1.薬物代謝
経口投与された薬剤は、小腸内腔から小腸粘膜を経て血液中に吸収され、門脈を通じて肝臓へと運ばれ、肝静脈を経て全身循環に入ります(図1)。全身循環に入る前に小腸や肝臓で代謝を受けることを初回通過効果(first pass effect)と呼び、薬剤によってはそのために生物学的利用率(bioavailability)が大幅に低下します。初回通過効果が大きい薬剤は、効率が悪いだけではなく、代謝過程の相互作用を受けやすく、一般に効果がバラつきやすい傾向にあります。同じ論理で、代謝に関係する薬物間相互作用は、経口投与時のほうが注射時よりも影響が大きく、その違いは数倍に及ぶこともあります。
薬物が生体から除去される方法には、代謝と排泄の2つの経路があります。肝臓では代謝と胆汁排泄により、腎臓では主として排泄により薬物が除去されます。また小腸では吸収だけではなく、薬物によっては肝臓に量的にも匹敵する代謝が起きています。薬物の代謝と排泄の変化は、薬物動態に大きな影響を与えることがあり、その原因の一つとして、併用薬によるこれらの阻害、あるいは誘導による薬物間相互作用があります。
2.薬物代謝の種類
薬物の代謝は2相に大別されます。第I相は水酸基が付加するなどの酸化反応、第II相は水酸基やアミノ基などに水溶性の高い低分子が結合する抱合反応です。第I相反応の多くは、チトクロームP450(CYP)と呼ばれる酸化還元酵素群によって触媒されます。第II相反応にはグルクロン酸、硫酸、グルタチオンなどの種々の抱合酵素が関係します。一般に第I相代謝に引き続いて第II相代謝を受け、尿中や胆汁中に排泄される薬物が数多く知られていますが、薬物によっては、第I相、第II相の片側だけを受けるもの、全く代謝を受けないものがあり、さらに実際には1つの薬物でも複数の代謝排泄経路を辿るのがむしろ普通です。このような複雑さがあっても、どの代謝排泄のステップがその薬にとって鍵となるかを理解しておくことが重要です。
第I相反応の主力を担うCYP分子種の薬物代謝に関与する割合と肝臓中の存在比を図2に示しますが、薬物代謝への寄与はCYP3A4、CYP2D6、CYP2C、CYP1A2の分子種で90%以上を占めています。特にCYP3A4はヒト小腸および肝臓における最も主要なCYPであり、CYPにより代謝される薬物のうち約50%に関係します。CYPは細胞内の小胞体膜に局在します。CYP3A4の阻害による相互作用は臨床上問題となることが多く、実際に重篤な相互作用のために過去に販売中止となった薬剤も少なくありません。なお、CYPの量は人によって大きな個人差があります。これが薬剤の効果が人によって大きく異なる1つの原因となっているとともに、相互作用の強さも人により異なることがあります。
3.CYPの活性変動による薬物間相互作用の実態
薬物の吸収、分布、代謝、排泄の各過程で起こる薬物動態学的な相互作用のうち、約70%が代謝部位での相互作用、その70-90%以上がCYPを介した機序、さらにそのうち約70%がCYPの阻害に基づく相互作用、約20%がCYPの誘導に基づく相互作用であると報告されているとされています(図3)。CYPの阻害剤の併用により、一般に基質薬の代謝が抑制されて血中濃度が上昇し、副作用の発現のリスクが高まります。一方、CYPの誘導によって引き起こされる相互作用では、CYPの発現を誘導し酵素量を増加させる薬物の投与により基質薬の代謝が亢進される結果、薬物血中濃度が低下して一般に薬理効果が減弱します。ただし、代謝物に薬効がある場合はこれらの限りではありません。
4.CYP3A4の阻害による薬物間相互作用とそのメカニズム
図4には、CYP3A4のアゾール系抗真菌薬の阻害により非常に顕著にAUCが変化した例を示しました。CYPの阻害による薬物間相互作用の場合には、このように10倍を超える極端な変化の事例が文献上に散見されます。
CYPの阻害は、まず不可逆阻害と可逆阻害に大別されます。不可逆阻害は基質が酵素に強固に結合して起こり、一般にこのような阻害剤はmechanism-based inhibitor(MBI)と呼ばれます。一般にMBIの阻害は強力であることが多く、また阻害が最大効果に達するまで、あるいは消失するまでに、それぞれ数日を要します。CYP3A4の阻害剤の中では、リトナビル、マクロライド系抗生物質、およびベラパミル等はこのMBIです。グレープフルーツおよびそのジュースは食物でありながらCYP3A4を不可逆的に阻害しますが、小腸のCYP3A4を選択的に阻害し、肝臓での阻害は比較的弱いことが知られています。たとえば、カルシウム拮抗薬であるフェロジピンをグレープフルーツジュースと併用すると、経口投与時には血中濃度は上昇しますが、静脈内投与時では影響がありません。
一方で可逆阻害には速度論的に競合阻害、非競合阻害とその混合型に分類されます。基質認識部位を共有する基質間では一般に競合阻害を引き起こしますが、競合阻害は、基質とならない薬が起こすこともあります。例えば、シメチジンやアゾール系抗真菌薬のように、イミダゾール環やトリアゾール環など含窒素複素環を有する薬物は、CYP中のヘム鉄に配位することで可逆阻害を起こします。
5.CYP3A4の阻害による薬物間相互作用の予測
以上のように、CYPの阻害による薬物間相互作用の発現機構は多様で複雑です。しかし、最終的にはCYPの活性低下により基質薬の消失速度が変化することから、基質薬の消失に該当のCYPがどの程度寄与しているかと、阻害剤が該当のCYPの活性をどの程度阻害するかの2つの要因が分かればその程度は予測できます。薬物速度論的には両者は様々な要因の影響で定まりますが、私たちは最も単純化することで前者を寄与率(CR, contribution ratio)、後者を阻害率(IR, inhibition ratio)と呼ぶことを提案しており、この場合に平衡状態のAUCの上昇率(R)は以下の式で予測できます。
この相互作用の予測に関する研究の詳細は、論文等(Ohno et al, Clin Pharmacokinet, 46: 681-696, 2007または月刊薬事Vol.51 No4-7の連載等)を参照してください。図5にはこの予測の検討をおこなった際のCYP3A4の基質薬14剤と阻害薬18剤すべての組み合わせにおける相互作用による基質薬のAUCの変化比の予測値を示しました。赤い三角の印の組み合わせは、すでにある臨床試験におけるRの報告値から式1を用いて、CYP3A4のCR あるいはIRを算出するために利用した相互作用です。青い三角の印の組み合わせは本予測の精度を検証するために利用した相互作用ですが、その予測されたAUCの変化率は実際の観測値の0.5~2倍の範囲にほとんどが入っていました。
6.CYP3A4の阻害
による薬物間相互作用の評価
による薬物間相互作用の評価
図5において、三角の印のないところは相互作用試験の報告が無い組み合わせですが、約2/3の組み合わせが該当し、相互作用の程度が大きいと予測されるところでも相互作用試験の報告がない組み合わせがあることがわかります。このように相互作用の可能性が考えられても、その組み合わせの実際の報告がないために判断に困ることがあります。そこで、このような場合にもAUC変化が予測できるように、主な薬剤のCRCYP3A4とIRCYP3A4の値をそれぞれ表1と表2に示しました。これらの表の中の薬剤で、CRCYP3A4あるいはIRCYP3A4の値が0.5以上(すなわち中等度以上)の薬剤は、CYP3A4の相互作用により2倍以上その血中濃度AUCが変化する、あるいは他剤のAUC変化を惹起する可能性がある薬剤と評価できます。なお、IRの値は阻害薬の投与量の影響を受けます。例えば、表はほとんどが海外の臨床試験の情報から作成されていますが、本邦のクラリスロマイシンの常用量は海外より少ないので、実際のIRは少し低くなると考えられます。
例えば、CYP3A4の阻害によるブロチゾラムとボリコナゾールの相互作用について、この予測方法を用いて評価してみましょう。表1からブロチゾラムのCRCYP3A4は0.85であり、表2からボリコナゾールのIRCYP3A4は0.98ですから、式1に当てはめれば、併用時に予測されるブロチゾラムの血中濃度AUCの上昇比は約6倍と計算されます。この組み合わせの相互作用試験の報告はなく、添付文書でも注意喚起されていませんが、リスクマネジメントとしては、この併用には注意が必要と考えられます。
今回の表に記載がない薬剤ではどのように考えるべきでしょうか。この場合はCYP3A4の代表的な阻害剤、例えばアゾール系抗真菌剤、あるいは代表的な基質薬、ミダゾラム、ニフェジピン、シンバスタチンなどを併用したときの血中濃度AUCを評価した臨床試験の情報を探します。例えば新薬Aにおいては、イトラコナゾールとの相互作用試験の結果、血中濃度AUCが 5倍に上昇していれば、その薬剤のCRCYP3A4は式1から0.84と算出されます。そうすると、新薬Aについても表に記載されている他の薬と全く同様に、イトラコナゾール以外の阻害薬を併用した場合のAUC上昇率を予測できます。これと同様の方法で、CRだけではなく、IRを算出することもできます。ただしこの計算を行う場合には、CYP3A4に対する選択性が低く、IRやCRの小さい阻害薬や基質薬を組み合せて使うと、精度が悪くなりますので注意してください。
このような予測を使うことで、これまでよりも精度良く、合理的に薬物間相互作用を避けることができると考えられます。一方で、予測は様々の原因で外れることもあります。例えば、CYP以外のトランスポーターの寄与の大きいもの、あるいは一部の抗HIV薬のように阻害と誘導の両方があるものは、ここで紹介した単純な方法ではうまくいかないことが分かっています。その限界を認識した上で使いこなすことが重要です。また、薬物間相互作用による薬物動態学的な変化が正確に予測可能であっても薬物毎に薬物動態変化と効果・副作用の関係を考える必要あります。さらに、薬物間相互作用には薬理学的機構によるもの、あるいは原因不明のものも多いことから、それらに対する十分な配慮が必要です。最終的には患者さん個別に治療効果と安全性を検討することが重要です。