自尊心の基地はどこにあるのか?

自尊心の基地はどこにあるのか?

たとえば芸術家
自分なりに満足のいくものを作りたい
陶芸でもいい
自分なりにいいと思う湯のみができる
しかしその湯のみが一般の人に支持されなかったらどうするのか
価値のある茶碗とはどういうものか
その価値判断を世間の多数決に求めると
非常に不安定になる
あるいは自分が信用している少数の人達の判断に委ねても
やはり不安定である
顔色を気にするようになる
いっそのこと自分だけの基準で生きることもできる
芸術家なんだから当然だが
独りよがりとすれすれである
マーケットで値段をつけてもらうとしても
そんな値段は宣伝とかコネとか色々な仕組みが関与していて
容易に信じることはできないはず
半分ハッタリで半分コネで大部分は偶然
ーー
まっとうに考えて
やはり自分を自分で信じて真っ直ぐ進むしかないのだ
この短い、限られた、一度限りの人生を、妥協ばかりしていてどうする
みんなではしゃいで終わる人生でいいのか
これが私の人生のほんとうの中身だと信じられるものにぶち当たりたいではないか
浅い偶然ばかりを人生だと思いたくない
ーー
深いとか真実とか本物とか、そんな言葉自体に大いに嘘があるし
嘘つきほど内容のない言葉を使う
それは理解する
しかしその上で、なにか、もう少しだけ、本物があるのではないかと思う