ボリビアでリチウム争奪戦…主要国、塩湖に群がる
ボリビア政府によるリチウム精製実験施設(ウユニ塩湖畔で)=池松洋撮影
リチウムを手に精製実験成功を祝うボリビアのモラレス大統領(中央)=池松洋撮影
南米の最貧国ボリビアで、日本も含む主要国が、次世代環境技術のカギを握る天然資源・リチウムの争奪戦を繰り広げている。
電気自動車などに使われる充電池の原料がアンデス山脈の秘境「ウユニ塩湖」に未開のまま眠っているのだ。その量は世界の埋蔵量の半分とも言われている。
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地平線の向こうまで、真っ白な塩の大地が広がる。草木は生えず、動物もいない。中心都市ラパスから悪路を車で約12時間。富士山頂とほぼ同じ標高に、東京都の6倍近い約1万2000平方キロの静寂の世界が広がる。
10月29日、湖畔。リチウム開発を急ぐ政府が精製実験成功の祝賀会を開いた。労働者ら約2000人が見守る中、モラレス大統領は容器に入ったリチウムを片手に「これで資金を集め、工業化を進めよう」と拳を振り上げ、「日本の大使も駆けつけてくれた」と、唯一の外国人賓客である田中和夫大使を紹介した。
大使は大統領の直接の誘いを受けてともに会場入りした。異例の厚遇を「日本からの資金・技術援助への期待の表れだろう」と分析する。
だが、中韓欧などのライバルも虎視たんたんとリチウム資源を狙っている。
ウユニ塩湖が祝賀ムードに包まれている頃、ボリビアの中心都市ラパスでは、各国の代表が提案合戦を繰り広げていた。
◆トヨタ登場◆
10月29、30日に中央銀行など2会場で開かれた「リチウム産業化に向けた国際科学技術フォーラム」。世界15か国から1000人以上が集まり、会場は熱気に包まれた。フォーラムに名を借りてはいるが、実質的には各国のPRの場だ。
「次世代電池の材料はリチウムしかない」
日本を代表してトヨタ自動車の技術者が明言すると、会場は大いに沸いた。日本はトヨタに加え、経済産業省、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)、東京大学などから参加国最多の計5人の合同チームを派遣した。石炭と鉄鋼への集中投資をテコに高度成長した戦後日本の経験に触れ、「リチウムを軸にした産業振興の手助けをできる」とボリビア政府との共同開発を訴えた。
中国も5人の代表を送り込み、青海省の塩湖でリチウム生産を手がける実績をアピールした。モラレス大統領の出身村に学校を建てるなど、硬軟の戦術を織り交ぜる「侮れないライバル」(経産省幹部)だ。
フォーラムに参加した韓国やフランスも共同開発を争っている。サルコジ仏大統領はモラレス大統領の訪仏時、電気自動車の試乗までさせている。
水面下では、さらに多くの国が秋波を送る。「今では隣国ブラジルも含め世界中の国が交渉を持ちかけている」とボリビア鉱山公社のギリェルモ・ロエランツ技術顧問は打ち明ける。
◆銀山の反省◆
各国が競ってボリビア政府にすり寄るのは、モラレス大統領が2013年にリチウムの商業生産を開始し、18年には自動車用リチウムの生産工場を国内に建設する構想をぶち上げているためだ。大統領は「資金・工業化の両面で海外のパートナーを探さなければならない」と各国をあおっている。
ただ、労働組合出身の大統領は、同時にリチウムの国家所有を掲げてもいる。各国が欲しい利権(採掘権)は渡さず、資金と技術だけを引き出す戦略だ。今年1月に採択した憲法改正では、リチウムを含む天然資源の国家所有を決めた。
ボリビアには、16世紀以降のスペイン植民地時代、世界最大のポトシ銀山を擁しながら、貧困にあえぎ続けた苦い歴史がある。リチウムを「ボリビア固有の宝」と呼ぶ大統領は、資源の国家管理こそ繁栄のカギと信じている。
◆両にらみ◆
投資を検討する側からは、「利権が得られず、工場の共同運営程度では利益が薄い。思い切った投資に踏み切りにくい」(日本の商社首脳)との声も漏れる。各国とも同じ悩みを抱え、ライバル国とボリビア政府の出方を両にらみしながらの神経戦が続く。
ボリビアの1人当たりの国民総所得は1260ドル(2007年)で、日本の約30分の1、南米でも最低水準だ。ウユニ塩湖周辺は中でも最も貧しいが、一方で最近、秘境の観光地としての知名度が上がってもいる。日本も含め、世界中から観光客も増えている。
ウユニ塩湖で観光ガイドを務めるファニータ・ソブリーニョさん(27)は「地元ではリチウムで潤う期待と、開発でこの貴重な自然が変わらないか不安な声で揺れている」という。開発を巡る思惑は国内外で乱反射している。(池松洋)
(2009年11月8日01時44分 読売新聞)