自由闊達な競争の街を「第2東京」、保守派の天国の街を「第1東京」のようにして、好きな方を選ばせてあげる。
ある場所でこのことをわたしが発言したら
大変に誤解されてお門違いな発言が相次ぎました。
みんなどうして古いフレームでしかものを考えないんだろう。
でも出井さんも言ってるんですよ
というわけで採録
ーー
「まず先に、第2ソニー、第2トヨタ、第2東京を作った方が良いよ」
出井伸之氏に聞く(後編)「もはやニッポンはモノづくりでは勝てない」
細山 和由、黒澤 俊介、瀬川 明秀(日経ビジネスオンライン副編集長) 【プロフィール】
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日経ビジネスオンラインでは10月20日(火)より、10回にわたり「COLD JAPAN(コールド・ジャパン)~クール? コールドな日本産業の処方箋」を送る。
新たな政権を迎え、気分も新たに成長を進めようとしているニッポン。しかし、一方で、停滞する国内市場のもと喘いでいる企業も多く景気の先行きが不安視されている。「クール=カッコいい」ジャパンと呼んでいるわりには、内情は冷え切っており、なにか新しい世界との関係や突出したビジネスを誰もが渇望してやまない状況となっているようだ。
本連載では、最新の事例やケース=症例を豊富に取り上げながら、「巣ごもり」「ガラパゴス」などと揶揄される「コールド」なニッポンの現状を理論的な切り口で分析、《コールド・ジャパン》脱却と新たな成長のための「処方箋」を提言していく。本連載が、国内市場の凋落を前に、気分新たにこれからの成長を模索している企業の経営幹部やキーパーソンの方々のヒントになれば、望外の喜びである。
連載を始めるにあたって、まずは日本発のグローバルビジネスを代表する企業の一社、ソニーの社長・会長を歴任する一方、日本人でありながらGMやネスレなどの世界企業の取締役を務め、現在は中国最大の検索エンジン百度(バイドゥ)などの取締役も担う出井伸之氏にインタビューし、国際派経営者には、最近の日本はどう見えるのかを質してみた。
「過去という夢」にハマりがちなニッポン
(前編から読む)
―― 「変化の兆し」と言えば、まずは与党が変わったことがあげられます
出井 伸之(いでい・のぶゆき)氏
1937年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、60年にソニー入社。95年に社長就任。99年からCEO(最高経営責任者)を兼務。2000年に会長兼CEO。2005年に退社し、最高顧問に。2006年、クオンタムリープを設立し、代表取締役に就任。他にアクセンチュア、百度(Baidu)、フリービットなどの社外取締役、美しい森林づくり全国推進会議の代表を務める。主な著書に『非連続の時代』(新潮社)など。最新刊は『日本大転換―あなたから変わるこれからの10年』(幻冬舎)
(写真:菅野 勝男、以下同)
出井 今、それによって日本の気分が変わっていますね。僕は楽しみですけど、一番ハラハラしているのはアメリカではないかとと思いますね。日本はどうなるんだろう、と。
―― 日本の国民は、今のところ歓迎しているムードがあります。
出井 日本人も積極的に時代の要請に動いていると思うんですよね。政府が変われば、どうしても官は変わらざるを得ないでしょう。国民はそういう雰囲気を敏感に察知するから、今回の選挙の圧勝があったわけですね。
―― 変化を求めつつも、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」ではないですが、あの栄光の1980年代よもう1度、という回顧主義的な動きも見受けられます。
出井 「過去という夢」を見ているわけね。日本人っていうのは、相当若い人たちでも、昔をリファーするのが好きな国民ですよね。飲み会なんかに行くと、20代の子でも「あの頃は良かった」なんて話を結構している。
世界が変わるという節目であり、アジアを中心とする国々がグローバリゼーション(グローバル化)に向かって大きく成長しているというのに、日本の企業はついていけるのか気になります。
もはやニッポンはモノづくりでは勝てない
―― 80年代の夢をもう1度、といっても・・・。
出井 ムズカシイですよね。あの頃はいわゆる「モノづくり」で成長したわけです。
モノづくりはとても重要です。が、今の時代のモノづくりは、形のあるものだけでなく生態系そのものを作ることが求められる。
日本の80年代の「モノづくり」が今一番得意な国は中国でさえなくなっているんです。もはやベトナム、マレーシアでしょう。もちろん日本のメーカーの下請けで成長してきた国々ですが。かつての「モノづくり」というのは一番まねしやすいわけですから、それを得意とする国が多くなる。
例えば、ユニクロはいま最高業績(注1)でしょう。ユニクロの商品で日本ですべて作っているものがいくつありますか。ユニクロの成功を見ていると、ニッポンは「ブランドなき侵略者」に襲われている気がするんです。
日本の企業が中国やアジアの国で作らせたものを、ユニクロというブランドで売っているわけですね。でもそれはメイド・イン・チャイナですね。日本の企業の皮をかぶっているだけでね。
ソニーの最新のネット・ウォークマンなどは、生産はマレーシア、設計は台湾ですね。製造コストは当然アジアの方が安いわけで、どんどん入ってしまう。「見えない静かな侵略」が起きている。
―― 「メイド・イン・ジャパン」の本質が見えなくなってきました。
出井 かつてソニーや東芝はアメリカでバッシングに遭いましたよね。もともと低品質の代名詞だった「メイド・イン・ジャパン」が1950年代から1980年代にかけて業界のトップにのし上がったわけです。アメリカは「メイド・イン・ジャパン」というブランドが憎かったんでしょう。
でも、いまや日本で作れるものは、全部中国やアジアで作れますよ。それはもう自覚すべきですよ。だから中国でできないことを日本でやらなきゃいけない。
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方向を変えることができたアメリカ、できないニッポン
そういえば、先日クリント・イーストウッドが監督した「グラン・トリノ」(注1)という映画をたまたま観たんですよ。
―― 1972年から1976年に生産されたフォード・トリノという名車をモチーフとした映画ですね。
出井 あれはアメリカの憂欝をいっているんだよね。イーストウッドが演じる主人公が「俺はフォードに50年ささげた」と言っているんですよ。つまり日本だったらトヨタに50年ささげるのと同じことで、おそらくあの話は今の日本でも起こっているんですよ。
だから、我々はアメリカがどうやってあの憂欝を克服してきたか、を学ぶ必要があるのではないでしょうか。
―― 映画が公開されたタイミングでGMが大変なことになった、といってみなさんビックリしていました。
出井 アメリカは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のときに日本をさんざん叩いて、「脱・ニッポン」と国策の方針をまったく変えたわけですね。それがその後の冷戦の終結と相まって、今のアメリカを支えるIT産業の戦略であり、金融戦略となった。
ITで言えば、アマゾン、イーベイ、グーグル、ユーチューブ。他にも多々ありますが、世界に飛び出るベンチャーが出てきましたよね。
日本にはそれに匹敵する世界企業って1社も出てない。強いて言えば楽天やソフトバンクや他にも頑張っているベンチャーが存在していますが、残念ながら世界で展開するネットの会社はなかなか見当たらない。
極端に言ってしまえば、アメリカが元気に世界的企業を生み出してきたのに対し、日本はまったく何もできなかったということです。だから、日本がモノづくりが好きだとか、匠の技だとか、メディアでも色々と特集をやっていますけど、あれは1980年代の「モノづくり」なんです。何度も言いますが(笑)。その後は何もできていないんです。
―― このままだと、さらに遅れてしまうかもしれない。
出井 確かにサッチャーは80年代に「ウィンブルドン現象(注3)」と呼ばれながら自由化を推進しました。小さい政府を掲げていた。しかし今や世界を見回してみると小さい政府なんか1国もないわけです。アメリカはGMさえ国有で、世界一重い政府アメリカなんじゃないですか。
となると、いま「小さい政府」「市場原理」が最優先だと言っている国はほとんどない。つまり、日本は世界の動きから大きく同期ズレしてしまっているのではないか。
にも関わらず日本は同期がズレていますよ、とさえ誰も指摘しない。日本がああでもないこうでもないと悩んでいる間に世界は変化してしまった。
―― 巣ごもったように見えるのには、外から引き離されてしまった、追いつけなくなってしまったなど、それなりの理由があるということですね。
出井 アメリカが金融でつまづいたことによって、結果的にゴールドマン・サックスも健康になった(注4)けど、以前のようにレバレッジをかけてたくさん投資をするというのは、やめましょうとなったじゃないですか。ということは、逆に少しは日本に近づいてきているとも言える。だから、日本は周回遅れで世界に追いついたと考えるのはどうでしょう(笑)。
「第2」に答えがある?
―― 過去は取り戻せないわけですし、ニッポンはこの「コールド・ジャパン」状態を認めざるを得ない。その上で新たな成長戦略を考える必要があります。
出井 僕はこう考えているんですよ。いつも会社は「今」を踏まえて、それを良くしようとしますよね。だけど、そんなことはあきらめて、心機一転で「第2ソニー」とか、「第2トヨタ」をつくる方が良い、と。
いま現在の状況よりも、僕はかなり前からGMの取締役会などで、「早く電子GM=e-GMをつくれ」と言っていたんですよね。
いまの日本でも同じことがあてはまるのではないか。優良企業の新たな成長は「第2」にある、と割り切ってみる。リクルートも「第2リクルート」をつくれば良い。ネットしか読まない人しか集めないとか、そういうようなトライアルをやってみた方がいいですよ。
だって「日経ビジネスオンライン」も結局、紙に対してのアンチテーゼでやっているわけでしょう。
―― いや。「アンチテーゼ」ではありませんよ(笑)、共存共栄のメディアです(笑)。しかし、「第2トヨタ」という発想は面白いですね。既存のものを活性化する前に、第2の創業的なもので始めるしかない。ゼロから本当につくるぐらいのプロセスを踏まないと。
出井 そう。閉塞を打ち破るという意味では、ゼロからスタートするしかないわけですし、まずは旧体制のことなど考えずに、新しいビジネスを先に走らせてしまってやっておいて、徐々にこっちに本業がシフトしてしまうという、そういう方法がユニークだと思うんです。旧体制を抜本的に作り直すのは本当に難しいことで、企業でも一流であればある程これまでの蓄積が大きく、強くなり、変えるのが難しくなるんです。
閉塞感が渦巻いている状況はほんとうに問題で、日本がインターネット分野でなぜこんなに乗り遅れているか、インターネットでどうしてなかなかいい会社が出てこないのか、という課題にも、この国の閉鎖性が表われている印象があります。
例えば東京は20世紀型の都市としては世界に類を見ないきれいで効率的な都市ですが、それを作り変えて継ぎはぎで21世紀型の都市をつくるのは無駄が多過ぎる。むしろ「第2東京」をつくるぐらいの都市マネジメントというか、アーバン・マネジメントが必要だと思います。
すべてをいっぺん見直すということをやることがポイントですよね。
―― 都市もビジネスも、もう一度、新しく創り直す。
出井 あくまでも仮の話ですが、「第2東京」を千葉県の木更津から成田のあたりに建設してしまう。あそこはアクセスが非常によいエリアです。オリンピックよりも(笑)、あそこに新しい首都をつくる。水位が10メーター上がってもいいように、全部10メーターぐらい高く設計してしまう。
で、福岡は「第2福岡」
をつくれば、カリフォルニアみたいなユニークな街とビジネスが生まれるかもしれない。
をつくれば、カリフォルニアみたいなユニークな街とビジネスが生まれるかもしれない。
この考えを敷衍させると、もういっぺん公共事業を日本で始めることになります。それをNとか、Jとか社名がついている会社に頼む(笑)。
今こそ「ゼロベース」で発想するタイミング
―― 出井さんはソニーの時代も新しい会社を、このようにゼロベースから発想するスタイルで進めておられたのですか?
出井 そうです。そしてそこから伸びてきたのは、プレイステーションのソニー・コンピュータ・エンタテインメントであり、インターネット事業をおこなうソネット・エンタテインメントでした。新しくつくったところが伸び、そしてそこに新たなビジネスドメインが生まれたわけです。今では、その新たなビジネスドメインを中心に、旧来の事業部が再編されつつある。
つまり、古い人を変えようと無理してはいけない。古い人を温存しつつ、新しい人や分野を大きく伸ばすということを日本はやるべきだし、一番やりやすい考え方だと思うのです。
―― ところで、出井さんの会社で日本の歴史の長いエンタテインメント会社へのTOB実施が発表されました(注5)。
吉本興業は1912年創業で、もうすぐ100年の歴史の会社ですよね。いまだに日本のショービジネスのトップランナーを走り続けていることはすごいことだけど、同時にアジア視点でもういちど見直してみたら、もっとまったく異なる成長を遂げる可能性がある。
これまでのビジネスを支えてきた人たちの強みに加えて、まさに新しい才能やジャンルを伸ばす余地があることを理解いただいて、非常に多くの賛同者を得ることができたんですよね。
「第2」を作る。好きな方を選ばせる
―― そのようにうまくいくプロジェクトはあると思うのですが、やはりなかなか動かない保守的な人もいます。アイデアが素晴らしくても、実際に組織を動かすのは難しいじゃないですか。組織を動かす、人を動かすということは、どのようにすればいいんでしょうか?
出井 いまが本当にピンチだと思わないとだめですよ。恐怖に震えあがるとかね(笑)。
先ほどの話に通じますが、年金はなくなる、介護はなくなる、自由化反対、なんて大騒ぎしてしまう不安だらけの人を無理に動かすのではなく・・・その人たちなりの場所を準備してあげればいいと思うのです。自由闊達な競争の街を「第2東京」、保守派の天国の街を「第1東京」のようにして、好きな方を選ばせてあげる。
―― これまでの経営論で言うと、「成功体験を無視しろ」とか「旧体制を壊せ」といった、いまの大きな組織を壊す話が多かったのですが、そうではないのですね。まったく新しい「第2」を創ってしまおう。そして、しばらくはどちらに属するか選ばせよう、と。
出井 どっちを選びますかみたいなことを言うと、きっと自発的に考えて動き出すのではないかと思います。無理に「変われ」とプレッシャーをかけても仕方ない。そういう発想をしないと、日本は活性化しないですよ。
―― 出井さんの言う「非連続の成長論」の意味が分かりました。今回、10月20日から始める「コールド・ジャパン」の連載でも参考にしたいと思います。ありがとうございます。
◇ ◇ ◇
(注1)カジュアル衣料のユニクロを展開するファーストリテイリングが発表した2008年8月期連結決算によれば、売上は5865億円で過去最高、営業利益875億円は「フリース」ブームにより過去最高となった2001年に次ぐ2番目の高水準。小売り大手が相次いで利益を減らす中、同社は増収増益に結びつけた「勝ち組」である。同社は海外でも成長を続けており、景気の減速感が強まる欧米市場では低迷したものの、中国や香港を中心とするアジア市場で好調に推移、初の黒字化を果たした。
(注2)クリント・イーストウッドが監督・プロデューサー・主演を務めたミシガン州を舞台とする映画。2008年12月全米公開、2009年4月日本公開。イーストウッドは本作を俳優業最後の仕事と宣言、全世界で270億円と最も興行収入を稼ぎ出した映画となった。
(注3)市場開放により外資系企業により国内資本企業が淘汰されてしまう現象。伝統あるテニスのウィンブルドン選手権では世界から強豪が出揃い、男子シングルスでは1936年のフレッド・ペリーを最後に、女子シングルスでは1977年のバージニア・ウェードを最後に開催地イギリスからの優勝者は出ていないことを語源としている。1980年代マーガレット・サッチャー政権によりビッグバンと呼ばれる大規模な金融の規制緩和が行われた結果、ロンドン金融市場の中心地シティは発展を続けたものの地場の伝統ある金融機関の大半が外資系金融機関に買収された。
(注4)米金融大手ゴールドマン・サックスの2009年6月期四半期決算は純利益が約3200億円となり四半期ベースで過去最高益となった。2四半期連続で黒字を確保、実質的に前年同期となる2008年5月期四半期に比べ65%の大幅増益。昨年9月の証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した金融危機において同社も米政府の不良債権救済プログラムで約1兆円の公的資金の注入を受けたが、公募増資などによりすでに返済を完了。金融危機の影響からほぼ脱却したと見られている。
(注5)2009年9月11日、出井氏が代表を務める投資会社クオンタム・エンターテイメントが吉本興業に対してTOB(株式公開買付)を実施することを発表した。