認知症治療効果を経済学的尺度からみる

認知症コラム:経済学的尺度からみた認知症治療とその改善効果
■認知症治療効果を経済学的尺度からみるということ
 前回は、アリセプトの投与が患者およびその介護者のQOLの向上に役立つことが示唆されることをご紹介しました。
 さらに、この研究から得られた効用値(EQ-5Dから求められたQOL値に生存年または対象期間(年)をかけた「QALY(質調整生存年)」で示します)を経済指標に換算し、患者や介護者の主観的な尺度に立脚した「経済的基準」によってアリセプトの治療効果を評価することを試み、その結果が報告されています。
 この報告では、効用値を経済指標に換算する方法として、「WTP(Willingness-to-pay)」が用いられています。WTPは「完全な健康状態で生存する1年に対する社会的な支払い意思額」。例えば、「効用値0.8の状態で5年間生存できる」治療の評価は0.8×5=4 QALYとなります。1QALYは国ごとで異なり、日本では平均600万円/年であるとされています。 

■経済学的尺度からみたアリセプト投与による治療効果
  前回ご紹介したアリセプト投与によるQOLの向上についての研究では、アリセプト新規投与患者と介護者の効用値は、14週間でそれぞれ0.1向上しています。この変化が1年間維持されたと仮定すると、年間のQALY変化量は0.1(効用値)×1(年数)=0.1QALYとなり、600(万)×0.1(QALY)=60万円程度に相当すると考えられます。

 これに対して、アリセプトの薬剤費は年間16~28万円とされていることから、効用値をもとにした分析においても医療経済的に有益であり、アリセプトによるAD治療の有用性は高いことが示唆されました。(また既に、介護費用、医療費、薬剤費用をもとに行った費用対効果分析では、アリセプトを使用した方が、よい状態が維持されるために、結局これらの総費用がかからないことが示されています。)

 今月は2回にわたって、患者本人のQOL指標や医療経済学的観点からAD治療の有用性についてご紹介しました。ADなどの認知症医療の目指すべき姿は、患者本人を中心とする医療であり、また、家族や介護者の戸惑いや不安などの軽減にも配慮するなど、複雑に絡まった要因に対応することです。
 2回にわたってご紹介した報告は、ADのアリセプトによる薬物治療について、わが国のデータに基づいたQOL指標を用い、患者本人や介護者を対象に検討された日本で初めての報告です。アリセプトによる治療は患者本人、介護者のQOLを向上させ、医療経済学的にも有用性の高い治療であることが示唆されました。また、これからのADなどの認知症医療のありかたとして、認知機能やADLの改善という観点からだけではなく、患者や介護者のQOLにも配慮した医療が重要です。

日本語版EQ-5D:健康状態を5つの項目(移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込み)に分け、それぞれについて3段階で評価する尺度。効用値は得られた回答から日本語版効用値換算表により換算され、「完全な健康」を1、「死」を0と規定されている。