エビデンス精神医療

患者さんのために ―精神医療におけるエビデンスの本当の意義とは?

なぜ「エビデンス精神医療」だったのか

エビデンス精神医療(EBP)とは何でしょうか?

精神科医療に特化したEBMのことです。EBMは他科では進んでいますが、精神科でのエビデンスに基づいた医療を目指して生まれてきたのが、Evidence Based Psychiatry (EBP)です。日々の臨床で目の前の患者さんに最善の医療が行われているのかどうかを検証するために、あるいはより効果の高い治療法を探すためにエビデンスを知ることが必要になるわけです。EBPとはEBMと同様に「患者さんの治療過程において、現在入手可能な最強のエビデンスを、良心的に、明示的に、かつ賢明に応用することである」と定義できると思います。

EBMではなくEBPとしたのは、精神医療のどんな特殊性のためですか?

過去、精神医療は経験則が重視され、ともすれば自分の経験や先輩、先達の経験や意見を参考に診療をするということも珍しくはありませんでした。一方、時代の流れとともにEBMが普及してゆきますが、EBMは身体医学を中心に発展してきましたので、精神医学になじみにくい部分がありました。こころの疾患には、身体系の疾患と違い「この範囲内であれば正常値」、「ここからはみ出ると異常値」といった臨床検査の数値のようなものはありません。治療効果の測定も生きるか死ぬかとか、腫瘍が再発した再発しないというようなクリアカットなものではなく、精神症状という主観的でソフトなデータを扱うため測定や評価が難しく、EBMという考えがなかなか育ちにくかったのです。EBPでは、精神医療に適応しやすいような形にEBMの諸元素を改変しています。

EBPの4つのステップ

◆実際の診療でEBPを活用するポイントはどこにありますか?

BPの4つのステップ

EBPは次の4つのステップを踏んで実践します。
1. 臨床的疑問を回答可能な形に定式化する。
2. この疑問に答えることのできるエビデンスを検索する。
3. エビデンスの内的妥当性、結果の定量化、外的妥当性を批判的に吟味する。
4. 患者さんのケアに結果を適用する。臨床疑問定式化の4つのステップ

EBPにおいて重要な最初のステップは、臨床で抱えた問題を定式化することです。定式化すべき臨床的疑問は次の4つのポイントです。
1. 患者(patients)=どのような臨床状態の患者群を対象としているのか。
2. 要因への暴露(Exposure)=その患者群に対して、どのような治療的介入あるいは危険因子へ暴露することの影響を知りたいと思っているのか。
3. 比較(Comparison)=どういう治療的介入や危険因子に比較しての影響の大小を知りたいと思っているのか。
4. 帰結(Outcome)=その患者群に対して、治療的介入または危険因子への暴露が、どういう面に影響を及ぼすことを期待して知りたいと思っているのか。
この4つの要素の頭文字を取って私たちはPECO(ペコ)と呼んでいます。

◆PECOを作ることが第1ステップ、その次に検索ですか?

批判的吟味の3つのステップ

そうです。まずPECOを作り、PECOに見合うエビデンスを検索します。逆にPECOをきちんと定式化できていないと、適切な検索もできません。

そして見つけてきたエビデンスに対して批判的吟味を行います。この批判的吟味には3つの段階があります。

第1段階は「内的妥当性」の吟味です。自分が検索して選び出した研究論文が一定水準に達した信頼性のおけるものかどうかを検証します。

内的妥当性は高いと判定できたとき、第2段階として統計学手法により臨床に直接役立つ形に「数値定量化」し、研究内容の臨床的重要性を測定します。

そして、「外的妥当性」を評価します。

◆本当の意味でのEBPでは、ここから必要なのですね?

そうです。この第3段階「外的妥当性」の評価がEBPの最も重要なところと言えるかもしれません。第2段階までで得られたエビデンスが、自分が治療しようとしている目の前の患者さんにどこまで当てはめることができるのかを検討することが、外的妥当性の評価です。以上がEBPのプロセスです。この3つのステップをきちんと評価しないで、エビデンスを患者さんの治療に有効に活用することはできないと思います。

エビデンスは患者さんの要望・価値観も考え適用する

検索した論文やデータは、実際の患者さんにどの程度当てはまるものですか?

精神科の場合は、ぴったり当てはまる割合はまだまだ低いのが現状です。薬物療法に関しては外的妥当性を適切に評価することで何らかのエビデンスを当てはめることが可能でしょうが、精神療法はダブルブラインドのRCT(無作為割り付け比較試験)を行いにくいため、強いエビデンスの研究が少ないのです。私たちが日常行っている支持的精神療法などは検索しても適当な論文が見つからないことがしばしばあります。また海外からのエビデンスを確認することができても、そこで行われている治療法をそのまま日本で行うことができないような場合もあります。

EBPで最適であろうという治療法が出た場合でも、患者さんがどうしても受け入れてくれないこともありますか?

そういうことは起こり得ます。ですから、外的妥当性の検討の中に患者さんの価値観の情報を得ることが必ず含まれます。たとえば何種類かの薬を処方した場合、「こんなに薬は飲みたくない」と言う患者さんもおられます。私どもとしてはそれらの薬を服用することの意義を詳しく情報提供はしますけれど、患者さんがどうしても飲みたくないと言われるのであれば、違う処方に変更することは十分あり得るわけです。エビデンスをただ押し付けるだけがEBPではありません。