(体とこころの通信簿)強迫性障害 不安や恐怖に慣れて治す
おかしなことと自分では分かっている。しかし、嫌なイメージや考え(強迫観念)が頭に浮かび、それに伴う不安や恐怖を打ち消すための行為(強迫儀式)を繰り返す。気がつくとかなりの時間とエネルギーを使ってしまっている。それが強迫性障害(OCD)という病気だ。
愛知県の主婦Aさん(50)が娘の異変に気づいたのは、娘が5歳の時だった。服のボタンを留めても「曲がっている」と言って何度もやり直す。テーブルに置く茶わんとはしの位置が気に入らず、気に入るまで置き直す。
こだわりの対象は次々に広がった。トイレに入ると、気に入ったふき方ができるまで出てこられない。そのうち、「汚いから」と、トイレの前や干した洗濯物の近くを通れなくなった。服の袖の通し方がおかしかったからと、10回以上、手を通し直しても納得がいかない。
そうしたこだわりのすべてにAさんは巻き込まれた。行動の繰り返しに付き合わされ、確認を求められるのだ。「洗濯や風呂にかかる水道代、トイレットペーパー代もバカにならなかった」とAさんは振り返る。結局、娘は小中学校9年間のほとんどの期間、登校できなかった。
20年以上、OCDの治療に当たっている「なごやメンタルクリニック」(名古屋市中村区)の原井宏明院長は症状をこんな風に説明する。
患者の心の中に、何かの「引き金」、例えば排泄(はいせつ)物によって、「病気になるのではないか」という心配(強迫観念)が生じる。手を洗うなどの「儀式」を行うと、一時的に苦痛はやわらぐが、長続きしない。儀式をすればするほど、強迫観念が深刻になってしまう。
これを繰り返しているうちに引き金の種類やきっかけが増え、儀式も念入りになる。完全な儀式でなかったというだけで強迫観念が生じる悪循環になる。「何も頭に思い浮かばないようにすれば楽だ」とベッドに引きこもってしまう人もいる。
OCD患者は100人に2、3人とされる。うつ病より少ないが、統合失調症よりは多い。サッカーのデービッド・ベッカム選手が病気を告白したことでも知られる。
SSRIと呼ばれる抗うつ薬による薬物療法が有効とされる。ERP(エクスポージャー〈暴露〉と儀式妨害)と呼ばれる行動療法も、様々な研究で効果が認められている。
ERPは、恐れや不安を呼び起こす体験に患者が自らをさらし、その状態でも「儀式」をしないように努める治療法だ。
トイレの水のように、患者が一番恐れている汚いものに、あえて触って手を洗わずにいる。これを繰り返し体験し、慣れてしまうことを目指す。患者が自発的に取り組むことが必要だ。「治療を受けさせるのでなく、自らすることが大事だ」と原井さんは言う。
行動療法を経験した患者が中心となり、2004年に熊本県で患者と家族による「OCDの会」が発足した。会の活動は東京、名古屋、広島に広がっている。原井さんは、治療への意欲を高めるために、行動療法で治った患者に会を通じて会うことを勧めている。