100年前には確かに性欲のことが問題だったのだろう
臨床としてはそうだったのかもしれない
しかしフロイトはそれを遙かに通り過ぎて
自己愛の領域についていろいろと書いている
なるほどとも思うが不思議な気もする
現在では性的抑圧の状況はどう判定すればいいのだろう
抑圧というよりも出口を求めてさまよう感じだろうか
原初的な性欲回路がそのまま孤立しているのではなくて、
自己愛回路と結合して、
むしろ自己愛回路の下部回路になっている。
自己愛が性欲を搾取している。
子孫を残すのだから性欲の問題は必ずあり
自分が生きているのだから愛着はあって自己愛の問題も必ずある
異常と正常の区別は難しいこともあり
結局社会の容認次第という部分が出てくるのも否めない
その部分については医学とは少し雰囲気が異なる