続々誕生する新種のネット依存症
動画投稿サイト、ネット百科事典、SNS、オンラインゲーム……魅力的なサービスが次々に登場し、ますます便利になるインターネット。だが、喜んでばかりもいられない。ネットの利用者数が増え続ける一方で、新種の「依存症」が広がっているのだ。その恐ろしい実態と処方箋を探った。
一人暮らしのOL、タカコさん(30・仮名)は、若手お笑いコンビの大ファン。2人が出場する勝ち抜き戦方式のお笑い番組をたまたま見逃してしまい、がっかりしていたが、週末、何げなく立ち上げたパソコンの中で、思いもかけずその番組を発見した。動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」に、誰かが番組を投稿していたのだ。
2人の名前を検索していくと、関係する番組も次々に現れた。すっかりユーチューブのとりこになったタカコさんは結局、土日の2日間、机に突っ伏してわずかな睡眠を取った以外は、ほぼぶっ続けでパソコンにかじりついた。風呂にも入らず、食事は宅配のピザ。はっと気がつくと、月曜日の朝を迎えていた。
「掲載されている番組を全部、見たくなって、もう夢中。仕事があると、われに返らなかったら、ちょっと危なかった」
タカコさんは、こう振り返る。
2005年に米国で誕生したユーチューブには、利用者が自ら撮影したり、集めたりした動画のほか、テレビ番組など著作権を侵害するような画像も多数、掲載されている。民間調査会社のネットレイティングスによると、昨年1月には75万人だった日本からの利用者(家庭ユーザー)が、11月には813万人に急増する人気ぶりだが、同時にタカコさんのような依存症にかかる人も増えているという。
ユーチューブと同じく、昨年、利用者が急増したのがインターネット上の巨大な百科事典「ウィキペディア」だ。日本語版には約31万件もの記事があり、大半は一般の人がボランティアで書いている。誰でも「編集者」として記述を変更したり、追加したりできるのが特徴だ。自分と他人の書き込みが連鎖して、知恵や知識が集積していく過程に魅力を感じる人も多いが、テクニカルライターの三上洋さんは、最近、自分の書き込みに過剰な思い入れを抱く「編集マニア」が目立つようになったと指摘する。
「ウィキペディアの記事はなるべく公正中立な立場で書き、何か事件が起こってもリアルタイムで物事を追わないのが原則。とはいえ、結局は個々人の判断に委ねられるので、時々、『自分のほうが中立公正で正しい』と記述をめぐる争いが起きる」
昨年、著名起業家に関する記述をめぐって、「でたらめな記述」と主張する本人と、ネット上の編集者との間で「編集合戦」が起きたが、いたずらや嫌がらせだけでなく、編集マニアの存在が指摘されているという。
ネットストーカーも登場…
「前に、NPOで活動していたよね」
20歳代のOL、ユウコさん(仮名)は、一度しか会ったことのない男性にいきなり声をかけられ、思わずゾッとした。男性とは以前、友人の開いたパーティーであいさつを交わしたくらい。確かにユウコさんは、発展途上国への支援活動を行っているNPOにいたことがあったが、そんな話をした覚えはない。男性は、ユウコさんのネット上のニックネームを推測し、検索サイトのグーグルや、ネット上で会員同士が交流するミクシィなどを使ってこうした情報を集めていたのだ。
ユウコさんは、
「その後、特につきまとわれることはなかったので良かったのですが、何とも言えない薄気味悪さを感じました」
と打ち明ける。
ミクシィに代表される「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」に詳しい、フリーライターの高橋暁子さんのもとには、ネットによるストーカーまがいの行為についての相談が時折寄せられる。
「過去の情報を調べられるだけでなく、ミクシィの個人ページに書き込みをすると、すぐにコメントがきたり、毎日、訪問した跡がついていたり。ネット上でずっと見られているような感じを受けるというのです」
検索技術の向上は目覚ましい。本人は個人情報をさらしていないつもりでも、例えば、過去に参加した団体の活動記録などがネット上に掲載されたりすることもあり、検索を続けると、思わぬ個人情報が集まることがある。ストーカーではなくても、「検索マニア」は増えているようだ。
昨年、NHK職員の夫婦が、心臓移植手術を希望する長女のために募金を募ったところ、中傷が相次ぎ、支援者の個人情報までがネット上でさらされる事態になった。前出の三上さんは、
「ネットのなかで何か話題がないかずっと追いかけている『祭り好き』がいて、個人情報を検索してつかんだ『成果』を披露しあうことで、どんどんエスカレートする」
と話す。
もちろん、気になる相手のことを、グーグルなどで試しに検索してみるのは、もはや当たり前。学生の採用にあたって、事前に学生の個人情報を調べる人事担当者も出てくるほどだ。自分の名前を検索して、ネットでの評判を知る人も少なくない。
ただ自分の評判をチェックするだけなら問題はないが、
「自分の悪口を言っている人のブログを見つけ出し、『攻撃』することもある」(ITジャーナリストの井上トシユキさん)
という。
個人情報を自ら暴露
他人の個人情報をあら探しするマニアがいる一方で、自らブログやSNSの個人ページで深刻な個人情報をさらす人もいる。心の病気や過去のトラウマについて語るケースが多く、時には飲酒運転などの犯罪歴を自ら暴露し、批判が殺到することもある。
井上さんは、
「ネットは誰もが見られる開かれたメディアだということを忘れ、自分だけが読む日記をつけている感覚で書いている」
と話す。
もっとも、SNSでは、個人的な趣味や悩みを披露して、現実には探すことが難しい仲間を集めることが簡単にできる。実際、ミクシィには女装趣味を持つ男性同士など、さまざまなコミュニティーがいくつも出来ている。
ただでさえ近所づきあいや職場などの人間関係が希薄になるなか、新たな交流の場を提供しており、「現実ではなかなか居場所を探せない人にとって、大きな救いになっている側面もある」(三上さん)のだ。
そのSNSをめぐっては、「ミクシィ疲れ」という言葉もよく聞かれるようになった。自分の書き込みにコメントや訪問歴がつくと、それが快感になり、何度も書き込みを繰り返すようになるうえ、さらにはコメントをくれた人に対してお返しをするようになる。このサイクルを繰り返すうちに、やめられなくなってしまうのだ。
ブログについても同様だ。ブログを更新しないと不安になり、今度はコメントがつくかつかないか、気になって気になって仕方がない。コメントにも、いちいち返事を書かないと気が済まなくなっていく。
ネット上のコミュニケーションに神経をすり減らしてしまうこうしたケースとは別に、前出の高橋さんが気になっているのは、現実の対人関係が二の次になっている人が多いことだ。
対面して会話中にもかかわらず、突然、一方的にさえぎり、携帯を取り出してミクシィの書き込みをチェックする人を何人も見てきた。なかにはSNSやブログに書く材料を集めるため、生活のスケジュールを立てる「ネタ探し病」のような人もいるそうだ。
「(ネット上の仲間と実際に顔を合わせる)オフ会に年間200回参加した人がいますが、どの会にも少し顔を出しただけで、参加者と写真を撮るのが最大の目的。それをすぐにアップして、ネット上の仲間から楽しそうに過ごしているとか、人脈が広いなどとか思われたい。直接、目の前にいる人より、ネットの世界でどう思われるかを大事に考えているようです」(高橋さん)
一方で、ネットの世界では、現実の世界ではちょっと考えづらいような親近感を示す人もいる。高橋さんは、一度会っただけの女性から突然、長文のメールを送られたことがある。
「彼氏から二またをかけられていて、一回、自分のもとに戻ってきたのだけど、これからどうしようといった内容の恋愛相談でしたが、『なぜ親しくもない私に……』と驚きました。ネットには密室感があるため、人間関係の距離感が少しおかしくなるのかもしれません」
重症なら治療が必要
冒頭に登場したタカコさんのように、一時的にネットにはまっても、すぐに現実生活を取り戻せればいいが、そうでなければ、本格的な治療が必要になる。
精神科医で、成城墨岡クリニックの墨岡孝院長のもとには、毎月20人近くのネット依存症患者が訪れ、このうち3~4人が初診患者。5年ほど前から目立つようになったという。
最も多いのは、オンラインゲームが原因の引きこもりだ。たいていは、ゲームに熱中するうちに自分の部屋に閉じこもるようになり、手を焼いた家族が連れて来る。都内の私立大学2年生の男子学生は、大学入学後にオンラインゲームにはまり、半年後には自分の部屋に閉じこもるようになった。食事は部屋の前に置かせ、好きなときに寝て、好きなときに起きる生活で、風呂に入るのはせいぜい1週間に1回。髪はボサボサで身なりも不潔になり、体重も増えていったがお構いなしだった。
両親が注意しても全く聞かず、大学に行くよう強く勧められると怒ることもあった。対人関係とは裏腹に、男子学生は、ネットの世界では雄弁に自分の意見を語っていたという。男子学生は約1年後に、両親に連れられて来院した。
まれではあるが、ゲームと現実の世界を混同する深刻なケースもある。ある会社員は、ゲームの世界で「金持ち」として振る舞っているうちに、現実との区別がつかなくなり、実際に借金して高級車を買っていた。
オンラインゲームはそもそも、「時間をかければかけるほどレベルが上がって楽しくなるので、終わるきっかけがつかみにくい」(前出の井上さん)。お隣の韓国では、熱中しすぎて死亡するケースが報告されている。
深刻な依存症の原因は、オンラインゲームだけではない。なかには、ネットでの株取引に熱中するあまり、こっそりと親のクレジットカードに手を付けた高校生もいる。ゲーム感覚でお金もうけを楽しんでいるうちに、朝から晩まで売買に励むようになり、学校を休むようになっていた。
墨岡院長によると、依存症にかかりやすいのは、「きまじめで論理的な思考を好み、マニュアルにこだわるタイプ」。20歳代から30歳代前半の若い男性が多い。
対処法は他の依存症と同じで、パソコンから切り離すことが大切。家族と過ごす時間を増やしたり、スポーツで体を動かすようにしたりと、少しずつネットの時間を減らし、1日2時間以内に抑える。問題に気づきさえすれば、アルコールやたばこなどの「物質依存」と違い、4か月から半年ぐらいで治るケースが多いそうだ。
底知れぬ魅力を秘めたネットの世界。向き合う際には、引き込まれすぎないように気を付けたい。
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海外でも大問題のネット依存症
ネットの依存症については、イギリスの科学雑誌「New Scientist」が、昨年12月発行のクリスマス・新年号で4ページにわたる記事を掲載し、いくつかの「症例」を伝えている。本文中に登場した、ウィキペディアの編集に過剰な情熱を注ぐ依存症(「ウィキペディホリズム」と命名)や、自分の名前をネットで検索し、世間でどんな評価を受けているか常にチェックする「エゴサーフィン」などのほかに、こんな具合だ。
▽「サイバーコンドリア」――体の調子が少しでも悪くなるとすぐネットで該当する症状を検索し、病名を診断する
▽「フォトラーキング」――会ったこともない人の写真アルバムを見続ける
▽「クラックベリー」――欧米で人気の携帯端末ブラックベリーを確認せずにはいられない
巷に流行る依存症あれこれ
高橋さんは、本文で紹介した以外にも、こんな「症例」をあげる。
▽メール依存症――近くにいる人にでも、言いたくないことはメールで済ます
▽メールの返信が遅いと怒る病――メールには時間単位で返信するのが当たり前と思っている
▽ネット過信症――新聞などは読まず、ネットのみで情報を補完しようとする
▽井の中の蛙病――狭い世界のなかでの有名人と接したがったり、狭い世界で言われていることを常識だと思い込んだりする