なかなかやめられない「酒」と「タバコ」──脳への影響は?
──お酒とタバコは脳から嫌われて当然?
人間は、脳あってこその存在。人の行動、思考、感情、性格にみられる違いの数々は、すべて脳が決めているのです。「心の個性」それはすなわち「脳の個性」。私たちが日常で何気なく行なっていることはもちろん、「なぜだろう?」と思っている行動の中にも「脳」が大きく絡んでいることがあります。「脳」を知ることは、あなたの中にある「なぜ?」を知ることにもなるのです。この連載では、脳のトリビアともいえる意外な脳の姿を紹介していきます。
あきらかに脳には「マイナス」
タバコがガンの一因だという説は有力ですが、タバコのせいで頭が悪くなるということはあるのでしょうか。また、お酒は脳内の活動を鈍化させるのでしょうか。
そもそもタバコがやめられないのは、ニコチンに習慣性があるから。このニコチン、実は薬理学では古くから知られる脳作用薬なのです。
ニコチンはアセチルコリン受容体にはまり込んで、エセ(似非)アセチルコリンとして働き、神経を興奮させます。ということは、脳が本来シグナルを送るために出すアセチルコリンの働きを妨害する可能性を考えなければなりません。そのぶん、タバコは頭を悪くする、といえるでしょう。
しかし、タバコをいつも吸っていると、脳もそれに対する防御を試みるようになります。ニコチンが過剰になるぶん、アセチルコリン受容体の感度を下げているのです。そのため、タバコを吸っている人が禁煙すると、アセチルコリンに対する反応が弱くなりすぎ、しばらくは本来の自分より「バカ」な状態になってしまいます。もちろん、しばらくすれば本当の自分が返ってくるのですが。
また、お酒も脳にはよくありません。大量のアルコールは、まさに直接脳細胞を殺してしまうとすでに実証されているのです。
ある種の薬とお酒を一緒に飲むと…
たとえば、強い精神的な不安に悩まされ、その不安を抑える薬品を服用しているとき、酒やタバコは脳にいっそうよくない影響をもたらします。
そもそも人が不安に悩まされるのは、脳の警戒システムが異常に興奮するからだとされています。だから不安を解消するには、まず異常な興奮を抑えなければなりません。異常な興奮を抑えてくれるのが、ジアゼパムやトリアゾラムといったベンゾジアピン誘導体です。
このベンゾジアピン誘導体は、抑制のキーマン、神経伝達物質ギャバの働きを強めることで脳の異常な興奮を抑え、不安や緊張や焦燥感を軽減する機能を持っています。また副作用も少ないとされ、この種の病気には有効だと高い評価を受けています。
しかし、アルコールやタバコと一緒に服用すると、厄介な症状が起きてきます。
たとえば、お酒を飲んでベンゾジアピン誘導体を服用すると、ベンゾジアピン誘導体の作用が異常に強くなるとされています。あるいは、ベンゾジアピン誘導体とアルコールとが相乗効果によって酩酊の度合いを高め、場合によっては運動障害を引き起こします。最悪のケースでは、相乗効果によって呼吸が抑制され、ついには死に至るともいわれています。
これはアルコールがベンゾジアピン類と同じギャバ受容体に強い作用を持っているからです。お酒を飲むと緊張がとれるのは、ギャバによる抑制作用が強まって、不安を抑えられるためなのです。
ではタバコの場合は何が起こるのでしょうか。
もともとベンゾジアピン誘導体は異常な興奮を抑える役割を担っていますが、タバコに含まれるニコチンを摂取すると、脳のアドレナリン分泌を刺激し、脳の警戒システムをさらに興奮させてしまいます。その結果、興奮を抑えるベンゾジアピン誘導体の効果を相殺してしまうのです。
このように、お酒やタバコはある種の薬が本来持つ効果を打ち消してしまう働きがあります。お酒やタバコが脳の治療の面で敵視されるのは当然ですね。
タバコはゆっくりと減らしていこう
これまで見てきたように、お酒もタバコも脳に害作用があります。
しかし、酒は適度の量ならば気持ちを楽にしてくれるし、仲間との和を生む手助けにもなります。つまり、脳の報酬回路を刺激することで、脳全体の働きをよくする面もあるのです。
節度ある飲酒、結局これが現実的なチョイスなのでしょう。タバコもやめるに越したことはありませんが、無理をすると脳にストレスがかかってしまいます。ゆっくりと減らしてみる。それがベストかもしれません。