統合失調症とうつ症状の関係 症例2

統合失調症とうつ症状の関係で言えば

次のような症例を創作することができる。
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28歳、主婦。二人目の子供を出産して6ヶ月目,3歳の長子と次子を殺害し,自分も死のうとして自殺未遂,
しかし死ぬことができず救急病院に搬送され,一命を取り留めた後、二児の殺害を告白,しかしその告白の内容に
意味不明の部分があり,措置入院となり,精神科病院にて治療開始した。
兄とともに両親に育成される。健康な子供時代を送った。精神科関係の遺伝負因はなし。
専門学校を経て就職し,結婚,出産して職は辞し、28歳になって第二子を出産した。
出産したあとから「声」が聞こえるようになり,「子供を殺せ」と命じられるようになった。
今では不思議な感じがするが、当時は不思議とは考えなかった。夫にも親にも何も話さずにいた。
第二子が4ヶ月くらいの頃,子供を殺そうとして布団で顔を覆って窒息させようとしたが途中でやめた。
声に命令されたように思うが、なぜやめたのか、いまでは思い出せない。悲しくて泣いたような気がする。
だんだん眠れなくなり,食欲も減退して,何を見ても聞いても楽しくない。
映画を観ることが好きだったが、その頃には興味が持てなくなっていた。
悲観的な考えばかり湧いてきて、たとえば、将来貧乏になったらどうしようと夫に話したこともある。
また、地球の環境破壊が進んで子どもたちが住めなくなったらどうしようとか話した。
夫は,育児ノイローゼのようなものではないか,気晴らししようと言ってくれた。
そのころもミルクはあげていたし,夫と上の子供の食事も欠かさず作っていた。
近所の人達との交流はあまりなかった。悪口を言われているような気がして、近所づきあいは避けていた。
夫や両親の話では、元気がなくて神経質になっていたことはたしかにそうだけれど,
こんな重大な病気になっているとは気がつかなかったという。
話の内容も、過度に悲観的な感じはしたが,最近テレビなどで言われていることの延長ではあるし,
特に奇異な感じもなかった。
涙をながすことはあったが,育児ノイローゼだと考えていた。
痩せてきたことが気になってはいたが,第一子の子育ての時も大変だったし,そういうものだろうと思っていた。
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素描としてはだいたいこんな感じ。
入院したからのちは、自分の犯した重大な罪を悔いて一貫して抑うつ的。
精神病的な陽性症状としての幻聴,妄想などは語らず,陰性症状としての感情平板化は見られず,
「自閉 autism」「感情のマヒ flat affect」「両価的で矛盾した考え ambivalence」「連合障害 loosening of association」などの諸項目に関しても特に症状は見られない。

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話がこうなってくるとなかなか難しい。
現在確認できる統合失調症の要素としては二児出産後殺害にいたるまでの
「声」である。しかしこれについては本人の回想しかない。
病前性格も著しい傾向はないし,経過と言っても、今回の事件しかエピソードはない。

「声」のエピソードを重視すれば、統合失調症の診断になる。そしてその後の抑うつは精神病後抑うつと解釈できる。

過去の回想や事件を別にして現在症だけで判断すれば大うつ病に違いない。
そこを手がかりにして考えると、殺害は拡大自殺であり自分も死のうとしたが死ねなかったと解釈してもいいような気がする。
ストレスが極端になればうつ病の場合にも精神病症状を呈するものだから、症状の経過としては矛盾がない。

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現在の症状について治療するならば抗うつ剤で充分である。
問題はこの先もストレス負荷が高くなったときに再び精神病症状やうつ症状を呈するかどうかであり,
予防的な投薬が必要かどうかである。
予防投薬が必要として、それは第二世代向精神薬がいいか抗うつ薬がよいかも問題である。

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暫定的な提案としては
予防投薬はしない。
疾病に関しての教育を行い,今後ストレス状況下では、「声」の再発もうつ症状の再発も可能性があると認識していただく。
夫や両親にもその点を理解していただく。
予防ではなく、不安に感じたときに飲む薬として、引き出しに第二世代向精神薬を用意していただく。

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このような症例があったとすれば,
伝統的なドイツ・日本精神医学では統合失調症の診断が優先する。
またDSMやICD方式であればうつ病の診断が妥当である。
どちらも間違いというわけではないだろう。

治療としても,最近の抗うつ剤と第二世代向精神薬ならばどちらもある程度有効だろうと考えられる。

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このように、わざわざ、ストライクともボールとも判定できるギリギリのボールを設定することもできる。
本当は何であるかについて、
多くの判定者は今後の経過をみるというだろう。
反復するが完全に回復する傾向ならばうつ病であった可能性が高いし
反復して次第にレベルダウンするようであれば統合失調症てだあった可能性が高いとする議論もある。

このような議論なの場合に疾病の本質とか境界とかの問題が出てくるわけだが
暗黙のうちに自分勝手な疾病分類を語っていることがあるので
注意が必要である。

DSM流で言えば、長期経過が病気の本質を現しているという根拠はないし,
病前性格が参考になるという証拠もない。

エピソードがこれ一度きりであったとしたら,ますます分からなくなる。
分からないとしても,もう起こらないなら、それでいいわけだけれど。