そもそもの歴史を素朴に考えてみると精神病と考えられたものの原型は二つあってひとつは、元々の普段のその人の性質からは考えられないような、了解しがたい精神のありよう、もうひとつは、もともとが、周囲の人には了解しがたい精神のありよう、ということなのだと思う。
「了解しがたい」などという言葉がすでに困難な事態を暗示しているので不気味であるが素朴には多分そうとしか言えないのだろう
家族や隣近所がその人をそのように理解しているという限りにおいては「病気」と言うにはあたらない
ずいぶん変わっていると思われていてもその人はそういう人だと思われていればそれでいいのだし家族がみんなそんな感じの人でつきあいを広げない限りは問題ないという場合もあっただろうと思う
宗教的な理解の仕方もあったであろうし習俗のなかで理解される範囲の出来事もあっただろうと思う
フランスやドイツの言葉で言えばマニーとかメランコリーとかパラノアイア、さらにはヘベフレニー、カタトニー、などがあってそれぞれに独立ではなく分類が難しいという時代が続いた
自分は重要人物で組織に命を狙われているなどと確信すれば不安にもなり抑うつにもなり、また時には興奮もし、いろいろな精神状態を呈するはずであって一面からの考察で済むはずはないだろう
こうした場合には人間は知性とか感情とかと分類をしたがるもので簡単に言えば知性の病と感情の病というように分類したがる
そうして分類してみると知性の病と感情の病は、目の前に現在あらわれている症状だけではっきりと分類できるわけではないが、長期経過と病前性格を組み合わせれば結構うまく分類できそうだということになった
そのようにしてマニーとメランコリーはチクロチミー、つまり循環病、後には躁うつ病としてパラノイア、ヘベフレニー、カタトニーはデメンチア・プレコックスつまり早発性痴呆、後にはシゾフレニーとして疾病分類が確立された。
このようにまとまった後にも両者は判然と区別できるわけではなかったやはりどうしても症状として両者は混在するのであってその場合、(1)シゾフレニーであるが感情症状が現れる(2)躁うつ病であるが精神病症状が現れる(3)両者の中間に位置するという類型が考えられ、実際にそれぞれの立場がとられた
(1)シゾフレニーを基盤として、診断として優先する考え方はドイツ精神医学の主流であり、結果として日本精神医学の主流となった。現在でもその伝統は続いており、うつ症状が見られるときでも、遺伝歴、病前性格と経過から判断してシゾフレニーが疑われる場合には、シゾフレニーの診断が優先する。シゾフレニーの診断を見逃してはいけないと言われている。
(2)躁うつ病を精神病の基本類型として考える学派はうつ病単一病説または単一(アインハイト)精神病観と言われ、昔から少数派ではあるものの、有力説である。
(3)これも様々あるのであるが、有名なものは満田の非定型精神病の類型である。非定型精神病は、一時期には、統合失調症と躁うつ病とてんかんの、症状と長期経過を混合して持ち、さらには女性の月経周期に強く影響されるなどの特徴を持つといった、比較的限定された定義から、後には統合失調症にも、躁うつ病にも、てんかんにも当てはまらないというような拡大された定義まで、変遷がある。満田の定義は狭い方の定義で、長期経過は躁うつ病型で、完全に回復し循環するタイプで、症状はシゾフレニー型で、精神病症状がある、というものであるが、これには有名な逸話があって、満田の症例は実は東大がシゾフレニーとして診断していた症例であり、遺伝歴が明白だったので、症状としてはうつ症状が混在していたがシゾフレニーと診断したらしい。むしろシゾフレニーにおいてうつ症状が出現するのはまれならず見られることであったことはクレペリンやシュナイダーの昔から確認されているところである。大阪に行って、その患者が満田に非定型精神病と名付けられたらしい。このように、この領域は精神病観によって分類が変更される種類のものであった。
しかし歴史時代の昔は、分類が何であっても、治療の方法は何もなかったのである。
その後に抗精神病薬が出現し抗うつ薬が出現した。この呼称で示されるように、伝統的な精神病観を踏襲した上での薬剤使用であった。しかし、第1世代抗精神病薬では精神病の陽性症状は抑えられても陰性症状ないしはうつ症状を抑えられず、第2世代抗精神病薬の開発につながった。また、抗てんかん薬がひろく気分安定剤として用いられた。さらには第1世代抗精神病薬は抗操作用が、第二世代抗精神病薬では抗操作用と抗うつ作用が強調された。さらに、抗うつ剤の使用がうつ病での精神病症状を抑えるとの観察も報告されている。つまり、抗精神病薬、抗うつ薬、抗てんかん薬のいずれもが、他の疾病類型にも好ましい作用をもたらすことが報告されている。そしてまた、シゾフレニーでうつ症状が、感情病で精神病症状が、まれならず見られることの証拠にもなっている。
ただ、第1世代抗精神病薬はうつ症状を誘発するとの報告があり、これには複雑な事情がある。まず第一にはシゾフレニーにおけるうつ症状には、シゾフレニー陽性症状期に見られるうつ症状と、むしろ陰性症状期に見られると考えるべき、前期症状、残遺症状がある。シゾフレニー陽性症状期に見られるうつ症状には第1世代抗精神病薬も効果がある。しかしそれが治まったあとのうつ症状には効果がなく、一見したところ、陽性症状が治まったからなのか、陰性症状が顕在化したからなのか、認知機能が回復して現実検討が明確になり反応性にうつ症状が見られているのか、区別がつかなくなる。さらには第1世代抗精神病薬の高用量使用がドパミン系を遮断することでうつ症状を起こすだろうとの議論は根強い。その点を改良するものとして第2世代抗精神病薬が使用された経緯もあり、本質的に第1世代抗精神病薬はうつ症状の原因になるとの見方が強い。しかしまたそれは薬剤による認知機能の抑圧による可能性があり、またアカシジア、アキネジア、パーキンソニスムなど、薬剤の作用によるものとの解釈もある。
第2世代抗精神病薬、抗うつ薬、抗てんかん薬がそれぞれ相乗りの形で他の領域の疾病類型を治療するまたは予防するとなれば、そもそも疾病分類そのものがあやしいだろう。クレペリン以来の疾病類型は現代薬剤によって否定されつつあるといってよいだろう。
DSMの流儀で現在症で分類していくことは重要なトライアルである。しかし成功していない。どちらにも当てはまるものがあるのであって、その数は少なくない。根本はシゾフレニーであって、一時的に「根本症状として」または「了解可能な反応性うつ症状」としてうつ症状を理解することもできる。その数は多い。シゾフレニーで自殺率が高いことが注意されるのであるが、それは、シゾフレニーにおいて出現するさまざまなうつ症状と、さらには直接の、シゾフレニーによる自殺が考えられる。根本は感情病であって、一時的に精神病症状を呈していると考えることもできる。その数も実は多い。その区別をするのは病前性格と長期経過と遺伝歴であって、結局DSMの理念を逸脱している。
またDSMでは重要な問題があり、統合失調感情症である。理念としては、統合失調症に偶然感情病が合併することはあると思うがそのような理解でよいものか実に怪しい。
シゾフレニーとうつ症状の有名なトピックスは精神病後抑うつである。PPD。これについては、従来は、精神病急性期の、夢を見る如き状態から脱して、厳しい現実を認識するようになると、当然であるが、反応性に、喪失体験としての、うつ症状が見られるものと解釈されていた。一方、DSMでは急性精神病症状のあとの、大うつ病エビソードである。これはたとえば、ドパミンを一時的に使い尽くしたことを反映した症状と考えられないかということになるだろう。