ヒクソン・グレイシー グレイシー柔術

 私がそれを説明するなら、自分自身を理解するシンプルな方法で、基本的には負けない人間になれる術だと言うだろう。
 ただし、それは相手を倒せるようになるという意味ではない。それはまた別の話だ。それでも、自分が負けることはないと分かれば、あとは引き分けるか、勝つかしかない。
 負けないことが分かっている試合に出ることを、想像してみてほしい。
 たとえば、悪いやつが襲ってきたとしよう。自分より15歳も若く40キロも体重が重い男が、自分を痛めつけにくるんだ。
 そこで1時間ずっとホールドしていると、ようやく警察がやってきてそいつを逮捕し、命拾いをする。うまくいった。これは実質的な勝利と同じで、最悪でも命は助かる。
 もっと互角の条件なら勝てたはずだ。たとえば年が同じで体格も何もかも同じなら、叩きのめせるに違いない。「勝つこと」ではなく「生き残ること」
 私は、相手の体格や制限時間などの条件を問わず、いつでも喜んで挑戦を受けてきた。そんなとき、まず心がけていたのは、「相手を打ちのめそうとしない」こと。決して自分がやられないことだ。
 チャンスは必ず利用して決着をつけたが、決着をつけること自体を最優先したわけではなかった。
 私は、飢えた目で闘いを挑んで自分の欠点を忘れたりはしない。いつも危険を意識して試合に臨むと同時に、どんな隙も見逃さず、すかさず食らいつく。
 勝つことを優先したことはない。何よりも大事なのは、生き残ることだ。
 どんなことをしても自分を守ること。最悪の状況に陥っても落ち着いていること。
 そのままで時間を稼ぎ、自分の安全を守りながら、チャンスが来るのを待つ。相手が何度も何度も攻撃を繰り返して、ついに「ちくしょう、どうにもならない」と言って、あきらめてくれれば、たいしたものだ。
 もちろん、攻撃をしてきた相手がミスをして、そこで反撃に出られればもっといいが、少なくとも、ケガをせずに家に帰れればいい。トラブルに巻き込まれないで生きていけるなら、それでいい。
 それもまた重要なスキルだし、おそらく多くの人にとって、何よりも役に立つ能力だろう。