発達期言語コミュニケーション障害の新しい視点と介入理論
笹沼 澄子 編
《評 者》岩田 誠(東女医大教授・神経内科学)
高次脳機能の喪失とは異なる発達性障害を理解するために
本書の書評の依頼を受けていささか困惑した。私にとっては専門外の領域の物事を扱った書物であり,しかもタイトルから察するに,大変難解な内容であるような感じがしたからである。しかし,いざ本を手にして中を読み出すと,各章や,それを構成している各項の概要がそれぞれの冒頭に示されており,これを頼りにして読み進むと,意外に読みやすいことに気づいて,まずは安心した。 私自身は,これまで成人における失語,失読,失書といったような,いったん獲得した機能が脳病変によって失われたことに基づくさまざまな障害に接し,それらの障害をヒトの大脳における機能局在の原則に従って理解しようと試みる研究に従事してきた。そのような方法論を扱いなれた視点から眺めていると,本書で扱われているような発達性障害の病態を理解することはきわめて困難である。このことを自分自身で強く感じたのは,今からもう十数年前になろうか,本書でも取り上げられているWilliams症候群の患者に初めて出会った時であった。この特異な症候群の患者に図形の模写をしてもらった時,私はそれまで幾度となく経験してきた成人における視覚構成障害とは,根本的に違う何かを感じたのである。自分がそれまで金科玉条として信じていた大脳機能局在論では理解しがたい,何か不可思議なことが起こっているということに気づいたのである。その時が,私にとっての発達性高次脳機能障害への開眼元年であった。
それまでも,本書で取り上げられているさまざまな病態,特に自閉症スペクトラムや発達性読み書き障害の神経心理学的研究に接する機会がなかったわけではないが,そんな時私にとってはいつも消化不良の感じで終わるのが常であった。それは,いつも成人における神経心理学的手法がうまく適合できなかった例として,それらの研究を見てきたからだと思う。それは,私自身の誤りであったと同時に,この分野の研究者の方々の誤解に基づくものであったことも否定できないであろう。大脳の発達過程で生じてくるさまざまな病態と,それによって生じる障害,それらのことを,できあがった機能の喪失と同列に扱い,同じような理論で理解しようとすることが,そもそも適切ではないということが,どちらの側の研究者にも十分理解されてはいなかったのであろう。
しかし,それから20年余の月日を経て,発達性コミュニケーション障害の研究は大きな展開を遂げていた。発達性障害というものは,成人における出来上がった機能の障害,というものとは切り離して考えられねばならないということ,そしてそのような発達性高次脳機能障害の研究こそが,高次脳機能の発達そのものの機構を明らかにする研究領域であるということ,本書を読めば,それらのことが如実に感じられるのである。ヒトの高次脳機能,特にその形成過程に関心のある方々には,ぜひ一読されることを薦めたい。
B5・頁328 定価6,300円(税5%込) 医学書院