良いものを安く

採録 悪口を言うので

戦後の日本がアジアでいち早く先進国入りした理由は、自動車や電子産業など工業生産力に支えられた輸出産業のおかげだという。良いものを安く売る事で、日本製品を世界に根付かせ、外貨を稼ぎ、日本の国力を世界レベルへと押し上げてきた。ところで、「良いものを安く」という一見当たり前の言葉が、表題の「日本の技術は一流だが、経営は二流」という言葉を如実に表していると言ったら、あなたは驚くだろうか。

同じ品質だがより安い商品とか、品質はより高く値段はより安く、という言葉は消費者にとっては耳障りが良い。買う立場としては大変良い事だ。しかし売る立場の視点で考えてみてほしい。少なくとも上場企業の存在目的は、株主の為により多くの利益を追求する事である。生産に対する利益回収の効率がよければ、配当が増やせるし、株価も上がる。任天堂のように、社員へ還元される利益(ボーナス)が大幅に増える会社もある。効率をよくするとは、同じ生産量でより多い利益を得る事だ。これは、同じ原価のものをより高い値段で売れば実現できるが、日本人の経営者にとってこれは難しい課題らしい。より多い利益を得る為に経営者が行う努力の方向は、日本では生産現場と下請けに向かう傾向にある。工場へ「コスト低減」の圧力を増し、下請け業者にはより大きな値引きの圧力をかける。しかし、経営努力を工場へ押し付ける事も、下請けへ押し付ける事も、けっして質の高い経営とはいえない。そもそも日本人のホワイトカラーは経営者もふくめて、国際レベルでの能力が足りないようだ。「効率を高める」かわりに、より長い時間働き、サービス残業にして見かけの人件費を圧縮する「効率の極めて低い」やり方の方が得意だ。利益目標に達する為には、効率的な経営よりも、より高い価値のものをより低い利益で沢山売る事で実現している。3月に1回の新製品を出す事は、決して効率の良い経営ではないだろう。こんな経営なら誰がやっても同じかもしれない。

日本にはまだまだすばらしい技術が残っている。世界中で普及しているハイテク商品の代表選手といえるレーザープリンタがそうだ。その心臓ともいえるエンジンユニットは、世界中で6社(エプソン、キヤノン、リコー、コニカミノルタ、ブラザー、富士セロックス)しか製造していない。みんな日本のメーカーだが、このうちで最大手はエプソンとキヤノンの2社である。日本の市場では、この2社のレーザープリンタが圧倒的に強い。あなたの目を世界へ向けてみよう。世界の市場では、エプソンもキヤノンも苦戦してる。インクジェットプリンタを別にすれば、苦戦というよりも、惨敗かもしれない。世界の市場を制覇しているのはHP(ヒューレットパッカード)だ。どこの事務所へ行っても、HPのレーザープリンターはかならずある。レーザープリンタの世界標準である。しかしHPではレーザープリンタのエンジンユニットを作っていない(繰り返すが、先の6社しか製造していない)。日本の6社のどこかから購入しているはずだ。その会社は、HPへエンジンニユットを売る事でそうとう儲けている筈だ。なにしろ日本メーカーしか製造していないのだから。世界中へ供給できるほどエンジンユニットの生産力をもっている会社は、世界中で2社しかないのだから。

ところが現実は厳しい。HPは日本のメーカー同士で値段の叩きあいをさせて、一番安いところから購入している。日本メーカーしか製造していない最重要部品なのに、米国の会社がもっとも安く購入している。安く買って高く売るのは商売の基本だ。効率の良い商売だ。世界中でそれを行っている経営者はエクセレントだ。しかし、それは日本のメーカーではない。なぜ日本のメーカーではなくて、HPなのだ。どうして日本のメーカーはそれが出来ないのか?私はこの話を聞いたときに、おもわず愕然とした。あなたもきっと驚いただろう。技術的に非常に優位にありながら、その優位性を経営に生かすどころか、同じ日本メーカーの経営者同士が潰し合いをして、漁夫の利は外国メーカーが得ているのだ。「技術は一流、経営は二流」も、ここまでくると頭がイタイ。もしもHPでなく日本のレーザープリンターが世界中で売れていれば、プリンタメーカー6社の下に広がる膨大な(日本の)下請け業者達もいまよりずっと儲かっただろう。少なくとも、いまのように値下げ圧力が厳しくなる事はなかったはずだ。

それでは何故、日本の経営者は二流なのであろうか。私が思うに、経営のプロが極めて少ないからではないか。米国では、有名なビジネススクールでMBAを取得し、いろいろな企業で経営者としての知識と経験を積んだプロの経営者(CEO)がたくさんいるそうだ。彼らは経営に特化したプロといえる。一方で日本の企業では、一部のエクセレントカンパニーを除いて、社長は社内から選ばれる事が多い。将来の幹部候補生は、社内のいろいろな部門で経験を積ませて、広く浅い知識と経験を蓄積させる。経営者としての経験をさせる場もあるが、グループ傘下の会社であるために「駄目ならクビ」の真剣勝負とは程遠い。

ならば日本で一流の経営者をたくさん生み出すには如何したら良いだろう。幹部候補生を米国へMBA留学させるか。プロスポーツのようにレベルの高い外人経営者を連れてきて、手本として勉強したらよいか。否である。経営者を含めて、日本のホワイトカラーのレベルが上がらない理由は終身雇用の為だ。いちど正社員になれば、よほどの事がない限り解雇される事がない。社員の多くは、たいして昇進する事もない。それでも年齢とともに給料は上がってゆく。こんなぬるま湯のような状況が続く限り、日本のホワイトカラーの大部分は、年とともに無能になってゆくばかりだろう。この状況を打破するには、欧米のように正社員の解雇を容易にして、雇用者も被雇用者も、常に真剣勝負で向き合う状況にするしかない。

無能な社員はクビ、無能な経営者がいる会社はバイバイ。こうすれば経営者も社員も真剣にならざるを得ない。サービス残業を課す会社に良い人材は集まらないし、給料が上がらない会社からは人材がどんどん転職してゆく。経営者は効率的な経営ができるように努力せざるを得ず、業務効率が上げられない社員も残る事ができない。このような真剣勝負から勝ち上がってきた経営者達ならば、きっと一流の経営ができるのではないか。多数の日本の企業が一流の経営を行えるようになれば、日本の経済構造もきっとかわるだろう。

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良いものを安く作って世の中のために役立てばそれでいいじゃないか。

なるほど経営とは極端に言えば「悪いものを高く売る」ことかもしれない。

少なくとも価値を正当に評価して正当に売ると言うことなのだけれど。

たとえば上の記事の中のプリンターエンジンにしても、そのような構造があるからHPは
自社製造しないだけで、
その構造が変われば、キャノンはHPに売ることができなくなるかもしれない。