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ユニセフの展示場に行くと、
一階には絵葉書などが置いてあり、
二階には各国の子どもたちの現状が展示してある。
今日は女子中学生が見学に来ていて、職員から説明を受けていた。
いま現在も、女子だからという理由で教育を受けられない人たちがいる。
いま現在も、子どもなのに銃をとって敵に向かわなければならない人たちがいる。
この問題を本当に自分の問題として考えてみてください。
こんな風に少しきつい言葉でレクチャーを受けていた。
子どもなのになぜ銃を持ち、撃たなければならないか。
他人の問題だと思わないで。
局所的に見れば、ゲリラ戦術の中で身を守るために必要で、
銃というものは子どもでも使えないことはないのだから、
むしろ、相手が、子どもだからと少しは気を緩めた瞬間が好機で、
といったこともある。
兵士でないのに戦うというこの事情は、ゴヤの生きた時代から始まったものなのだと堀田氏は描いている。
でも、銃を撃った時の反動は激しくて、
子どもでは吹き飛ばされそうな気がする。
多分狙いはつかない。
距離ゼロで発射するか、乱射して相手を寄せ付けないか、そんなところだろうか。
大局的に見れば、そのように貧しい地域でなぜそのように厳しい戦争があるのかという問題である。
それは回り回っていま現在の私たちの暮らしが、
誰かの犠牲の上に成り立っているものではないかとの疑いを発生させる。
武器を売った人も仲介した人もいる。
疑いが出たところで、すぐに解決することはできない。
ただ、そんな仕組みなのだと理解して謙虚になるかどうかだと思う。
何も知らないで傲慢に生きているよりはいいだろう。
もっと言うなら、
日本の子どもはテレビゲームの中で人殺しをしているだけで、
これだけ劣化してしまったのだ。
実際に銃を持って、現実に銃弾が飛んでくる状況で、
どんな人間になるのか考えたい。
多分、今日説明を受けていた女子中学生は、
説明の口調だけで恐怖を感じたのではないかと思う。
そして、ユニセフとか、貧しい国、教育を受けられない子どもたちについて、
考えること自体に嫌悪を感じるのではないかと危惧する。
笑って語るには適さない問題だが、
怒って語っても、嫌悪される。
もう少し情緒的にフラットな説明でもいいかなあと思った。