夏バテの漢方治療にはこの4方剤で臨む
そろそろ、夏バテの患者さんが来院する時期になりました。西洋医学的には、点滴をするくらいしか治療方法がありませんが、漢方では夏バテに効く処方があります。今回は、患者さんに喜ばれる夏バテの漢方薬を紹介します。
夏バテで大学病院の総合診療部を受診する患者さんは少ないので、今回提示するのは、私が大学病院以外で経験した症例に若干、手を加えた架空のものです。
西洋医学で患者さんが来院した場合、主訴に対して鑑別診断を行います。漢方でも、患者さんの主訴に対してどの漢方薬を処方すべきかを考える「鑑別処方」という考え方があります。
夏バテといっても様々ですが、食欲不振や全身倦怠感が主な症状です。食欲不振に対して、まず思い浮かべる漢方薬には、補中益気湯(ほちゅうえっきとう、ツムラTJ-41)、六君子湯(りっくんしとう、ツムラTJ-43)、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう、ツムラTJ-48)、清暑益気湯(せいしょえっきとう、ツムラTJ-138)の4方剤があります。これらを知っておくと、夏バテによる食欲不振の大半に対応できると思います。この4方剤の鑑別は、以下の症状や身体所見で行います。
補中益気湯:全身倦怠感、四肢倦怠感、微熱、寝汗など
六君子湯 :心窩部のつかえ、四肢冷感、胃がチャポチャポいうなど
十全大補湯:全身倦怠感、顔色不良、手足の冷え、皮膚乾燥など
清暑益気湯:全身倦怠感、尿量減少、自然発汗、手足の熱感、下痢など
六君子湯 :心窩部のつかえ、四肢冷感、胃がチャポチャポいうなど
十全大補湯:全身倦怠感、顔色不良、手足の冷え、皮膚乾燥など
清暑益気湯:全身倦怠感、尿量減少、自然発汗、手足の熱感、下痢など
一方、もう一つの症状である全身倦怠感に対して思い浮かぶ漢方薬も、補中益気湯と十全大補湯の2方剤であり、食欲不振に使う漢方薬と重複しています。ですから、食欲不振の患者さんに処方する漢方薬を覚えれば、全身倦怠感に関しては解決することになります。食事を取れるようになれば、元気になるというわけです。
【症例1】
では、実際の症例を見てみましょう。患者さんは72歳の女性です。
主訴:食欲不振
既往歴:家族歴に特記すべきことなし。
現病歴:もともと冷え症だったが、最近、暑さのために冷たいものを飲み過ぎ、冷房が効いた部屋に長くいたため、四肢が冷えて身体がだるくなり、胃のあたりがつかえる感じがするようになった。下痢は認めない。
先生方は、上記の4方剤からどの漢方薬を選びましたか? 前述した鑑別処方のキーワードに着目すると、下線で示した症状から六君子湯が浮かびます。六君子湯を処方すると、おそらく患者さんは良くなるでしょう。答えは六君子湯です。
【症例2】
次の症例を提示します。患者さんは68歳の男性です。公務員を退職後、家庭菜園を楽しんでいます。
主訴 :食欲不振
既往歴:高血圧症で、近医にてアンジオテンシン受容体拮抗薬と利尿薬を処方されている。
現病歴:最近、家庭菜園が楽しくなり、昨年よりも作付けを増やし、畑仕事をするようになった。暑い中、日中も作業し、汗をよくかいている。3日前ごろから食欲不振、全身倦怠感、皮膚の乾燥などを自覚している。
西洋医学的には、汗をかいており、高血圧治療のために塩分制限をしている上、利尿薬も服用しているため、塩分が不足していることが予想されます。塩分摂取を指導し、利尿薬の休薬も考慮すべきだと思われます。この症例ではどの漢方薬を選びましたか?
漢方的には、皮膚の乾燥症状から「血虚」という状態が考えられます。これは、血液中のホルモンや栄養素の不足による病態です。本症例では塩分不足ですね。今回の鑑別処方の考え方を用いると、下線で示した症状から正解は十全大補湯になります。
【症例3】
もう1例示します。患者さんは48歳の男性で営業職の方です。
主訴 :食欲不振
家族歴:既往歴に特記すべきことなし。
現病歴:もともと胃腸は丈夫な方ではないが、8月に入って暑い日が続き、冷房の効いた部屋での作業と外回りを繰り返しているうちに、食欲不振、四肢の倦怠感、寝汗を自覚するようになった。
前述した鑑別処方のキーワードに着目すると、下線で示した症状から、答えは補中益気湯であることが分かります。
最後に残った清暑益気湯は、夏ばての患者さんで、手足の火照り、止まらない汗、下痢のある方が、適応になります。
この夏、夏バテの患者さんが来院されたら、ぜひ漢方薬をお試しください。この記事で示した4方剤で、大部分の患者さんは元気になると思います。問診では、4方剤を鑑別するキーワードを必ず聞いてください。
今回は、夏バテに対して、パターン認識で処方を行う鑑別処方の考え方を紹介しました。人間の身体は面白いですね。同じ暑さというストレスでも、体格は体質などの違いによって異なる症状が出現し、それでいてある種のパターンが存在しています。古来、医師たちは、このパターンを「陰陽」「虚実」といった言葉で表現し、薬を使い分けてきました。素晴しい知恵だと思います。
4方剤を鑑別するキーワード
補中益気湯(ほちゅうえっきとう) | 全身倦怠感、四肢倦怠感、寝汗 |
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六君子湯(りっくんしとう) | < span class="nm0704_boldtext" style="font-weight: bold">心窩部の痞え、四肢冷感 |
十全大補湯(じゅうぜんだいほとう) | 全身倦怠感、皮膚乾燥 |
清暑益気湯(せいしょえっきとう) | 全身倦怠感、尿量減少、自然発汗、手足の熱感、下痢 |