人間というものにどうしようもなく絶望したときに
コンサバかリベラルかの分岐点が発生する
本質的な絶望以前の話はまた別だ
普通の人間ならば多分コンサバ党になる
絶望しつつもなお
ドンキホーテ風に信じ続けたいというのが
多分リベラルである
だからリベラルであり続けるというのは実際相当きつい
しかしまたあくまでも夢を捨てないという生き方しかできない種族がいることも確実である
声援を送る
人間は信じるに値するから人はリベラルなのではない
人間は現状では信じるに値しないが
未来のどの時点かで信じるに値する存在になって欲しいから
そのメッセージに祈りを込めて
リベラルなのである
絶望の底にあるとき
やっぱりリベラルでいるしかないと思うことがある
一方でコンサバの立派さも感じる
多分一家の父親であれば家族を守るためにコンサバとならざるを得ないはずだ
リベラルでいるということは
家族もろともいつ実現するかもしれない、しかし実現すべき夢に
捧げてしまうことだ
