第3次アーミテージ・ナイレポート
“The U.S-Japan Alliance ANCHORING STABILITY IN ASIA”が公表される。
(コラム033 2012/08/28)
ロンドンオリンピックの興奮冷めやらぬ8月15日、米国のアーミテージ元国務副長官及びジョセフ・ナイ元国務次官補(現ハーバード大学教授)を中心とした超党派の外交・安全保障研究グループが、日米同盟に関する報告書 “The U.S-Japan Alliance ANCHORING STABILITY IN ASIA”(日米同盟-アジアの安定を繋ぎ止める-)1を公表した。
本報告書は、2000年10月2、2007年2月3に公表されたものに続く3番目のものであり、アジア太平洋地域に顕在する様々な問題を踏まえ、今後の米国、日本、そして日米同盟の在り方について、グループの分析評価結果を具体的な政策提言の形で明示したものである。
1 本報告書の概要
本報告書は、グループの研究結果について、アーミテージ氏とナイ氏の共著の形で記述されている。
序章では、総論として、かつて第1次報告書で読者の耳目をさらった「同盟の漂流」というキーワードを再び用い、中国の隆盛と不透明性、北朝鮮の核や敵対的活動、アジアのダイナミズムの兆候等、今目前にある情勢を踏まえつつ、世界で最も重要な同盟関係である「日米同盟」が瀕死の状態にあるとし、力強くかつ対等な同盟の復活が要求されているとした。
特に、日本が今後世界の中で「一流国」(tier-one nation)であり続けたいのか、あるいは「二流国」(tier-two nation)に甘んじることを許容するのか、国際社会での日本の在り方にかかる真意を単刀直入に問いただす、極めて強い表現を用いている。ただし、米国としては、日本の現状、すなわち少子高齢化、財政状況、不安定な政治、若者のメンタリティー(悲壮感と内向性)等の「現実」は適切に認識した上で、それでも日本は今後とも「一流国」として国際社会で一定の役割を果たすべきであるとの見解を明示している。
また、日本の「信頼性」についても言及されており、特に自衛隊は日本で最も信頼に足る組織であるとの評価を明言する一方、「時代遅れの抑制」を解消することで、アジア太平洋地域における海洋安全保障上の戦略的均衡の要になり得るとの評価をしている。
次に、日米同盟の在り方に関する各論的記述として、「エネルギー安全保障」、「経済と貿易」、「近隣諸国との関係」それぞれについて、どのような取り組みが同盟堅持に寄与するものであるか、原子力政策や天然資源に関する新たな同盟の締結、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)並びに経済・エネルギー・安全保障包括的協定(CEESA:Comprehensive Economic, Energy, and Security Agreement)締結への努力等、個別具体的な政策を提示している。
特に、「近隣諸国との関係」では、韓国及び中国との関係に着目し、はじめに日米韓3か国の強固な関係構築の必要性から、日韓に顕在するいわゆる「歴史問題」の解決に向けた努力を促すとともに、判断を下す立場にないとエクスキューズしつつも、当該問題の解決(和解)に向け、米国があらゆる外交努力を払うべきであると訴えている。また、北朝鮮の脅威へ対抗するため、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)及び物品役務相互提供協定(ACSA)締結交渉の加速化をも促している。一方、昨今の中国の再興に対しては、強固な日米同盟こそが必須であり、「関与」と「対処」をもって対処すべきとしている。
さらに、本年4月30日に公表された「日米共同宣言:未来に向けた共通のビジョン」をとりあげ、世界に顕在する人権問題と日米同盟との関係について、特に日本と北朝鮮との間の問題をも踏まえながら、日米の緊密な連携の必要性を訴えている。
次に、新しい安全保障戦略に向けた様々な取り組みについて提案がなされている。 例えば、日本はARFやAPECといった地域フォーラムにおいてそれらの民主主義パートナーとの連携を深め、中国海軍の増強と行動範囲の拡大すなわち「接近阻止・領域拒否」(A2AD)戦略には、日米の「エア・シーバトル構想」及び「動的防衛力」をもって対峙する必要性を説いている。
さらに、よりオペレーショナルな範疇に踏み込み、ホルムズ海峡におけるイランの動向に鑑み、封鎖の意図(兆候)が明らかとなった際には、日本は単独で海上自衛隊の掃海艇を派遣し、当該海峡の通航の安全を確保することや、南シナ海の平和と安定を維持するため、日米共同で監視活動を実施すること等を訴えている。
その他、インターオペラビリティーのさらなる向上や共同技術開発の推進、同盟に欠かせない信頼関係の構築に資する「拡大抑止」にかかる認識の統一、そして先に出された2つの報告書に示された「武器輸出三原則」緩和及び「集団的自衛権」容認の必要性等について言及している。
一方で、国連平和維持活動への参加については、日本に対し過去の2つの報告書では「種々の制約の撤廃」と記述していたが、本報告書では更に細部に踏み込み、派遣された部隊の法的権限の拡大(文民のみならず、他国のPKO要員、要すれば部隊の防護を可能とする権限付与)について言及している
最後に、「結言」として、冒頭に述べられた「同盟の漂流」について言えば、昨年発生した東日本大震災における「トモダチ作戦」が、それまでの3年間で生じた特異な政治的不調和を早急に改善し、それによって「漂流」は終焉を迎えつつあるとの認識を示している。そして、第2次報告書と同様に提言事項(全27件)を列挙し、全32ページに及ぶ一連の報告を終えている。
2 提言事項(全27件)4
本報告書の巻末に列挙された提言事項は以下のとおりである。
・ 日本への提言(9項目)
(1)原子力発電の慎重な再開が日本にとって正しくかつ責任ある第一歩である。原発の再稼動は、温室効果ガスを2020年までに25%削減するという日本の国際公約5を実現する唯一の策であり、円高傾向の最中での燃料費高騰によって、エネルギーに依存している企業の国外流出を防ぐ懸命な方策でもある。福島の教訓をもとに、東京は安全な原子炉の設計や健全な規制を促進する上でリーダー的役割を果たすべきである。
(2)日本は、海賊対処、ペルシャ湾の船舶交通の保護、シーレーンの保護、さらにイランの核開発プログラムのような地域の平和への脅威に対する多国間での努力に、積極的かつ継続的に関与すべきである。
(3)環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加に加え、経済・エネルギー・安全保障包括的協定(CEESA)など、より野心的かつ包括的な(枠組み)交渉への参加も考慮すべきである。
(4)日本は、韓国との関係を複雑にしている「歴史問題」を直視すべきである。日本は長期的戦略見通しに基づき、韓国との繋がりについて考察し、不当な政治声明を出さないようにするべきである。また、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)や物品役務相互提供協定(ACSA)の締結に向けた協議を継続し、日米韓3か国の軍事的関与を継続すべきである。
(5)日本は、インド、オーストラリア、フィリピンや台湾等の民主主義のパートナーとともに、地域フォーラムへの関与を継続すべきである。
(6)新しい役割と任務に鑑み、日本は自国の防衛と、米国と共同で行う地域の防衛を含め、自身に課せられた責任に対する範囲を拡大すべきである。同盟には、より強固で、均等に配分された、相互運用性のある情報・監視・偵察(ISR)能力と活動が、日本の領域を超えて必要となる。平時(peacetime)、緊張(tension)、危機(crisis)、戦時(war)といった安全保障上の段階を通じて、米軍と自衛隊の全面的な協力を認めることは、日本の責任ある権限の一部である。
(7)イランがホルムズ海峡を封鎖する意図もしくは兆候を最初に言葉で示した際には、日本は単独で掃海艇を同海峡に派遣すべきである。また、日本は「航行の自由」を確立するため、米国との共同による南シナ海における監視活動にあたるべきである。
(8)日本は、日米2国間の、あるいは日本が保有する国家機密の保全にかかる、防衛省の法律に基づく能力の向上を図るべきである。
(9)国連平和維持活動(PKO)へのさらなる参加のため、日本は自国PKO要員が、文民の他、他国のPKO要員、さらに要すれば部隊を防護することができるよう、法的権限の範囲を拡大すべきである。
・ 日米同盟への提言(11項目)
(1)福島の教訓から、日米の原子力研究及び開発協力の再活性化を図るとともに、安全な原子炉の設計と地球規模での健全な規則の実施を図るべきである。
(2)米国と日本は、天然資源にかかる同盟を結ぶべきである。また、メタンハイドレートや代替エネルギー技術の開発にかかる協力を促進すべきである。
(3)米国、日本及び韓国は、「歴史問題」にかかる非公式の協議を促進し、その繊細な問題にどのようにアプローチすべきかコンセンサスを得るとともに、それぞれの政府のリーダーに示唆と提言を与えるべきである。この努力は、困難な問題における交流のための「最適な」規範と原則を追求していくものであるべきである。
(4)日米同盟は、中国の再興への対応するための能力とポリシーを構築しなければならない。日米同盟は、平和的で繁栄を謳歌している中国からは得るものは多いが、高い経済成長と政治的安定の継続は不確実である。同盟のポリシーと能力は、中国の核心的利益の拡大の可能性や、軌道変更、そして予測し得る幅広い範囲の未来に対し適応できるものであるべきである。
(5)人権に関する具体的なアクションアジェンダの構築は、賞賛に値するゴールであり、特にビルマ(ミャンマー)、カンボジア、そしてベトナムなどは、共同による関与により、国際人道法と市民社会を促進させることができる。さらに、北朝鮮との関係に関しては、韓国との同盟をもって、食糧安全保障、災害救難及び公衆衛生、加えて非核化と拉致問題の解決等を含む人権問題の全ての範囲の問題に取り組むべきである。
(6)米国と日本は、これまで高官レベルの関心が十分ではなかった、役割、任務、能力に関する協議を通じて、(米国の)「エア・シーバトル構想」と(日本の)「動的防衛力」などといったコンセプトの連携を行うべきである。新しい役割と任務の見直しは、軍事、政治、そして経済にかかる国力をすべて包含する協力と同様に、より幅広い範囲の地理的視点をも含むべきである。
(7)米陸軍及び海兵隊と陸上自衛隊との協力は、相互運用性の向上と、水陸両用で機敏かつ展開容易な部隊への進化を、発展させるものであるべきである。
(8)米国と日本は、民間空港の活用、「トモダチ作戦」の教訓検証、そして水陸両用作戦能力の向上により、共同訓練の質的向上を図るべきである。また、米国と日本は、二国間あるいは他の同盟国とともに、グアム、北マリアナ諸島及びオーストラリア等での全面的な訓練機会の作為を追及すべきである。
(9)米国と日本は、将来兵器の共同開発の機会を増やすべきである。短期的には共通の利益や作戦上の要求に沿った特別の計画について考慮すべきである。一方で日米同盟は共同開発にかかる長期的な運用要求を共有すべきである。
(10)米国と日本は、同盟における米国の拡大抑止にかかる信頼と能力についての信頼を構築できるよう、拡大抑止に関する対話(おそらく韓国と共同による)を再び活気づかせるべきである。
(11)米国と日本は、共通の情報保証基準にかかる研究開発に資する「ジョイント・サイバー・セキュリティー・センター」を設立すべきである。
・ 米国への提言(7項目)
(1)米国は、「資源ナショナリズム」を訴えるべきではなく、またLNGの輸出における民間部門の計画を抑制すべきではない。危機(crisis)の時代において、米国は同盟国に継続的かつ安定的な供給量を提供するべきである。議会は法律を改正し、日本へのLNG供給を容易にするべきである。
(2)米国は、TPP交渉におけるリーダーシップを発揮し、交渉の過程と協定草案の内容について明らかにすべきである。日本のTPP参加は米国の戦略目標としてとらえるべきである。
(3)米国は、日本と韓国の間にある微妙な「歴史問題」について見解を示すべきではない。米国は、緊張を静めるためにあらゆる外交的努力を払い、2つの国家の核心的な安全保障上の利益に再び注目するべきである。
(4)在日米軍は、日本の防衛に関し特別の責任を持つべきである。米国は在日米軍の任務に関し、より大きな責任と使命感を割り当てる必要がある。
(5)米国は、「武器輸出三原則」の緩和を好機ととらえ、日本の防衛産業に対し、米国のみならずオーストラリアなど他の同盟国に対しても、技術の輸出を行うように働きかけるべきである。米国は、時代にそぐわない障害と化している有償軍事援助調達(FMS)手続きを見直さなければならない。
(6)米国は、将来の共同技術研究開発にかかる協力の促進に向け、また、兵器売買に関わる官僚組織の仕事を合理化し、タイムリーかつ戦略的に一貫した意思決定が成し得るようにするため、「科学技術フォーラム」と政策中心の「安全保障協議委員会」の組織を統合し、活性化させるべきである。
(7)米国は、大統領による政治任用の人材を選出し、その者に日米同盟深化の責任を持たせるべきである。日本についても同様の任用について考慮することを望んでいる可能性がある。
3 所見
本報告書は、少子高齢化や景気の後退等、国力の衰退を示す様々な兆候が見て取れることを踏まえつつも、前回の報告書とほぼ同様の文脈で、総じて日本への大いなる期待感を明示している。ただし、その狙いは米国にとって望ましい秩序を持ったアジア太平洋地域の創生であり、隆盛著しい中国への「関与」と「対処」という戦略2本柱を支える財として、日米同盟は存続しなければならない。両氏は、本提言を、まさにそれを担保するための「日本の再生」に資するカンフル剤としてとらえて欲しいのかもしれない。
前報告書との相違に関し、特に韓国との関係において「歴史問題」の解決に言及している点で、韓国大統領の竹島上陸を発端とした昨今の緊張状態に鑑み、日韓関係が注目を引く中で出された極めてタイムリーな報告書として、そのバリューを向上させる一要素であると評価できるとともに、米国が日韓の「歴史問題」に関し、一定の関与を明言していることにも注目すべきである。
巻末に列挙された政策提言に関しては、第2次報告書では、日本、日米同盟の他に、地域政策、地球規模の政策等、広範な内容の記述が見られたが、今回は日本、日米同盟そして米国という主たるアクターに限定し、より具体的な項目を挙げ、短・中・長期それぞれのスパンで何を努力目標とすべきか、それぞれに対し「直球」を投じている。
2000年に発表された第1次報告書は、翌月に大統領選挙を控えており、かつ研究グループのメンバーが新政権のスタッフに登用されたこともあって、新大統領の対日政策にかかる方向性を示唆するものととらえられた。今回は、野党である共和党の正副大統領候補が選出され、今まさにこれから11月の投票に向けた論戦が開始されるタイミングでの発表となったことで、いずれ本報告書が、第1次と同様のとらえ方をされることも想定しておくべきである。