後輩の話
じぶんでじぶんをささえること
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僕らの仕事って蓄積にならないし
明日の保証がないんですよ
なにか外側から保証されるライセンスがあるわけでもないし
所詮無形のものです、アイディアですから
仕組みとしても、アイディアなりコンセプトなりにマーケットで値段をつけるということは難しいです
分析力はいろいろですけど
それを見せるプレゼンテーションの力と見分けがつかない
引き出しを沢山持っている人は強いですね
いろいろな分析をして見せて
都合のいいものを提示できる
コンペになっていろいろ考えて出すでしょう
すると相手もずるくてとりあえずした準備していた安いところに決めるという手もある
そしてその時に出たアイディアを建前上は使わないけれど
その後「もんでみました」みたいな話で結局いろいろと取り入れている
無意識にといえばそうですけれどね
グローバルな競争になっているので
勝ち続けることはないんです
必ず負けます
人件費、家賃が全く違うわけですから
それにすべてのアイディアも技術も模倣可能なんです
できなかったら人を雇うか会社を買うかすれば調達はできる
まあ、それで利益率が落ちるので、それはしょうがないですが
転職は多いです
メジャーリーグのような感じ
戻ってくる人もいたりしてそれもあり
競争相手との差別化ができないんですよ
今回は勝ったと思っていると
来週にはもう取り入れられている
僕らにしても負けた記憶は大きいですから
取り入れてしまう
すると何も違いはなくっなてきて
値引き勝負のような消耗戦になる
結局人と人なんですよ
相手の会社も、おたくは少し割高だけど、付き合いだから頼むと言われる
するとこちらは多少持ち出しになってもお付き合いしてサービスする
結局割安な買い物になるんです
そんな感じでもいいから長く関係を続けることが一番いい仕事が出来るはずなんです
こちらは企業の内部がよくわかりますから
ただ少し変えてみようかとか
他社のセールスに乗って、じゃあ、今回はコンペにしようかとか言われると消耗します
役員が変わったりすると、なにか変えたいんでしょうね
そんなわけで今の僕は春の雪なんです
降ったらすぐ溶けて明日は残っていない
根雪がいいんですよ
降り積もってゆく雪になりたい
自分でそこの仕組みを心の内部に
つくらないといけないから大変ではあります
他人から承認してもらって安心するというプロセスが
結局、コンペとか収益の伸びとかで摩滅しているんです
自分でしっかり自分を支えていかないといけない
日展の洋画、日本画、書道、工芸とか並んでいますよね
あの中で僕にとっては工芸が特別なんです
洋画も日本画、書道もときどき現代芸術的な、子どもが偶然やったらできたみたいな感じのものがあるでしょう、
技術がどこにあるのかわからない
ところが工芸はそうではない
子どもが遊んでなにかやっても似たものさえできない
まねさえできない
そういう、厳しい世界ですよね
僕はそういう世界に生きたいと思って目指している
そのような内部環境をつくろうと思っている
僕は工芸作家のようなつもりで
作品を作る
それは外部から見たら他の人と同じようなものにしか見えないかもしれない
でも、僕には違いがはっきり分かる
理解にも、要するにこういう意味ね、と抽象的に還元していく方法と
具体的な事象を指でなぞって理解していく方法があるわけでしょう
僕にはまた独自の方法があると思っているし
それはいますぐに周りの人に理解してもらわないと不満だというのでもないです
100年でも200年でも残る形にしておいて
そのころでも、多少の理解者がいればいいですよ
いなくてももう100年待てばいい
僕は結構待てるタイプなんです
具体的な他者でなければ自己愛備給にならないと理解は出来ているんですよ
でも、僕にとっての具体的他者は200年先でもいいかなと
そのことでじぶんでじぶんをささえています
他人に依存しない人生もいいですよね