にあってなおかつ助け合って生きてゆけたら一番いいに違いないが
そういう人は人の都合の下敷きになってしまう
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人は一人では生きてゆけないことを
深く解釈すれば
いつも人間は助け合うしかないし助け合っているのだけれども
意識としてはそのようには思っていない
分業制をとっているからには
他人に依存しているはずだけれど
私だって他人に依存させてあげているのだから
と言い始めたら
なかなか結論に行き着かない
愛するということは、
自分の愛する相手の生を生きることである
といってしまえば
自己愛をゼロにするということで
そんなことはあり得ないのだろう