4月の入社時期の前後、内定学生や新入社員が理不尽な要求をされ、内定辞退や退職を迫られるケースが目立っている。「新卒切り」とでも言うべき事態だ。専門家は「きちんと採用計画も持たず、新人を調整弁にする企業もある」として、就職活動をする学生に注意を呼びかけている。
■怒鳴られ続け、9日目「自主退職」
今春、京都市の私大大学院を卒業した男性(25)は、入社9日目で「自主退職」した。
神戸市に本社を置くITコンサルタント会社に内々定が決まったのは昨年5月。東京に配属されたため都内に引っ越し、4月1日に入社した。
初日。少し早めの15分前に出社した。いきなり上司から「他の人はもっと早く来ている。意欲が足りない」と叱責(しっせき)された。その後も、電話の応対や退社時間をとがめられ、「落ちこぼれ」「分をわきまえろ」「君が劇的に変わらなければ一切仕事はさせない」と怒鳴られ続けた。
出社3日目からは、連日反省文を書かされた。
そして4月9日の夜。上司から会議室に呼び出され「もうしんどいやろ?」と退職を迫られた。「まだまだ頑張れます」と反論したが、上司は「給料だけもらって居座るのか」とたたみかける。2時間近くたって疲れ果てた頃、退職届が目の前に差し出された。ぼうぜんとしたまま「自己都合」としてサインした。
男性は先月末、この会社に復職するつもりはないものの「無理やり書かされた退職届は無効」として、社員としての地位確認と3年分の給与支払いを求める労働審判を東京地裁に申し立てた。
「入社までに配属予定先が二転三転したり、同期4人が入社直前に内定辞退したりと、いま思えばおかしい点が多かった」と振り返る。当面、実家か親類宅に身を寄せて職を探す。「今度こそ注意深く選びたいが、新卒でもなく、えり好みできない現実もある」
この会社は朝日新聞の取材に「コメントすることはない」としている。
NPO法人「労働相談センター」(東京都葛飾区)には4月以降、「この業界に向いていない」「協調性がない」などの理由で解雇通知や退職勧奨を受けた新入社員からの相談が10件以上あった。
相談員の須田光照さんによると、景気が回復せず採用計画の見込みが外れたという企業もあれば、とりあえず多めに採用し、後から適当に切っていくつもりだったとしか思えない企業もあるという。「(即戦力にならず)目算が狂ったと簡単に切り捨てる企業が増えている。人材を育てる意識が薄い」と指摘する。
■3月入社強要/「四つ資格取れ」
内定学生が入社直前に、辞退に追い込まれるケースも。都内の私大女子学生(23)は昨秋、人材派遣会社の内定式で突然「3月に入社して下さい」と言われた。
卒業旅行の日程を変えて「入社」。特別に休暇がもらえた卒業式の日と土日以外、毎日午前9時から午後6時まで、パソコンの使い方を覚えるというメニューだけで拘束された。大学に相談すると「あまりに異常」。悩んだが内定辞退した。同期120人の5分の1が辞めていくことを後で知った。「人を育てる姿勢がなかった。多く辞めることを見込んで採用しているとしか思えない」
留年し、元後輩たちに交じって就職活動を続けている。
都内の私大の元女子学生(24)の場合は、「内定切り」に遭い、昨年度留年して就職活動をした。
内定していた都内のITコンサルタント会社からメールが来たのは一昨年10月。「入社前に取得して下さい」と四つの民間資格が示されていた。年明けの2月には直接呼び出され、いきなりIT知識を問うテストがあった。結果を見た執行役員から「君の大学では一生上に上がれない」「クズと同じだ」と面罵(めんば)された。涙が出た。
卒業式前日、「情報を一切漏らしません」と署名し、内定を辞退した。大学のキャリアセンターは「内定取り消しと同様の悪質な事例」と判断し、会社に正式に抗議してくれた。1年間10万円で在籍できる特例措置も認められた。
再就活中は、キャリアセンターの相談員と常に連絡を取り合い、圧迫面接を受けたことや内々定後にどの程度拘束されたかを逐一報告した。「後輩のためにも、会社の情報は大学に伝え、共有することが大切だと思った」。今春、別のIT系企業に就職。2回目の就活は「納得できた」という。
元女子学生が内定辞退した会社は朝日新聞の取材に、事実関係を認めた上で「内定切りや新人切りではない。ゆとり世代の学生は甘いところがあり、厳しく接するのは教育」としている。
■内定期間も「労働者」、相談を
内定期間や試用期間であっても、正当な理由のない解雇や退職勧奨は無効だ。だが、「自主辞退」や「自己都合」の場合、企業側の責任を認めさせるのは容易ではない。
一昨年に内定取り消しが社会問題化し、厚生労働省は09年3月卒の学生2143人が取り消しに遭ったとして、悪質な企業15社を公表した。しかし、今春の卒業生については厚労省は「ごく少数」として公表しておらず、公表企業も出ていない。
全国247私大の就職支援部署の責任者で作る「全国私立大学就職指導研究会」の土橋久忠会長は「取り消しという形で表面化した事例は一部。内定切り批判が高まり、むしろ企業の対応は巧妙化した」と指摘する。
「首都圏青年ユニオン」(東京都豊島区)の河添誠書記長は心得として次の3点を挙げる。
一つは、納得できない書類にはサインしないこと。退職届を書くよう迫られても「家族と相談したい」などと言ってとにかくその場を逃れる。二つ目は、内定期間や試用期間であっても「労働者」としての権利があると認識する。解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念に照らしても妥当だと認められない場合は無効で、使用者と交渉する権利がある。三つ目は、いざという時の相談窓口を把握しておくことだ。