ある官僚の人生

ある人に教えてもらった文章。
*****いずれにしても安倍政権下で拉致問題を最大限に“利用”して栄達した人物 ―安倍さんもそうですが― については、ここできちんと問題提起しておく必要があると思います。現在、麻生政権で事務担当の官房副長官に就いている漆間巌さんは、その典型的な一人だと思います。この方はご存じの様に警察官僚の出身で、安倍政権時には警察庁長官であり、安倍さんと深い信頼関係を結んでおり、安倍首相が官房副長官として抜擢すると言われていました。彼が何故そこまでの信頼関係を築く事ができたのか。彼が警視庁長官だった時代を振り帰ると、全国の警察で政治的、恣意的な捜査が連発されていました。ターゲットにされていたのは朝鮮総連、及び北朝鮮でした。
 もちろん、犯罪行為があればきちんと捜査する事に異議を唱えません。しかし、漆間長官の時代には、事実に基づかない捜査、あるいは事実を相当に誇張、歪曲した捜査が横行しました。例えば〇六年(平成十八年)、東京在住の在日朝鮮人のおばあさんが薬事法違反に問われた事件がありました。これは、持ち出しが禁じられている薬品を万景峰号で北朝鮮に持っていこうとした事件、事件と言うより 「事案」ですが、この時に警視庁公安部は総連の東京本部などを大々的に強制捜査しています。事件と関係があるとは思えない劇団の名簿まで持っていてしまう様なガサでした。
 しかし実態は、このおばあさんがピョンヤンにいる親戚に点滴薬などを持って行こうとしたに過ぎませんでした。しかし、薬事法が改正された後であり、持ち出しができなかった。そうだと分かると、おばあさんはすぐに諦めて送り返した。ただそれだけの事です。ところが警察リークに基づいてメディアは大々的に報じ、新聞の社説では 「ミサイル開発に関係あるのでは」 や「個人的犯罪である訳がない。国家ぐるみの犯罪だ」と書かれていました。憶測記事が山の様に量産されていましたが、実態は先述の通りであり、警察は書類送検しましたが、起訴もできずに幕引きしました。
 同じ年には、大阪の在日朝鮮人男性による車庫飛ばし事件が起きています。犯罪は犯罪ですが、これを理由に滋賀県の朝鮮人学校にガザが入り、保護者名簿まで持っていかれています。いくら犯罪捜査でも、車庫飛ばしで朝鮮学校にまでガサを行うとは、いかにも針小棒大の公安捜査の典型だと思います。
 翌年(平成十九年)には、札幌、神戸で朝鮮商工会に税理士法違反による摘発がありました。これは厳密には犯罪と問われかねない案件でしたが、そんなに簡単に割り切れる問題ではないと言われています。商工会は在日系企業の窓口になって税金を納める存在で、税務当局と商工会はある意味 「協力関係」 にありました。だから税務署が商工会に表彰状を出した事もあったそうです。また、類似の行為をやっている団体は商工会以外にもある。ところが長年の 「慣行」 として続いていた行為がある時突然、税理士法違反として摘発されてしまう。
 そんな 「事件」 が連発していたのが、漆間さんが警察庁長官だった時代でした。ある時、警察幹部にこの頃の様子を聞いてみると、「北朝鮮がらみの事件を徹底的に掘り起こせと警察庁からハッパがかかり、これに基づいて政治的な捜査が頻発した」とおっしゃっていました。
 拉致問題をめぐっては、〇六(平成十八)年から〇七(十九)年にかけて、もっと露骨に捜査が行われました。ご記憶の方はいらっしゃるかもしれませんが、本名すら不明の 「北朝鮮工作員」 の逮捕状を次々に取って、国際指名手配したのです。この逮捕状を取った時期を調べると、六ケ国協議やASEAN首脳会議にからんだ時期などに集中している。安倍官邸が描いている政治・外交日程に合わせて警察が動いているのです。
 実際、〇六(平成十八)年十月頃、通称名しか分からない北朝鮮の女性工作員の逮捕状を取った時、漆間さん自身、記者会見でこう述べています。「北朝鮮が六ケ国協議に復帰する以上、日本が拉致を忘れていないというメッセージだ」「政治的メッセージ」を送るために逮捕状を取ったと警察トップが明言しているんです。しかし、逮捕とは警察にとって最大限の権力行使です。それを 「メッセージのため」 に行ったというのです。また、漆間さんはこんなことも会見などで公言しています。「北朝鮮に対する圧力を担うのが警察だ」、「北朝鮮が困るような事件を摘発するのが拉致問題の解決につながる」、「そのためには資金の問題などで北朝鮮がここまでやられると困るほど事件化するのが有効だ」 商工会の事件はまさに後者の狙いがあったと伺えます。
 しかし、冷静に考えて欲しいのですが、警察の捜査は、あくまでも 「法と事実」 に基づいて行われるものです。「北朝鮮に対する圧力を担うのが警察だ」と言うのは、あるいは「相手が困る事件を摘発することが拉致事件解決につながる」 などと言い放つのは、まるで「外交圧力のために警察権を行使する」と言っているに等しく、言わば一種の 「政治警察宣言」 です。
 今日いらっしゃっている民族派の方にも、公安警察が極めて政治的に動く事はご承知であると思います。この時は朝鮮総連がターゲットになりましたが、次はどこに向うのか分からない。警察が政治と密着して動くと、ターゲットにされた先は些細な事でも引っ掛けられてしまう。これは北朝鮮に限った話ではない。この事は忘れてはならないと思います。
○「政体の番犬」公安警察の暴走
さて、そうした捜査をやっている最中、漆間さんは頻繁に官邸に行って安倍首相に会っていました。安倍政権の一年だけをピックアップしても、少なくとも十一回は官邸を訪れた記録が残っています。歴代の長官でもここまで政権と密着した人はおりません。
 日本の警察は、戦前・戦中の警察が中央集権的な機構の下で暴走した反省の上に立ち、公安委員会制度を導入しています。また、中央省庁でも警察庁だけは唯一、トップを政治家ではなく官僚が勤める事になっています。そして警察庁は国家公安委員会の管理に服さなければならないと定められており、警察庁トップである長官がしょっちゅう官邸に足を運ぶなどという振る舞いは避けるべきなのです。警察は政治家を捜査をする事もあるし、暴力装置である機動隊も持っている。例えば検事総長が首相官邸に頻繁に足を運び、首相と会っていたら大ひんしゅくを買うでしょう。しかし、漆間さんはそれを平気でやってのけた。
 最近の歴代長官が官邸を訪れた回数を調べると、多い人でも在任中に七、八回ほどです。それが警察庁長官としての振るまいの品位、矜持だったと思いますが、漆間さんはそれを遥かに超えて首相と密着していた。その挙句の果てに 「北朝鮮への圧力を担うのが警察だ」 と警察の本義を忘れるような事を言い放ち、実行してしまう。それで安倍さんのお気に入りになった訳です。
 知り合いの公安OBに聞くと、「警察と政治が無縁だった事など今まで一度もないが、警察と政治が取るべき距離はおのずとある。しかし、漆間さんという方はそれが分かっていない」 と嘆いていました。それほど常軌を逸していたし、一方で政権と蜜月関係を作っていた。
 そもそも漆間さんは長官になるような人物ではないとも言われていました。彼の同期にはエースと言われた人が他にいましたが、体を壊して早期退職してしまった。漆間さんの長官就任はタナボタ的な面もあったようです。その上、現長官の吉村博人さんまでの「つなぎ役」と見られていたのですが、結果的に三年に渡る長期政権になった。当時、警察内部では「漆間さんがいつまでも居座るから人事が滞留して困る」と幹部が露骨に愚痴を言っているほどだったそうです。それもこれも全て安倍さんの言う通りにして、政権の意向におもねった政治的、恣意的な捜査を連発して安倍さんに可愛がられる様になったためです。
 そして警察庁長官退任後、約一年経って麻生政権の官房副長官に抜擢されました。これも安倍さんの推挙があったためです。また、もともと 「選挙管理内閣」 と言われた麻生政権は、選挙になった時、警察官僚出身の官房副長官がいれば、民主党に対する牽制にもなるし、また選挙関係の情報も入ってくるのではないか、という打算もあったかもしれません。
 しかし、現在官房副長官としての漆間さんの評判は最悪です。霞ヶ関、永田町、また各社の記者に聞いても一人として良い評価を言う人はいない。
 言うまでもなく、事務担当の官房副長官は霞ヶ関官僚トップの地位になります。過去に警察官僚から昇りつめた人は後藤田正晴さん、川島廣守さんがおり、漆間さんは川島さん以来三十二年ぶりの大抜擢でした。しかし、全然役には立っていない。例えば、定額給付金の問題などでは各省庁に政策課題がまたがっています。本来は事務担当の官房副長官が省庁間の調整を行い、首相に対してアドバイスを行わなくてはいけない。ところが、それが全然機能していない。ある霞ヶ関中堅官僚の話を聞くと、「漆間さんは麻生政権迷走の 『戦犯』 の一人だ」 と言っています。そういう人間を重用し続けた安倍さんにしても「つくづく人を見る目がない」 という酷評を耳にします。
 この漆間さんの話は今月号の 『世界』 に寄稿しましたので、後は読んで頂ければと思います。 余談になりますが昨年末、麻生首相が漆間さんに「北朝鮮との対話ルートを探れ」 という指示を出したそうです。そして漆間さんは内調 (内閣情報調査室) を使って朝鮮総連に打診しますが、総連は「ふざけるな」と言って突っぱねたそうです。あれだけ過去のでたらめな捜査でいじめられた当事者に「対話を」 と言われても応じる訳がないでしょう、と公安OBは苦笑していました。
 もう一つ、安倍政権時に官邸に立ち上げられた組織に「拉致問題対策本部」 があります。本部長は首相、事務局長は漆間官房副長官。また中山恭子拉致問題特別補佐官がおり、人員は四十人程で、外務、法務、文化、国税、公安調査庁、内閣調査室などの寄合い所帯です。年間に六億円の予算を使っていますが、ご承知の通り現在は日朝交渉の展望が見えない状態です。
 それで 「対策本部」 が何をしているかと言うと、例えば昨年一二月4日~十日の人権週間に「必ず救い出す」 というメッセージを各新聞に広告として出したり、また一台二百万円もかけて宣伝用のトラックを製作し、街を走らせるなどというバカバカしいことをやっている。先日、蓮池透さんと会う機会がありましたが、「そんなものに金を使うなら、帰ってきた家族のケアに使って欲しいし、もっと本気になって交渉ルートを探って欲しい」と言われていましたが、本当にその通りでしょう。このトラックは拉致問題対策本部の広報担当、制作企画室が外務省からの鶴の一声で制作したものでした。
 内情を聞くと、「拉致問題は完全に膠着状態になっているから、その中で政府が一生懸命やっているとアピールできるのは拉致被害者家族や国民に対してできるのは広報活動しかない」ということのようです。官僚組織というものは、一旦できてしまうと、何とかアピールするための仕事を作りだそうとする。そんな典型的な状況を見ている感じます。拉致問題はすべからくこうした状況に陥っています。